第2話 絵の中の色
自分の父親が国の王様だと聞かされたときの理解の出来なさといったら、もう十一年の人生の中で一番に違いない。
あと、目覚めた場所が、見たことない部屋どころか豪奢で辛うじて隅っこが落ち着くんじゃなかろうか、という感想を抱かせる部屋であったこともそれに迫る。
そう、リディアは思う。
目覚めると心なしか視界はきらきらしていた。それはすぐに気のせいであると分かる。単に、周りの環境が異なりすぎたのだ。
リディアが身を包まれるほどに沈み横たわっていたのはおそらくベッドだった。なぜおそらくなのかというと、今までリディアが使い続けていた、母が存命の頃には一緒に眠ったベッドと比べるにはあまりに、大まかな構造と用途以外別物だとさえ思える代物だったからだ。
見逃すことできない違和感を抱えるも、開けたばかりの目は動かさずに手探りする。すべすべの手触り。なんだこれ。
そのときようやくリディアは覚醒した。
カッと半閉じだった目を見開き、いきおいよく身を起こす。
そうしたら、ひどく困惑する事態となった。尻をつけ座っているのはふわふわの何かが詰められたとしか思えない布。ベッドの四隅には柱が伸び、ベッド専用の天井が上に広がる。ひらひらと薄い布が目につく。
その向こう、布を引く――これもまた布かというほど滑らかで破いてしまうかと手を引きかけた――と呆然とした。
「どこ、ここ……」
一体自分はどうしてしまったのか、と広くまばゆいばかりの空間にそれっきり絶句する。
自分はどうしてしまったのか、と今度は身を見下ろせば目を剥く事態に。
なんだか色々布がついた衣服を着ていたのだ。周りに気を取られすぎて気がつかなかった。そのまま目を見張って身体中、周りを何度も往復した。
なんだここ! というのが声を失ったリディアの叫びだ。
ぺたぺたと自分の身体やら顔やらを確かめてしまったのはどんな可能性を考えたゆえかリディア本人にも不明だった。とにかく混乱の渦に飛び込まされていた。
身体はきれいな服に似合わない棒っきれみたいなままで、髪が見慣れた色で、それを確かめた手は荒れたものだったからますますわけがわからなくなっていたとき。
「お目覚めになられましたか陛下」
「……だ、だれ、ですか」
色々言いたいことがあったけれどまず外から入ってきた、見知らぬ存在を言及することにした。
「お初にお目にかかります。私はユリシウス・ヴェルエと申します」
混乱に色んなスパイスを加えたのは、茶の髪に水色の目の顔立ち整った男性だった。
目元にいくらか細かなしわが刻まれているのでそこそこの年齢だろうが、整った目鼻立ちの人は歳の取り方も素敵になるらしい。
さらりと流れる後ろでまとめきられなかった長めの髪、袖も服自体も長めの格好をした男性は頭を下げ名乗った。
明らかに年上でさらに身分高そうな人に頭を下げられてリディアは混乱の極みを飛び越えて眺めるしかなくなっていた。
「はぁ」
言わずもがなリディアの頭の中自体は依然として色んなことが混ざりあって、そのほとんどが今現在視界に入るもので占められているのだけれど。
「少し、失礼いたします」
「あ、はい」
「ああお痛わしい。傷が……手当てはしたのですが完全に傷が消えるまで治るのには数週間かかるそうです」
「え、あ、はい」
傷ひとつない手が伸ばされリディアの頭を掴む。掴むと言っては語弊があり、羽が触れているような手つきで頭をやんわり明後日の方向に向けさせられた。
視線が向けられているのは頭の側面。
そういえば、川を見に行こうとして滑って落ちてしまったような記憶がある。
「もしかして、私のことを助けてくれましたか?」
「助けたなどと。お迎えに上がらせていただきましたまででございます」
「お迎え……?」
「はい」
視界にきれいな男性が戻ってきた。
微笑み、新たに困惑するリディアから手を離す。
「迎えに、って誰を」
「あなた様を」
「いや心あたりがないんですけど。……ちょっと待ってください」
「落ち着いてください」
無理を言うなと見知らぬ人間だけれど叫びたくなる。
「どうして私は、ここに。というかここはどこですか」
「ここは王都です」
再度リディアは目を剥いた。
王都。
自分のいた村はそんなところに近くない。
「なんでそんなところに……!」
悲鳴混じりの声が無意識に出た。
「わ、私のことを誘拐したっていいことないし、とにかく何も特ないですけどというかあなた誰ですか私を結局どうするつもりですか!?」
