第31話 脅威の気配
「え、連れていってほしいってこと?
グレンは目を丸くした。
「はい!」
元気よく頷くロズを見て、グレンは決めかねるように頭をひねった。
「でも、君達は……まだ子供、だよね? 危険な場所に子供を連れていくのは……多分、良くないことなんじゃないかなあ」
アレックスがずいっと前に出た。
「大丈夫です。わたしはある程度、戦い慣れてますから」
「……そもそも、どうして魔獣のいる所なんかに行きたいんだい?」
疑問に思われてしまうのは当然だ。しかし、会ったばかりのグレンに全てを説明するのは難しい。
悩んだ末、アレックスは簡潔に説明することにした。
「それは……この
「職員?」
「鉄道会社の特別な職員ですよ。列車の運行を再開させるため、危険を排除することになっている人達です。ディムプレイス駅から高原に向かった職員はわたしの……知り合いで、わたしはその人に、会いに行きたいんです」
熱心に訴えかけてくるアレックスに、グレンは困惑した。
「でも、その人に会いたいなら、普通に駅で待っていたほうが……」
アレックスは首を横に振り、キッパリと言った。
「それじゃ駄目なんです。一緒に行かせてください。もし断られても、わたし達は後ろからこっそりついて行きますよ。そんなの嫌じゃないですか?」
唐突に妙なことを言い出すアレックス。その横では、ロズがうんうんと頷いている。
グレンは思わず身を引いた。
「うっ……こっそりついて来られるのは、確かに居心地悪いかも……」
ロズは両手でガッツポーズをつくった。
「それじゃあ! 三人で一緒に行くしかありませんね!」
「そうね。わたしもそう思うわ」
「ええっ……そうかなあ……?」
グレンは納得いかない様子で腕を組んだ。
「……知らない子供を同行させるなんて……バレたら怒られるよなあ、いや、面白がられるだけかな……」
ブツブツと独り言を呟くグレンに対し、アレックスは畳み掛けるように言った。
「様子を見てこいって言われただけなんですよね? わたし達がついて行っても支障はないと思いますよ」
「うーん、その通りかもしれないけど……」
「アレックスの言う通りですよ! 問題ないと思います!」
やがて、グレンは組んでいた腕を解き、根負けしたように言った。
「……わかったよ、一緒に行こう」
「やった! お願いします!」
「よろしくお願いします」
嬉しそうに飛び跳ねるロズの横で、アレックスは小さく頭を下げた。
そうして、三人は共に魔獣のもとを目指すことになったのだった。
────────────
「わたしとアレックスは、ハリエッキっていう町から来たんです。ここからだと結構遠い所になるんですけど、知ってますか?」
先導するグレンに、ロズは元気よく話しかけた。その様子を、アレックスが一歩後ろから観察している。
グレンは申し訳なさそうな顔で、首を横に振った。
「えっと……ごめん。知らない」
それを聞き、ロズは少しだけ残念そうな顔をした。
「そうですか……うーん、やっぱりハリエッキって田舎の小さな町……なのかなあ。でも、すっごく素敵な町なんですよ!」
ロズは瞬時に気を取り直し、笑顔を輝かせた。
誇らしげに『素敵な町』と言うロズを、グレンはどこか羨ましそうに見つめた。
「そうなんだ。じゃあ、いつか行ってみたいな」
「ぜひ! 来てみてください!」
三人は、高原を西に向かって歩いていた。
景色はあまり変わっていないが、この辺りには池が点在している。荒涼とした原っぱの中で、陽の光を受けた水面がキラキラと輝いていた。
あれから、三人は鳥型の魔獣と再び遭遇した。幸いにも現れたのは一体だけで、アレックスが魔法を使ってすぐに撃退した。
強力な魔法を使うアレックスを見て、グレンはかなり感心した様子だった。
「ところで、グレンさんはレールリッジでちゃんと列車に乗れたんですね」
「え」
グレンは思わず足を止め、やや引きつった表情でロズの方を見た。
ロズとアレックスも足を止める。
「雑貨屋レイラズで困っている様子だったから、心配してたんですよ。わたし、安心しました!」
あの時、グレンはレイラに『列車に乗れないと困るんです』と訴えていた。そのことを、ロズはきちんと覚えていたのだ。
