第42話 少しだけ、見えてきた物語

 オラクルが作り出した亜空間での出来事を、アレックスに説明するロズ。


 まずは、オラクルに短剣を見せてほしいと言われたこと、それから、短剣には魔法を解除する──つまり、魔法を解く力があると見抜かれたことについてを、順を追って話した。



「……オラクルさんによると、魔族まぞくにとって『魔法を解く』っていうのは、すごく危険なことらしいの」


 ロズは膝の上に置いた、さやに収まったままの短剣を見つめ、悲しげな表情を浮かべた。


「この短剣はね、魔人まじんが命懸けで作り出した物なんだって。魔族にとっての禁忌とされる、魔法を解く力。短剣を作り出した魔人は自分の命を懸けて、その力を短剣に込めたみたい……」


「命を……それじゃあ、その魔人は……」


 ロズは短剣のつかをギュッと握りしめた。


「うん。禁忌を破った代償として、命を落としているだろうって……オラクルさんが言ってた」


 アレックスが絶句した。


「! そう、だったのね……」


「……あの家で短剣を使った時に、誰かの『お願いね』っていう声が聞こえたの。あの声は、短剣を作り出した魔人が遺していった、メッセージだったのかもしれない。それから……わたし、あの家を脱出する時に、この手紙を見つけたんだ」


 ロズは、ショートパンツのポケットから手紙を取り出し、アレックスに見せた。


「オーガスタへ……ってことは、オーガスタ宛ての手紙なのかしら」


「うん、そうみたい。短剣と一緒に持っていけばいいかなって、見つけた時は深く考えていなかったんだけど……もしも短剣を作り出した魔人が、この手紙を置いていったのだとしたら……」


 二人は顔を見合わせた。


「この手紙だけじゃなくて、あなたが聞いたメッセージも、オーガスタに宛てられたものかもしれない……ってこと?」


 ロズは神妙な面持ちで頷いた。


「うん。ただの推測だけど……もしかすると短剣を作り出した魔人は、短剣と手紙を、オーガスタさんに見つけてほしかったのかも……」


 アレックスはしばし頭の中で情報を整理してから、呟くように言った。


「オーガスタがあなたに教えた、短剣の力を発動させるための言葉は……カサンドラの名のもとに、だったわよね」


「うん。『カサンドラ』が、短剣を作り出した魔人の名前……なのかな」


「そう考えるのが自然よね。だとしたらオーガスタは、短剣を作り出した魔人……カサンドラと、知り合いだったのね。どういう関係だったかは分からないけど」


 二人が知り合いであったのなら、カサンドラが短剣と手紙をオーガスタに遺していったとしてもおかしくない。

 ロズは推測が正しいと仮定して、考えてみた。


「何らかの目的があって、カサンドラさんは短剣を作り出すことにした。でも……魔法を解く力を短剣に込めることによって、自分は命を落とすことになる。命を落とすと分かっていたから、短剣をオーガスタさんに託すことにした……のかな?」


 二人は、オーガスタ宛ての手紙に視線を落とした。

 謎の答えはこの手紙にあるのかもしれない。

 だが、手紙を開封する気にはなれなかった。中身を勝手に読むことなんて、とてもできない。


 ロズは手紙をポケットの中に戻すと、今一度、オーガスタとの会話を思い返した。


「確か……わたしが伝えるまで、オーガスタさんは木箱の中身を知らなかった。でも……カサンドラさんがを自分に遺したっていうことを、オーガスタさんは知っていたんだ。だからこそ、自分のもとに届けるよう頼んできたんだろうし……」


 まだスッキリしない部分はたくさんある。


 どうしてオーガスタは、あのタイミングでロズに話しかけてきたのか。

 そもそも、どうしてカサンドラが遺した物を、自ら取りに行こうとはしなかったのか。


 それでも、ほんの少し背景が見えてきたような気がした。


「……早く短剣を届けないといけないわね、オーガスタに」


「! そうだね! きっと、この短剣を使ってやらなくちゃいけないことがあるんだ。わたし達の手で、ちゃんとオーガスタさんに届けないと! それに、この手紙も!」


 意気込むロズを見つめ、アレックスはゴホンと咳払いをした。


「……ところで、オラクルが短剣の力を見抜いたのは分かったけど、その後は、一体何があったの?」


「あ、ごめん! まだ途中だったね。えっと、あの亡骸なきがらのことなんだけど──」



 アレックスにうながされ、ロズは続きを話し始めた。


 あの『亡骸』は、大地に還っていた魔獣まじゅうが何者かに魔法をかけられ、不完全な状態で蘇ってしまった姿であるということ。


 短剣の力を使えば、亡骸にかけられた魔法を解き、再び大地に還すことができる。

 つまり、オラクルが亜空間にロズを連れていったのは、ロズに短剣の力を発動させてほしかったからである、ということ。


 葛藤はあったが、魔獣を解放するため、そしてフォミング高原こうげんに無事戻るため、短剣を使おうと決めたこと──。



「……短剣の力を発動させたら、青い光が亡骸を包み込んで、亡骸の姿はそのまま消えてしまったの。オラクルさんは、魔獣はまた大地に還ったんだろうって言ってた。魔法は、ちゃんと解けたんだと思う」


「そう……良かったわね。でも、あなたは大丈夫だったの? 亡骸と対峙したり、また短剣の力を発動させたりして……怪我とか、してない?」


 アレックスは不安そうにロズを見つめた。彼女の気遣いが嬉しくて、ロズは心がポッと温かくなるのを感じた。


「うん、大丈夫だよ! えへへ……ありがとう、心配してくれて」


「……心配したわよ、本当に。あなたが帰ってこなかったら、どうしようかと思った」


 ロズがいきなり消えた時のことを思い出し、アレックスがポツリとこぼした。


「アレックス……」


 心情を吐露してしまったことが恥ずかしくなったのか、アレックスは少しだけ頬を赤くした。


「! とにかく! 亡骸は消えたし、あなたに怪我はなかったということね。安心したわ」


「……でもね、一つ、不思議なことがあったんだ」


「不思議なこと?」


 ロズは顔を曇らせた。


「うん、すごく不思議なこと。短剣の力が発動している時、わたしの前に……女の人が現れたの。後で聞いたら、オラクルさんは『誰も見てない』って言ってた。わたしにだけ見えたみたい。その人はすごく……つらそうだった」


 ロズは、胸元のペンダントにそっと触れた。


「──それから、ペンダントのコインに反応したの。コインを見て、エオスディアの名前を呟いていた」



『お前達のせいで……!!』


『……エオスディア、どうして……』



 謎の女性の、悲痛な声。

 憎悪と痛みに満ちた、紫根しこんの瞳。


 それらは、ロズの記憶にしっかりと刻み込まれている。


「まるで、エオスディアのことをみたいだった。もちろん、伝承の存在として知っているっていう意味じゃなくて……」



 ロズは幼い頃から、精霊が実在すると信じてきた。

 だが、それはどちらかと言えば『精霊はいるはず、いたらいいな』と希望を抱いていたという意味であり、絶対にいると確信していたわけではない。



(でも……もしかしたら、本当に……)


 ロズは短剣を寝台のシーツの上にそっと置き、アレックスに尋ねた。


「ねえ、アレックス。精霊って……エオスディアって、本当にいるのかな?」

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