ついでに堰が切られたようにすべてのことが口から放出した。
「落ち着いてください陛下!」
「へいか……!?」
違う。私の名前はリディアだ。いやでも名乗っていないとどうでもいいことに気がつくのはリディアの頭の隅っこ。
握りしめるなどおそれ多いシーツを思いっきり握りしめ巻き込み後ずさる。
この人危ない、王都まで連れてくるとか意味が分からない。落っこちてしまった身を助けてくれた良い人だけでは収まらなくなってきたのだ。
「落ち着いてください。どうするつもりもありません」
「じゃあ何で私を、誰かと間違えてませんか!」
「いいえ」
壁際まで下がったリディアに近づこうとはせず、「ユリシウス・ヴェルエ」と最初に名乗った男性はベッドの際に膝をつく。
リディアより低い目線となって透き通る瞳で見つめる。そうやってリディアが落ち着くことを見計らったタイミングで再度口を開いた。
「順を追って説明させていただきます」
リディアはひとまず頷く。分かるのであれば何だっていい。
「まず、ここは王都です」
「それはもう聞きました」
「より細かに言うと、王宮です」
「お……」
「あなた様の父君は、亡くなられた王なのです」
父親は目の前にいないのに名前を聞いたって仕方ないから母親には父親についてひとつとして聞いたこともないし、これからその正体を探る予定もなかった。というのに。
「そして、あなたがこの国の次の王なのです。そのため此度、お迎えに上がらせていただきました」
「気を失われていらっしゃる間に申し訳ございません」と深々と頭を下げるのはもう構ってられないが、目の前の美形が間髪入れずにそんなことを言ったのだからたまったものではない。
「王……?」
聞いたこともない言葉を口にしている気分だった。でも、いくらリディアが世間知らずの田舎者だからといってその単語は知っている。
この国で一番偉く村人までもあまねく尊ぶ方である。
「……いや、勘違いだと思う、んですけど、すごく……うん……?」
「勘違いなどとそんなことはありません」
どうして言い切れるのか。
リディアの言い分の方がよほどまともだ。なぜならリディアはしがない村人、それも王都からとても離れた小さな村。子どもだって両手で数えて足りるほど。
それなのに、人の良い笑顔を顔に浮かべる男性は迷いなく首を振る。横に。
語りはじめる。その事情を。
この国の最も尊き人、王が事故にて急死したのは何ヵ月も前のこと。しかし王には子がおらず周囲は慌てた。他の国に知れ渡る前に早く王を立てねばならない。
王の血筋がいなければと思った矢先――
「探しにいった者が帰って来たのは昨日――」
「や、あの今話飛びませんでしたか。なんでいないはずなのに探しにいったんですか」
明らかな疑問を自分の身に起きていることの関係上聞き過ごせず口を挟んでしまったのに、要約すると「それはおいおい」と華麗に流された。
流れに逆らえない。
「帰って来た者が腕に抱いたあなた様を見て、間違いないと誰もが思いました」
「どうして、ですか」
問うと、「少々お待ちいただけますか」と部屋を出ていってしまう。戻ってきたのは三分後。手に四角い何かを持って、リディアの元まで来るとくるりとそれを回してみせる。
「先の陛下でいらっしゃいます」
肖像画。
王の姿を残した絵姿。
村には似顔絵どころか伝聞すらされていなかった。その瞳の色は濃い琥珀色。髪の色はストロベリーブロンド。
まるで、というより本当にそのままリディアの色彩を映したがごとき色の組み合わせ。
反対に言うと、絵の中の色彩がリディアに映り込んだようだ――
「その色彩も何よりの証拠でございますので」
言い方にどこかひっかかりを覚えたが、リディアはぼうっとしていた。母親の栗色の髪を受け継がなかった自分の色彩が、絵の中にある。そのことが不思議で、また容易に言い表すこと不可能な感情があって言葉を失っていた。
「あなた様は王の子。調べましたところいらっしゃった村には王が十年ほど前までは度々お忍びで訪れられていたとか。
つまり、あなた様は間違いなくこの国の次の王なのです。お分かりいただけましたか?」
この美形は無慈悲だ。少なくとも情報をいくつもいくつも与えられたリディアからはそう思えてならなかった。
この日より、リディアのこれまでとは一変した生活がはじまった。
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