「そうだった……二人には見られてたんだよな……」
レイラとのやり取りを見られていた、ということを改めて思い出し、グレンは居心地悪そうに前髪をいじった。
「無事に切符が買えたんですね!」
ロズは心からの安堵を顔に浮かべている。
「……うん」
グレンはロズから目を逸らし、水面を
「ひょっとして、こっそり列車に侵入したんじゃないですか?」
アレックスがグレンの横に立ち、冷ややかな視線を向けた。
「! そそそ、そんな! そんなことしないよ!」
グレンは素早くアレックスの方に向き直り、否定の意を込めて手をぶんぶん振った。
「ずいぶん必死に否定しますね」
「うっ……」
グレンはバツが悪そうに縮こまった。
「もう、アレックス。そんなこと言ったら失礼だよ」
ロズにたしなめられ、アレックスは肩をすくめた。
「別に、
「いや、だから、僕はそんな……」
「で、そんなことより、大型の魔獣がいるのはこの先なんですか?」
アレックスが話題を変えたので、グレンはあからさまに安心した顔になった。
「! う、うん、そうだよ! このまま進んでいくと、大きな石が集まっている場所に着くんだ。魔獣が居座っているのはその近くだろうって言われたよ。魔獣の様子を見てくるよう頼まれた時にね」
「石が集まっている場所……」
「その辺り一帯は、高原の中でも特に魔力の量が多い場所なんだってさ。だから、魔獣を引き寄せる可能性が高いらしい。とにかく、そこに行ってみようか!」
先程の話題が相当気まずかったのか、早く先に進もうと二人を促すグレン。
その様子を見て、アレックスは呆れた顔をした。
「……そうですね。お喋りはやめて、先に進みましょう」
そんなわけで、三人は再び歩き出した。
かなり歩くのかと思いきや、目的地までそんなに時間はかからなかった。
池と池の間を縫うように進んでいくとすぐに、そびえ立つ巨大な石の前に辿り着いたのだ。
一つではない。いくつもの巨石が、原っぱのあちこちに堂々と
その巨石群に足を踏み入れると、グレンは立ち止まり、神妙な面持ちでロズとアレックスに言った。
「ここだよ。この辺り一帯が、魔力が一番多く宿っている場所だ」
ロズは息を呑み、ぐるりと周囲を見回した。
巨石群の向こうには、木々が密集している場所がある。ちょっとした林のようだ。
林を抜けた先は、傾斜の急な丘になっている。不思議なことに、丘の周囲にだけ濃い霧がかかっていた。
白い霧に隠され、丘の上はよく見えない。
漂う霧を眺めていたロズは、不意に悪寒が走るのを感じた。
(! これは……)
ゾクッとした感覚が
この妙な感覚──怪しい気配は、以前にも感じたことがある。そう、つい最近に。
ロズはハッとした。
ハリエッキの森で、存在しないはずの三つめの道を見つけた時にも、こんな気配を感じたのだ。
「アレックス! この感じって、もしかして……!?」
「そうね、
霧に隠れた丘を見つめていたアレックスは、グレンの方に向き直った。
「どうやら、この辺りに大型の魔獣がいるっていうのは本当のようですね。あからさまに怪しい霧も出ていますし……って、大丈夫ですか?」
アレックスは眉根を寄せた。
その場に立ち尽くすグレンが、どこか苦痛に耐えるような表情をしていたからだ。
アレックスの視線に気づいたグレンは、やや当惑した様子で言った。
「……大丈夫、ちょっと胸騒ぎがしただけだよ」
「だ、大丈夫ですか? ほんとに?」
ロズからも心配そうな視線を向けられ、グレンは決まり悪そうに苦笑した。
「ごめん。心配させてしまうなんて、恥ずかしいな。気にしないで──」
その時、ゴォーッという突風が吹き、三人はとっさに身を
「!!」
意思を持っているかのように襲い来る風。その強い風は枯れた草を散らしながら、原っぱを乱暴に駆け抜けていく。
(この突風、ディムプレイス駅でも……! ううん、あの時よりも強い気がする!)
あまりに風が強くて、ロズは目を
故に、ロズは全く気がつかなかった──ベルトから吊り下げた短剣が、
そして、短剣が光を放ったのとほぼ同時に、甲高い鳴き声が高原に響き渡った。
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