第28話 ベロニカとアレックス

 ロズはハラハラしながらアレックスを見守った。


(……心なしか緊張感があるけど……アレックスとこの人、一体どういう関係なんだろう)


 ベロニカと呼ばれた女性とアレックスの周囲に、気まずい空気が流れている。近くにいる乗務員達も、息を凝らして様子をうかがっていた。


 アレックスはロズのことをチラリと見てから、ベロニカに言った。


「……この子が、ウェルアンディアまで知り合いに会いに行くの。わたしは同行しているだけ」


 ベロニカの視線がロズに向けられる。


「この子が?」


「! えっと、わたしは……──」


 ロズは頬を紅潮させた。名乗らなければと思うのだが、緊張感のある雰囲気に呑まれて言葉が出てこない。

 縮こまっているロズの様子に気づいたアレックスが、ロズをかばうように代弁した。


「ハリエッキに住んでいる子よ。ロズっていうの」


 ロズの頬が更に赤くなった。

 大人の影に隠れる幼い子供になったようで、情けない。これでは駄目だと思い直し、ロズはベロニカに向かって大きく踏み出した。


「ロズです! わたし、アレックスの友達なんです!!」


「「……」」


 沈黙が流れ、ロズはハッとした。


(『友達』って、ハッキリ言っちゃった……)


 ロズは気恥ずかしくて、アレックスの顔を見ることができなかった。同時に、友達であるということをアレックスが否定しなかったので、内心ホッとしていた。

 

「……そう、友達ができたのね。新しい環境でうまくやっているようで安心したわ」


 呟くようにそう言ってから、ベロニカはロズに親しげな笑みを向けた。


「初めまして、わたしはベロニカ」


「は、はじめまして!」


 ロズは慌てて頭を下げた。


「あなたのことも驚かせてしまったわね、ごめんなさい。わたし、アレックスとは故郷が同じなのよ。だからアレックスの姿を見かけて、つい声をかけてしまったの」


「! 故郷って、クリフディール……」


 ロズの言葉を聞き、ベロニカは意外そうな顔をした。


「あら、クリフディールのことはもう聞いてるのね。そうよ、わたしもあそこの出身なの」


「……」


 アレックスが、警告するような視線をベロニカに向けた。

 その視線に気づいているのか気づいていないのか、ベロニカはなんてことないように言葉を続ける。


「わたしとアレックスは、一緒にクリフディールを出たのよ。一緒にあの国を出て、タハティニアに移ってきたの」


「ベロニカ!」


 アレックスが、ひどく張り詰めた声で指摘した。


「ベラベラと喋っている暇はないんじゃない? その服装からして、仕事中なんでしょう?」


 ベロニカは周囲を見回した。様子を盗み見ていた乗務員達が、慌てて目を逸らす。


「……ああ、そうね。つい話しこんでしまいそうになったわ。悪いけど、わたしはこれから──」


 その瞬間、ゴォーッという音を立てながら、ホームに凄まじい突風が吹き込んできた。


「ひゃあっ!」


 ロズは思わず悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んだ。


「! なに!?」


 アレックスも風に飛ばされないよう、素早く身を低くした。


 

 ディムプレイス駅を襲った突風は、すぐにんだ。

 止む直前、遠くの方から甲高い音が聞こえてきた。鳥の鳴き声にも似たその音は、ひどく不気味だった。



「はあ〜びっくりした……」


「……なんだったのかしら。風なんて、さっきまではちっとも吹いてなかったのに……」


 ロズとアレックスはゆっくりと立ち上がり、呆然と互いを見つめた。

 近くにいる人達も皆、何が起こったのかと困惑している。


 そんな中、ベロニカがいぶかしげに呟いた。


「……今のは……でも、暴れる様子なんて……」


 アレックスはその発言を逃さず、すぐにベロニカを問い詰めた。


「ちょっとベロニカ、何か知ってるの?」


「あなたに話せるようなことはないわ。わたし、急いで行かなくちゃ」


「待ってよ! ひょっとして、今のは魔獣まじゅうの仕業なの? 噂通り、フォミング高原こうげんに魔獣が住み着いてるわけ? そもそも、あなたはどうしてここに現れたのよ?」


 ベロニカは面倒くさそうに肩をすくめた。


「あなた、さっき自分で言ってなかった? わたしにはベラベラと喋っている暇なんてないのよ」


 アレックスがムカッとした顔になったその時、またしても新たな人物が、ホーム上に姿を現した。



「ベロニカ」



 名を呼ばれ、ベロニカが声のした方に顔を向けた。つられてロズも、そちらを見た。


(あれ? あのローブの人は……)


 ローブを身にまとった人物が、線路側からひっそりとホームに上がってきた。フードを深くかぶっているため、顔は見えない。


(もしかして……レールリッジ駅で、列車に魔法をかけていた人?)


 顔が見えないし、体格をはっきり覚えているわけでもないので、同一人物だと言い切ることはできない。だが、かもし出す強い存在感は、レールリッジ駅で見た人物と全く同じだった。


 フードの人物は、ロズ達から少し離れた位置で立ち止まり、澄んだ綺麗な声で言った。


「ベロニカ、早く行こう。状況が変わったみたいだ」


「わかった。今行くから、ちょっとだけ待って」


 ベロニカはすぐに頷き、それからアレックスの方に向き直った。


「……アレックス、元気そうな姿が見れて良かった。列車の中に戻った方がいいわよ。出発を待つことにはなるけど、その方が安全だから」


「! そんなの、納得できないわ。どういうことなのか説明してよ」


 ベロニカはアレックスを無視し、ロズの方を見た。


「ロズさん、アレックスと仲良くしてあげてね。この子は──」


「?」


 ほんの一瞬、ベロニカの顔に悲しげな表情が浮かんだ。


「……ううん、なんでもない。とにかく、二人で列車の中に戻りなさい。危ないことはしちゃ駄目よ」


「ベロニカ……!」


 アレックスが何か言う前に、ベロニカはその場を離れてしまった。近くにいた乗務員が、慌てて彼女を呼び止める。


「あの、ベロニカさん。状況というのは……」


 ベロニカは申し訳なさそうに弁明した。


「すみません、報告をしたかったのですが、時間がないようです。わたし達は、これから危険の排除に向かいます」


『危険の排除に向かう』と言われたら、これ以上引き止めることなどできない。

 乗務員は深く頭を下げた。


「! はい、よろしくお願いします……!」


「街への馬車が無事に出発したことを確認したら、皆さんも乗客と一緒に、列車の中で待機していてください。防御魔法の効果はまだ残っています。万一のことがあっても、列車の中にいれば安全なはずです」


 乗務員が頷くのを確認すると、ベロニカはフードの人物と合流し、線路に降りていった。フォミング高原へ向かうと考えて、間違いないだろう。


 遠くなるベロニカの姿を見送りながら、アレックスはキュッと唇を噛んだ。


「…………」


 ボソリと呟かれた言葉を、ロズは聞き取ることができなかった。


「? アレックス、大丈夫?」


「……どうやらベロニカは、鉄道会社のな職員ってやつのようね」


「え? ああ、うん。そうだね。問題の処理にあたる、特別な職員さん……」


 ベロニカが去っていった方向を見つめたまま、アレックスは一歩前に踏み出した。


「ロズ、わたし達も高原に行くわよ。ベロニカを追いかけるの」


「ええっ!?」


 思わぬ発言に、ロズは目を丸くした。


「でも、ベロニカさんは列車の中に戻りなさいって言ってたし、危ないんじゃ……」


 アレックスは首を横に振った。


「待っているだけなんて嫌よ。できることがあるはずだもの」


 ロズの方を振り向いたアレックスの眼差しは、並々ならぬ決意に満ちていた。


「だけど……そうね、危険なんだと思うわ。だから、あなたは列車の中に戻って。わたしは、ベロニカを追いかける。聞きたいことだってあるのよ、彼女に」


「アレックス……」


 ロズは、胸元で揺れるペンダントにそっと触れた。


 悩む必要もない。

 アレックスを、ひとりで行かせられるわけがないだろう。



「わたしも一緒に行くよ。早く追いかけよう!」



 乗務員達はロズとアレックスの方に注意を向けていない。

 どこへ行くのも自由とはいえ、高原に向かうところを見つかれば、さすがにとがめられていただろう。そういう意味では幸運だった。


 いつの間にか朝靄あさもやは薄くなり、陽射しは眩しさを増していた。謎の突風に襲われたのが夢の中の出来事だったかのように、ディムプレイス駅は朝の平穏さを取り戻している。


 二人は駅の敷地からこっそり外に出て、謎めいたフォミング高原へと足を踏み入れた。その先には、確実に何かが待ち受けている。


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