第47話 そして二人は答えを求める

『残念だけど、大人には無理だ。身体が成長して、魔力を取り込めるようになった人間……つまり、魔法を使える年齢まで成長した人間に、霊力れいりょくを目覚めさせることはできない』


 賢者は、クリフディール軍にそう告げた。


『そいつらは霊力を使わなくたって身を守れるから、なんじゃないか? ああ、それからついでに言っておくと……危機にひんした幼い子供全員の霊力が目覚める、ってわけじゃあない。俺の見立てだと、霊力を目覚めさせるには適性ってやつが必要だ』


 魔獣まじゅうの襲撃や災害の犠牲となった幼い子供達は、クリフディールの歴史上に数多く存在する。

 アレックスのように、精霊魔法を使って生き延びたという子供の数は、命を落とした子供の数に比べてはるかに少ない。


 研究者達は、賢者の言ったことを事実だと受け入れるしかなかった。



「──諦めきれない人もいたらしいけど……結局、魔力を取り込めるまで成長した人の中で、霊力に目覚めたっていう人はいなかったらしいわ」


「そっか……」


 ということは、ロズにも無理なのだろう。一応、魔法を使えるようになっているのだから。


「軍が確認できる限りだと、霊力に目覚めた子供がいるのはクリフディールだけらしいわ。その理由はまだ判明していないけど……多分、魔力があふれて暴走状態にあるっていう、クリフディールの特異な環境が原因なんじゃないかしら」


「むむむ……な、なるほど……」

 

 初めて耳にすることばかりで、ロズの頭はやや混乱していた。

 必死に情報を整理しようとするロズを見かねて、アレックスが助け舟を出した。


「詰まるところ、適性を持つ幼い子供だけが、霊力を目覚めさせられるのよ。なんらかのがあればね。体の中で眠っていた霊力を目覚めさせ、精霊魔法を操れるようになるの。そしてずっとずっと昔、人間にその『霊力』を授けてくれたのが、精霊のエオスディア様ってこと」


「エオスディア……」



 ロズは思案にふけった。


 生物の中で極端に魔力への耐性が低かった『人間』という種族。

 エオスディアから霊力を授けられ、人間は魔力の存在するこの世界で生きていけるようになった。


 伝承に登場するだけの存在じゃない。

 エオスディアは本当にいたのだ。

 それならば──。


 ロズの脳裏に浮かぶのはやはり、紫紺しこんの瞳を持つあの女性のことだった。



「エオスディアとあの人には、どんな繋がりがあるんだろう……」


って、亜空間に現れたっていう女の人?」


「うん……あの人は、エオスディアにすごく思い入れがあるように見えた。何か関係があるんじゃないかなって思うの」


 またも表情を曇らせているロズのことを、アレックスは心配そうに見つめた。


「初めて短剣の力を発動させた時には、その人は現れなかったのよね?」


「うん。現れなかった。あの時に聞こえてきた声は……違う人のものだったよ、絶対に」


「それなら……短剣を使ったのが原因ではなくて、亡骸なきがらにかかった魔法を解こうとしたから、その人の姿が現れた……のかしら」


 ロズとアレックスはそろって考えこみ、やがて顔を見合わせた。



「これもまた……」


「そうね……」



 二人は同時に溜息をついた。


「「ここで考えても答えは出ない」」


 口から出たのは全く同じ言葉だった。

 二人は顔を見合わせたまま、思わず苦笑してしまった。


「だんだん事情が見えてきた……なんて思っていたけど、なんだか謎が増えちゃったね」


 ロズは左右のこめかみに手を当て、ぐらぐらと頭を揺らした。頭痛に耐えているかのような動きだ。


「ねえ、ロズ。その女の人について、オラクルにも話したんでしょ? オラクルは何て言っていたの?」


「それがね……」


 ロズはしょんぼりと眉尻を下げた。


「オラクルさん、確実に何かを知っていそうな感じだったんだけど……わたしには教えてくれなかったんだ。オーガスタさんから教えてもらえばいい、って言われちゃった……」


「はあ、何それ? 知っているなら教えてくれたっていいのに! どうもあのオラクルっていう魔人まじんは信用ならないわね。大体、ベロニカと二人して何を企んでるのよ……」


