幕間1 ハリエッキの子供達 その1

 それは、ロズとアレックスがハリエッキを旅立った日のこと。


 二人を乗せた列車がビギンズメロウからレールリッジに到着した頃、ハリエッキではやや疲れた様子の男の子が、図書館の前の芝生にごろんと横になっていた。


 コールだ。


「ああ、疲れた〜」


 ロズの父親チェスターが館長を務める図書館。

 コールはついさっきまで、図書館の蔵書整理を手伝っていたのだ。


 まだ背の低いコールでも手が届く位置にある、ごく一部の蔵書に関してだけ手伝わせてもらったのだが、慣れない作業にコールは思いのほか体力を消耗してしまった。


 そんなわけで、手伝いを終えて図書館の外に出た瞬間、芝生の上にゴロンと大の字になってしまったのだ。


「……ちょっとは役に立てたといいんだけどな」


 青空をじいっと見つめながら、コールはそう呟いた。


「──ってダメだ! 寝転がってる場合じゃない! 次はオリエルベーカリーに行かないと……」


 コールは慌てて上体を起こし、自分自身にやる気を入れるように両手の拳を握りしめた。


 その時、別の男の子がコールの方へと走ってきた。

 カイルだ。


「コール!」


「あ、カイル……」


 カイルはコールの前で立ち止まると、疲れた様子の友達を心配そうに見つめた。


「コールのお父さんに、コールが図書館にいるって聞いて来たんだけど……コール、大丈夫? なんだか、疲れてるみたいだよ」


 コールはどこか気恥ずかしそうに、鼻の辺りをぐいっと手でぬぐった。


「……別に、だいじょーぶ。さっきまで、図書館の手伝いをさせてもらってたんだ。今はちょっと、休んでただけ」


 カイルは目を丸くした。


「! 手伝い? えっと……コールが、自分から手伝ったの? 図書館のお仕事を?」


「な、なんだよ、別におかしいことじゃないだろ」


 不満そうに口をとがらせるコールを見て、カイルは慌てて弁解した。


「ごめん。おかしくはないけど……驚いちゃったんだ。だって、今までコールが自分から誰かのお手伝いをすることなんてなかったから。ね、どうして急にお手伝いすることにしたの?」


 コールは振り返り、図書館の白い外壁がいへきを見つめた。それからカイルの方に向き直ると、渋々といった感じで口を開いた。


「……お前も、チェスターおじさんから聞いたんだろ? ロズ姉ちゃんと、アレックス姉ちゃんのこと」


 カイルは深刻そうな面持ちになり、深く頷いた。


「うん……チェスターおじさんが僕の家に来て、教えてくれた。ロズお姉ちゃんとアレックスお姉ちゃん……朝早くに、ハリエッキを旅立ったんだよね……ウェルアンディアっていう、遠い街に向かって」


 しゃべるごとに、カイルの声はどんどん暗くなっていく。こらえていた心配な気持ちが、一気に込み上げてきたようだった。


 落ち込むカイルを見て、コールも表情を曇らせた。


「……俺の家にもチェスターおじさんが来たんだ。そんで、俺もおじさんに教えてもらった」


 ロズとアレックスが、ウェルアンディアまでを届けに向かったことを。


(……ロズ姉ちゃんに、アレックス姉ちゃん。説明してくれると思ってたのに……でも、すぐに出発しなくちゃいけなかったなら、仕方ないよな。だいたい、元はと言えば俺が……)


 コールはうつむき、地面の草をぐいぐいと引っ張った。


「コール、大丈夫?」


 コールの様子がおかしいことに気がつき、カイルが気遣わしげに声をかけた。


「……」


 コールは俯いたまま、何も答えようとしない。


「ね、ねえ、コールってば……」


 カイルに肩を揺すられ、コールはようやく顔を上げた。


「──あっ……」


 コールの顔を見て、カイルはハッとした。

 いつもは負けん気が強そうに輝いているコールの両目に、大粒の涙が浮かんでいたのだ。


 あふれる涙を必死に我慢しながら、コールは言った。


「ロズ姉ちゃんとアレックス姉ちゃんがウェルアンディアまで行かなくちゃいけなくなったのは……俺のせいなんだ」


「えっ……」


「……ロズ姉ちゃんが俺を探しに来てくれた時、俺……触らない方がいいって言われたのに、ロズ姉ちゃんの言うこと無視して、あの『家』にあった木箱を取って……そしたら──」


 コールのほおを、ポロリと涙が伝い落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る