第30話 高原にて、再会
(うわーん! 魔法が当たったのはいいけど完全に怒らせちゃった……それにしてもさっきの魔法は結構カッコよく決まったよね〜ってそんなこと考えてる場合じゃないっ!!)
襲いかかってくる鳥型の
恐怖とパニックのあまり、近づいてくる魔獣の動きがロズにはスローモーションで見えた。だが足がすくんで動けないため、ゆっくり見えたところでどうにもならない。
「ロズ! 避けて!」
必死に叫ぶアレックスの声が、やけに遠くから聞こえてくるような気がする。
魔獣の顔がどんどん近くなり、ロズはもう駄目かもと覚悟した。
その時──。
ロズと魔獣との間に
不意をつかれた魔獣は直撃を食らい、体勢を崩したまま地面に落下していく。
「へっ?」
ロズはきょとんとして、アレックスの方を見た。
アレックスが魔法で助けてくれたのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。彼女はロズと同じくらい驚いており、呆気に取られた表情でロズの後方を見つめていた。
振り返り、アレックスが見ている方に視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。
男は構えていた手を下ろしながらも、警戒したままの表情で魔獣を
「えっ……」
ロズは目を見開いた。
三十代前半くらいの、温厚そうで整った顔立ちの男だ。
短い髪の色は、黒に近いダークブラウン。中肉中背だが、それなりに引き締まった体つきをしているようにも見える。
服装はシンプルだ。濃紺のシャツに黒いズボン。シャツの上にはジャケットを着ている。
腰には
ロズはポカンとした顔で呟いた。その男に、見覚えがあったのだ。
「レールリッジの……雑貨屋さんにいた……」
雑貨屋レイラズで、店主のレイラに追い返されていた男だ。間違いなく同一人物である。
(え? え? どうして、ここに!?)
混乱するロズ。
その間に鳥型の魔獣が起き上がり、威嚇するようにバサバサッと空中で翼を揺らした。
魔獣は凶暴な視線を男の方に向け、ギャアギャアと怒り狂ったように鳴き続けている。ロズのことなど、もう忘れてしまったようだ。
(! わたしを助けたせいで、今度はあの人が……!)
ロズの顔が青くなる。
魔獣は力強く羽ばたくと、クチバシを荒々しく開き、男に向かって飛んでいった。
それを見て、男は気合を入れるようにフッと息を吐いた。
魔獣は一気に距離を詰める。
鋭い爪が襲いかかってくる直前、男は鞘から細身の剣を抜き、飛びかかってくる魔獣を素早く
一瞬の出来事だったが、その一撃がトドメとなったようだ。爪を男に届かせることなく、魔獣は空中で消えていった。
「……」
魔獣の姿が消えたのを確認すると、男は剣を鞘に収めた。
その場に沈黙が流れる。
ロズは、
ぼうっとするロズと、困惑げに眉をひそめるアレックスを見て、男は気まずそうに頭を掻いた。
「え〜っと……何て言えばいいのかな。その……とりあえず、怪我はない?」
「怪我なら、ないです……ってそれよりも!」
我に返ったロズはビシッと
「助けてくれて、ありがとうございます!」
「え?」
男は不思議そうに首を傾げた。
「わたし、魔獣を怒らせちゃって……攻撃されそうになって、どうしようって思ってたんです! 危ないところを、助けてくれてありがとうございました!」
アレックスも二人の方にやってきて、男に向かって小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
二人から礼を言われ、男は慌てた様子で首を横に振った。
「! いやいや、別に……大したことじゃないから……」
アレックスは頭を上げると、やや
「あなたは……レールリッジの、雑貨屋にいた人ですよね?」
どうやら、ロズと同じくアレックスも気づいていたらしい。だが、当の本人はピンときていないようだ。
「え、雑貨屋って、レイラさんの? 確かにあの店へ行ったけど、どうしてそれを……」
男は眉根を寄せ、ロズとアレックスのことを交互に見つめた。そして、ハッと閃いたような顔をした。
「あ! もしかして、あの店に来てたお客さん!?」
二人が肯定の意を込めて頷くと、男は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そういえば、店ですれ違ったよね。ごめん、忘れてたよ。あの時は……ちょっと焦ってたから」
男は自嘲気味に笑い、眉尻を下げた。レイラに突き放された時のことを思い出しているのだろうか。
それから、気を取り直したように言った。
「それはともかく……僕はグレン。騒ぎが聞こえたから急いで駆けつけたんだけど……助けになれて、良かったよ」
「初めまして! グレンさん。わたしはロズっていいます」
「……アレックス、です。初めまして」
アレックスは不審と興味が入り混じった視線を向けながら、グレンに尋ねた。
「──それで、あなたはどうしてこんな所にいるんですか?」
「え」
グレンは、分かりやすく顔をこわばらせた。
彼が焦っていることに気づいていないロズが、無邪気に追い討ちをかける。
「あっ、もしかしてあの列車……ディムプレイス駅で止まってる列車に、グレンさんも乗ってたんですか?」
「えっと……」
グレンは困り顔で
「……こっそり行動しろって言われたわけじゃないし……話してもいい、よな……多分」
どうやら心を決めたらしい。彼は顔を上げ、二人に言った。
「うん、僕もあの列車に乗ってたんだ。実はこの
「この高原に、用事?」
ロズとアレックスは同時に首を傾げた。
「そうだよ。簡単に言うと、フォミング高原に住み着いてる魔獣の様子を見てこいって命令され……じゃなくて、頼まれたんだ」
それを聞き、ロズは表情を硬くした。
「住み着いてる魔獣……! やっぱり、噂は本当だったんだ……」
「噂? ああ、そっか、旅人の間で噂が流れてたんだっけ……うん、その噂は大体のところ正解みたいだよ。高原に……」
グレンは話すべきか一瞬迷ったようだが、まあいいかと言いたげな表情を浮かべ、そのまま言葉を続けた。
「大型の魔獣が出現して、そのまま居座ってる。列車の乗客が異変を感じるようになった原因には、間違いなくその魔獣が関わっているだろうね」
ロズは考え込み、
「うーん、大型ということは……さっきの鳥みたいな魔獣は、異変とは関係ないんでしょうか。大型っていうほど大きい魔獣ではなかったですし……」
あの魔獣はたまたま上空を飛んでいて、たまたまロズ達に襲いかかってきたのだろうか。
「関係ないというか、あの鳥型はたぶん……いや、やっぱり……まだ分からないな」
歯切れの悪い言い方をするグレンの表情を、アレックスは探るように見つめた。
「……ところで、頼まれたって言ってましたよね。『大型の魔獣を見てこい』だなんて危険なこと、一体誰に頼まれたんですか?」
アレックスに問われたグレンは、申し訳なさそうに首を振った。
「ごめん、そこまでは言えないんだ」
「……そうですか」
どうにも引っかかるが、助けてくれた人を問い詰めるのも気が引ける。アレックスはひとまず引き下がった。
「あの! グレンさんは、魔獣がどこにいるのか知ってるんですか?」
今度はロズが質問した。これには答えられるらしく、グレンはあっさりと頷いた。
「うん、知ってる。様子を見てくるよう頼まれた時に、教えてもらったんだ。おそらくはこの辺りだろうっていう、大まかな位置だけなんだけどね。でも、そこから気配を辿っていけば、魔獣を見つけることができると思う」
「グレンさんは、今からそこへ向かうんですよね?」
瞳を輝かせながら聞いてくるロズを、グレンは不思議そうに見つめた。
「? もちろん、そのつもりだけど……」
ロズとアレックスは互いの顔を見つめると、同時に頷き合った。
ベロニカは危険の排除に向かった。その危険とは、大型の魔獣のことだと考えていいだろう。
つまりベロニカとあのフードの人物は、グレンと同じ場所を目指しているのだ。
自分と同じことをアレックスも考えていると確信し、ロズがグレンに言った。
「グレンさん、お願いします! 魔獣の所までついて行かせてください!」
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