第43話 あなたに聞いてほしい

 精霊は本当にいるのか。

 ロズの問いに、アレックスは即答した。


「いるわよ。精霊も・・・エオスディア様も、本当にいる」


「え・・・」


 確信に満ちた答えに、ロズは正直驚いてしまった。

 すると、今度はアレックスがロズに尋ねた。


「・・・タハティニアでは、精霊の存在はどんな風に伝えられているの?」


「えっと・・・精霊とは、原初の時から世界と共にある、霊的で神聖な『神様』に近い存在。でも、存在が証明されているわけではないって・・・図書館で読んだ本には、そう書いてあったよ」


「なるほど。あくまで伝承、ってことなのね・・・」


 アレックスは吐息混じりに呟くと、ぼんやりと窓の外を眺めた。

 客室の窓からは、夕暮れに向かう空がよく見えた。

 広く高い空を見ていると、胸の中にスッと風が吹くような感じがする。


 アレックスはロズの方に向き直ると、右手の拳を軽く握った。そして目を閉じ、静かに意識を集中させた。


「・・・?」


 ロズは不思議に思いつつも、アレックスを見守った。


 右手が穏やかな光に包まれる。アレックスが手を開くと、そこからキラキラとした光の結晶が浮かび上がり、客室の中へと広がっていった。


「わあ、綺麗・・・」


 ロズは光を目で追った。キラキラした光の粒は、客室の壁や天井へ吸い込まれるように消えていった。


「ねえ、ロズ」


 アレックスは寝台に座り直し、ロズを見つめた。


「? なに?」


 まっすぐに見つめ返してくるロズの瞳は、魔法で出した光のように綺麗だった。

 アレックスは小さく微笑んだ。


「わたしが魔法を使えるようになった時のこと、教えてあげる。精霊の話にも繋がるから」



────────────



 アレックスが十一歳の時、彼女が生まれ育ったクリフディールの小さな町は、魔獣まじゅうの襲撃にあった。


 その日は嵐が過ぎ去った翌日で、住民達は傷ついた家屋の修復に奔走ほんそうし、疲弊ひへいしていた。

 アレックスも町の皆を手伝い、飛んできた枝や葉を片付けたり、修復に必要な道具を運んだりした。


 夜になり、アレックスは町の外がやけに静かなことに気がついた。

 虫の声も聞こえないし、フクロウの鳴き声も聞こえてこない。

 普段なら、夜になると森の方から鹿しかの声が聞こえてくることもあるのだが、その日は森も静まり返っていた。


 動物の声や、動物の立てる物音が全く聞こえてこない。

 その静けさには、アレックスの不安を掻き立てる何かがあった。


(なんだか、こわい・・・。お父さんとお母さんに言ってみようかな・・・)


 少し悩んだが、両親には相談しないことにした。

 修復作業で疲れている両親の姿を見ると、心配をかけるのは悪いような気がして、声をかけることができなかったのだ。


 仕方なく、アレックスは不安を抱えたまま眠りについた。


 眠りは浅かった。そして真夜中過ぎ、アレックスは叫び声と騒音で目を覚ました。


「魔獣だ!!」

「逃げろ!!」


 家の外で、住民達が叫んでいる。


 町を囲む木の柵の一部が、傷んだままになっていたのだろうか。あるいは、魔獣が本気を出せば木の柵なんて意味はなかったのかもしれない。


 魔獣の群れが、町に侵入してきたのだ。

 町を襲ったのは、おおかみいのししの特徴をあわせ持ったような外見の、凶暴な魔獣だった。



────────────



「──避難するぞって両親に言われて、急いで家の外に出たわ。みんな怯えて、逃げ惑っていた。魔法を使える人達がなんとか応戦しようとしていたけれど、強力な魔法を操れるわけじゃなかったから・・・魔獣を追い払うことはできなそうだった」


 当時の光景がよみがえるのか、アレックスの手は小さく震えていた。


「アレックス・・・辛いなら、無理して話さなくても・・・」


「いいのよ、大丈夫。話しておくべきだと思うから」


 心配そうなロズに、アレックスはきっぱりと言い切った。


 思い出すのは確かに辛いが、アレックスは話すのをやめようとは思わなかった。それどころか、自分でも意外なくらい、ロズに聞いてほしくて仕方がなかった。


 もしかすると、誰かに打ち明けたいとずっと願っていたのかもしれない。

 抑えていた悲しみを解放するように、アレックスは話を続けた。



────────────



 町の出口には馬車が準備されていて、街道へと避難できるようになっていた。

 だが、馬車までは自力で辿り着かなくてはならない。


 町はひどい状態だった。

 修復したばかりの家屋が、魔獣の攻撃によって崩れ落ちている。

 応戦しようとした人の魔法が暴走し、炎が広がっている場所もあった。


 魔獣の唸り声を避けながら、アレックスと両親は町の出口へと走った。

 その時、おさない子供の悲鳴が聞こえた。


(今のは、ミアの声・・・!?)


 ミアは近所に住む二つ年下の女の子だ。

 アレックスはミアのことを妹のように思い、いつも気にかけていた。


「ミア!? ミアー!!」


 アレックスは思わず足を止め、悲鳴のした方に顔を向けた。


「アレックス! 足を止めるんじゃない!」


「でも、今のはミアの声よ!! お父さんも聞こえたでしょ!? 助けに行かなくちゃ!!」


 広がった炎がすぐ近くの家屋に燃え移り、木で出来た屋根の一部が今にも崩落ほうらくしそうになっている。

 父親は町の惨状を見つめ、苦しげに首を振った。


「・・・駄目だ。助けに行くのは危険すぎる。魔獣に見つかってしまう」


「そ、そんな・・・」


「アレックス、今は自分自身のことを守らないと。わたし達だって助かるか分からないのよ」


「でも・・・ミアは助けを待ってるかもしれないのに・・・」


 母親にさとされても、アレックスは諦めることができなかった。

 ミアはまだ幼い。もしも家族とはぐれたら、一人で逃げることなどできないだろう。


「さあ、早く行くぞ!」


 両親は町の出口に向かって再び走り出した。

 アレックスは、両親についていこうと踏み出しかけた足を、思い切って別の方向へ向けた。


「お父さんとお母さんは先に行ってて!! ミアを探してくる! ミアを連れて、馬車のところに行くから!!」


「! アレックス!! 駄目だ、そっちに行くな!!」


 悲鳴がした方へと走っていくアレックスを、父親は慌てて追いかけようとした。

 だが次の瞬間、炎に包まれた家屋の屋根が崩れ、その一部が行く手を阻むように落ちてきた。


「くっ・・・アレックス・・・!!」


 道を阻まれ、父親はアレックスを追いかけることができない。


 幼い少女の背中は、すぐに見えなくなってしまった。

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