これはただの負け惜しみ
浦桐 創
これはただの負け惜しみ
パン屋さんに行く。ここは品数が多く、値段も高くない。パンを買えば小さな紙コップに入った珈琲を一杯サービスでもらえる。お客さんは家族連れ、同棲カップル、一人だけど家族の分も買っていく人が多いように見えた。見えただけなので実際にどうかなんて知らない。
ショッピングモールに行く。ここも家族連れかカップルが多い。クリスマスが近い。私は神より仏を信じる。店いっぱいに響くウインターソングは長調のものばかりで嫌いだから、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込んだ。右耳の接続が頭悪くて、何度か付け直さないと片側しか鳴らない。ああ。これは昨年のクリスマスに私がもらったもの。
パン屋で買ったぶどうのパンも、さつまいものパンも、クリームチーズとクランベリーのパンも、家に帰ったらただの小麦粉の塊で食欲なんてどっか行った。だいたいこんなに一気に食べられるわけないのに。
いらない服を買ってしまった。もうおしゃれしたって見せることはないのに。この一着分をお昼代に充てれば、わざわざ作ったお弁当なんて待たなくてもいいのに。たいして欲しくもない何かを買うときだけは私の気持ちは落ち着いた。
指輪を売るような店はこの世からすべてなくなってしまえばいい。特に、チーズの形を模したものなんかは消滅した方がいいと思う。昼間からお茶するカフェなんて、なくなれば…それはだめだな、私一人でも入れるお店だから。そうだ、全席パーテーションで仕切ればいい。買い出しなんて、ネットスーパーの方がトータルで結局安いよ。ネットスーパーで買ったさけるチーズみたいに、あなたを半分以上に割いて分け合ったら、幸せになれるだろうか。いいえ。あなたの一部だけ持っていても仕方がない。なら、いらないよ。
イヤホンは片耳しかちゃんと聞こえなくて、もう片方は中身だけどこかへ行ってしまってガワだけ残っている状態。それがずるいことに、両耳聞こえることもあるから、まだ使えてしまう。
好きな人とパン屋に行きたい。どれにするか選んで、じゃあ半分こしようって何種類か買って、翌朝にお揃いのマグカップに珈琲を入れて分け合いたい。好きな人とショピングモールへ行きたい。そして家具やら食器やらを選びたい。好きな人と昼下がりにお茶をしたい。好きな人と今週の献立に使う食材を、トイレットペーパーを、洗濯洗剤を、シャンプーを、買いに行きたい。好きな人の隣で寝たい。
私の命は捨てるには勿体無いし、呼吸が浅くなるのは今だけのことで私にはお金が残るだろうし、ころしてまであなたのことは欲しくはないし、とりあえず、私にないものを持っている人全員に鼻毛が伸びる呪いをかけておくね。
これはただの負け惜しみ 浦桐 創 @nam3_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます