第40話 ディムプレイス駅への帰還
(・・・アルターがどこかで生きているかもしれない。それが本当なら・・・)
アレックスは、胸の前でぎゅっと両手を組み合わせた。
突きつけられた「可能性」を信じていいのかどうか、まだ判断できない。
「・・・あなたには関係のないことよ、アレックス。あなたはもう、クリフディールを離れたんだから」
ベロニカはそう言い放つと、こぼれた涙を素早く手で
「アルターは、わたしが探し出してみせる。さあオラクル、行きましょう」
「うん、行こうか」
ベロニカは、再びオラクルの手を取った。
今度はもう、アレックスは二人を止めようとはしなかった。止めることができなかった。
オラクルが片手をサッと上げると、周囲に場違いなほど軽やかな鐘の音が響き渡った。
その光が消えた時、二人の姿も消えていた。
アレックスは無駄だと知りつつも、その場から消えたベロニカに呼びかけた。
「ベロニカ・・・! アルターが本当に生きてるっていうなら・・・どうしてアルターはわたし達の前から姿を消したのよ・・・」
当然、返事はない。三人が取り残された巨石群には、
「・・・」
足元の葉を揺らす静かな風が吹く。
アレックスの心情とは反対に、脅威の去ったフォミング
「アレックス・・・」
ロズは、崩れ落ちそうなアレックスをただ見ていることに耐えられず、彼女の隣に駆け寄った。
「アレックス、わたし達もディムプレイス駅に戻ろう。急いで戻れば、ベロニカさんに追いつけるかもしれないよ」
アレックスは首を横に振った。
「・・・無理ね。あの二人は魔法で移動したのよ。走って戻ったとしても、追いつくことなんてできないわ。それに・・・聞いてたでしょ? あの二人は駅に戻った後、そのままクリフディールに向かうつもりなのよ」
「それなら──」
クリフディールまで追いかけよう、そう言ってしまいたかったが、それがただの軽率な発言にしかならないことくらい、ロズにだって分かっていた。
クリフディールは危険な場所だ。何かあった時にロズがアレックスを守れるならまだしも、ロズは守られる側になるだけなのだ。
それに、ロズ達の目的地は「ウェルアンディア」である。ウェルアンディアまで行って、オーガスタに短剣を渡さなくてはならない。
自分で約束を果たしてみせる、そう決めたのはロズ自身だ。
途中で投げ出したり、後回しにすることなんてできない。
ロズは発しかけた言葉を呑み込み、少し考えた後、再び口を開いた。
「・・・ベロニカさんに追いつけないなら、もう少しここで休んで、それから駅に──」
「駄目。休んでる場合じゃないわ」
「え?」
アレックスは、強がるような笑みをロズに向けた。
「急いで駅に戻るという意見には賛成よ。だって、列車に置いていかれたら大変だもの」
「それは・・・確かにそうだけど・・・」
ロズは心配そうに眉根を寄せ、目の前にあるアレックスの顔を見つめた。
「・・・心配しないで、ロズ。大丈夫だから」
「アレックス・・・」
動揺からだろう。アレックスの唇は震えそうになっている。それでも、彼女は気丈に言った。
「わたし達がまだ高原にいるっていうことは、ベロニカが駅の人に伝えてくれると思う。それくらいはしてくれるはずよ、流石にね。でも、あまり長く列車を待たせるわけにもいかないでしょう。だから、早く出発しないと。ね?」
冷静な声でそう言われると、ロズも頷くしかなかった。
「・・・うん、わかった。でも、休みたい時はちゃんと言ってね」
「そうさせてもらうわ。ありがとう」
ロズを納得させたアレックスは、グレンの方に顔を向けた。
「で、あなたはどうするんですか?」
「僕は・・・」
グレンはジャケットの
(本当なら、またオーガスタに連絡を取るべきなんだろうな。今の状況を報告するべきだ)
だが、二人の前でオーガスタと話をすることはできない。かといって、またしても姿を消すというのも嫌だった。
グレンは、オーガスタとの会話を振り返った。
(オーガスタはこの二人のことを知っていた。ひょっとして、二人もオーガスタのことを知っているのか? 聞いてみたい気はするけど、そんな空気でもないしな・・・)
そんなことより、二人が無事に駅まで戻るのをきちんと見届けるべきだ。なにせ、ここまで案内してしまったという責任があるのだから。
グレンはそう決めると、袖からスッと指を離した。
「僕も駅に戻るよ。もうここでやるべきことはないからね」
「そうですか。それじゃあ、さっさと出発しましょう」
そう言い終えるかどうかのうちに歩き出したアレックスを、ロズとグレンは慌てて追いかけた。
そうして、三人はバタバタと巨石群を後にしたのだった。
────────────
巨石群を出発した三人は、
来た道を黙々と引き返してきた三人は、視線の先にようやくディムプレイス駅が現れた時、そろって安堵の溜息をついた。
「な、なんか、すっごく久しぶりに戻ってきた感じがする・・・」
ロズは思わずそう呟いた。
実際のところ、早朝に駅を出てから、まだ半日ほどしか経過していない。
駅舎に近づいていくと、ホームに停まっている列車の姿が目に入った。
「よかった、列車はまだ出発していないようね」
「そうだね・・・ん? 駅の外に誰か・・・」
駅舎の入り口前に、若い男性乗務員が立っていた。彼はロズ達に気がつくと、元気よくこちらに駆け寄ってきた。
「皆さん、戻られたんですね! ご無事で何よりです!」
駆け寄ってきたのは、今朝ロズ達に列車が運行を中断しなくてはならないことを説明した、あの乗務員だった。
今朝は
「? は、はあ・・・ありがとうございます」
ロズはきょとんと首を傾げた。高原に入ったことを咎められてもおかしくないのに、なんだかやけに歓迎されているような気がする。
戸惑っているロズに気がつき、乗務員が笑顔で説明した。
「ベロニカさんから報告を受けております。なんでも、皆さんは高原に潜んでいた大型魔獣との戦いに協力してくださったとか!」
三人は顔を見合わせた。
「おかげで列車の運行を妨げる脅威は排除されたと聞いております。いやあ、ご協力ありがとうございました!」
「・・・・・・」
アレックスはロズに囁いた。
「この様子だと、ベロニカは大型の魔獣を倒したってことしか報告していないようね。きっと、あの
ロズはアレックスに囁き返した。
「それより、わたし達が協力したってことになってるけど・・・いいのかな?」
アレックスは肩をすくめた。
「どうせ、説明が面倒だったからそういうことにしたんでしょ。いいじゃない。実際、協力したようなものだし。細かいことは言わないでおきましょうよ」
二人は乗務員の方に向き直った。
よほどベロニカのことを信用しているのか、彼はベロニカの報告に対して何の疑念も抱いていないようだ。
まあ、報告内容が嘘というわけでもないのだが。
ロズは彼に頭を下げた。
「えっと・・・まだ列車は出発していないんですよね。わたし達のことを待っていてくださって、ありがとうございます」
「そんな! 当然のことですよ、ベロニカさんや皆さんのおかげで、列車を動かせるようになったんですから!」
「・・・ところで」
アレックスがさりげなく尋ねた。
「ベロニカは、まだ駅にいますか?」
乗務員は申し訳なさそうな顔で答えた。
「いえ、残念ですが、ベロニカさんとオラクルさんはもう出発されました。なんでも、急ぎの案件があるそうです」
「そうですか」
予想通りの答えだったので、アレックスは別段ガッカリはしなかった。期待したわけではなく、念のため
それよりも、乗務員がベロニカだけではなく、オラクルのことも「オラクルさん」と親しげに呼んだことが意外だった。
一体、オラクルはどういった立場で彼らと関わっているのだろう。そして、
「ん? グレンさん、どうかしたんですか?」
その時、ロズはグレンが顔を曇らせていることに気がついた。
彼は二人の後ろで、なにやら「まいったな・・・すっかり忘れてた・・・」などと、独り言を呟いている。
その様子を見て、アレックスが呆れた顔をした。
「・・・やっぱり、切符を持っていなかったようね」
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