 オラクルへの苛立ちをふつふつと湧き上がらせるアレックス。

 ロズは慌てて彼女をなだめようとした。


「ま、まあまあ……オラクルさんにも何か事情があったみたいだし……仕方ないよ。それはともかく、結論としてはやっぱり『早くオーガスタさんに会おう』ってことになるよね。ちょっと歯痒い感じはするけど……」


「……まあ、そうね。気になることはありすぎるくらいだけど、まずは一番の目的を果たさないといけないわね」



 窓の外は夕暮れから夜へと移り変わろうとしている。


 いまどの辺りを走っているのかは分からないが、ウェルアンディアまでだいぶ近づいているだろう。

 もうすぐ──もうすぐ、到着するのだ。



 ロズはペンダントのコインを手のひらに乗せ、じっと見つめた。


(……やっぱり知りたい、あの人のことを。どうしてあんなに怒っていて……苦しんでいて……そして、傷ついているのか。知りたい。短剣を渡したら、オーガスタさんに聞いてみよう。きっと教えてくれるはず)



 アレックスは窓の外にぼんやりと目を向け、クリフディールでの日々を思い返した。


(……アルターやベロニカと会った時のことも、いつかロズに話せるかしら。でもその前に、わたし自身が駄目よね。わたしの知らないことが、隠されているのなら)


 フォミング高原こうげんで言われた、ベロニカの言葉がよみがえる。



『アルターはまだ生きてる! 死んでなんかいない!!』



(……信じていいの? 本当にアルターは生きてるって……そう信じてもいいの? でも、それならどうしてベロニカは、今まで……)



『アレックス、あなたは何も知らない』



(……ベロニカ。わたしとあなたは、レールリッジで一緒に暮らしていたじゃない。わたしの知らないことがあるのなら、教えてくれればよかったのに。どうして……)


 切なさに胸が締めつけられる。

 落ち込みそうになる感情を、アレックスは奮い立たせた。


(……やめよう、グダグダ考えるのは。ロズと一緒にオーガスタを探すんだから、今はそっちに集中しないと!)



 ロズとアレックス。

 二人がそれぞれの思いを新たにしたその時、静かな客室にグーとお腹の鳴る音が響いた。

 

「あはは……なんか、お腹減ってきちゃった」


 ロズはほんのりと顔を赤らめ、照れくさそうに笑った。

 つられて、アレックスも笑い出した。

 

「ふふっ、当然ね。朝から大変だったんだもの。わたしも……空腹だわ」


 二人はそろって客室の扉を見つめた。


「食堂車は値段が高そうだから使わない予定だったけど……行ってみる?」


 アレックスの返事を聞く前から、ロズはそわそわと腰を浮かしている。

 すでに食堂車のメニューをあれこれ想像していそうだ。


 アレックスは立ち上がり、スカートのすそをサッと整えた。

 その顔には楽しげな笑みが浮かんでおり、ロズと同じくらいワクワクしているということが表れていた。

 

「予定通りにはいかないってことね。行きましょ、早くしないとウェルアンディアに到着しちゃうわ」


「! そうだね、行こう!」


 そして、二人は食堂車へと向かっていった。

 難しいことを考えるのは一旦やめて、楽しい食事の時間だ。

 


────────────



 同じ頃。

『ウェルアンディア研究院』の一室。


 聡明そうめいそうな顔立ちの男性が、険しい表情で椅子に座っていた。

 椅子の前にはやや大きめの机が置かれている。


 男性の視線の先には、白衣を着た女性が立っていた。

 眼鏡をかけた、小柄な女性だ。


 女性が言った。


「フォミング高原で発見されました。ディムプレイス駅で列車に乗り、今晩にはウェルアンディア駅に到着します」


 報告を聞いた男性は、眉間のシワをより深くした。


「状態は?」


「無事なようです。特に、問題が起こった様子はありません。どうします? 放っておきますか?」


 そう尋ねられ、男性は億劫おっくうそうに溜息をついた。



「……いや、駅で回収しろ」




第4章へ続く



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