第25話 夜行列車 その1

 午後五時、ロズとアレックスはレールリッジ駅の待合室にいた。


 待合室は駅構内にいくつか設けられている。

 今二人がいる広い待合室では、自由に飲食することが可能となっていた。


「いただきますっ」


「……いただきます」


 他の利用者の邪魔にならないよう小声で呟いてから、二人はそれぞれサンドイッチを食べ始めた。


 このサンドイッチは、駅に戻ってくる途中で買ったものだ。


────────────


 雑貨屋レイラズを出た後、二人はしばらくレールリッジの散策を続けた。

 そして駅に戻る時間になると、戻る途中でロズの行きたがっていたパン屋に立ち寄った。


 夕方なので売り切れになっている商品も多かったが、店内には美味しそうなパンがまだ並んでいた。あれこれ悩んだ末に、二人ともボリュームのあるサンドイッチを買うことに決めた。


『食堂車は混雑するだろうし値段が高いから、乗車する前に食事を済ませてしまおう』


 二人は事前にそう決めていた。

 ここで買うものが夕食となるわけだから、食べごたえのあるものにした方がいいと思ったのだ。


「よし! 約束通り、ここはわたしがご馳走するね!」


 アレックスは『気を遣わなくてもいいのよ』と言いかけて、グッと言葉を呑んだ。

 ロズが、あまりに活き活きとした表情を浮かべていたからだ。こんな顔を見せられたら、申し出を断ることなんてできない。


「……ありがとう。お願いするわ」


「うんうん! 任せて!」


 ロズは軽快な足取りでカウンターに向かい、二人分のサンドイッチを誇らしげに購入したのだった。


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「いやあ、美味しいね~」


 ロズはとろけたような表情でそう言った。

 買ったのは、ハムとレタスとトマト、それからチーズを挟んだライ麦パンのサンドイッチ。

 味付けに工夫がされているのか、定番の具材を使用したシンプルなものでありながら、ハッとするほど美味しかった。


「……そうね、すごく美味しいわ」


 ベーカリーで働いているからだろうか。

 アレックスは品定めするような厳しい視線でサンドイッチを見つめていたのだが、一口食べると納得したようにコクコクと頷いた。


 言葉を交わすのも忘れ、もぐもぐと食べ続けた二人。

 大満足で完食した時、待合室の時計の針は五時半を指していた。


 出発は午後六時だが、そろそろプラットホームに列車が到着する頃だろう。

 車内の清掃作業が済み次第、乗客は列車に乗り込むことができる。


 二人はプラットホームに行ってみることにした。



「あ! もう来てるね!」


 プラットホームに足を踏み入れたロズは、ウェルアンディア行きの長距離夜行列車を見つけ、切符をぎゅっと握りしめた。


 車両の数が多いせいか、目の前の列車はビギンズメロウから乗ってきたものより、サイズがひと回り大きいように見える。


「あれ? あそこ、屋根がひらいてる」


 ロズがドーム屋根の一部を指差した。

 列車が停まっている線路の上だけ、屋根が窓のように開いている。


 アレックスも屋根を見つめ、感心した様子で呟いた。


「多分、機関車が出す煙を逃すため……でしょうね。よく工夫されてるわ」


 プラットホームを見渡すと、乗車開始の合図をそわそわと待っている乗客がたくさんいた。

 清掃作業は終わっているようだが、まだ乗車は許可されていないようだ。


「ねっ、ちょっとホームの端まで行ってみない?」


「いいわよ。客室は確保しているわけだし、並んでる必要はないから」


 ホームの端の方まで行くと、客車を牽引けんいんする機関車をじっくりと観察できた。


 機関車の色は華やかな朱色で、先頭部には鉄道会社のものと思しきエンブレムがめ込まれている。


「ふえ~なんか、すごいね……!」


 列車については詳しくないロズであったが、仕組み等が分からなくとも、近くで見るとその迫力に感動してしまう。


「!?」


 その時、アレックスが警戒した様子で背後を振り返った。


「あれは……?」


 ホームの方を見て、怪訝けげんそうな声で呟くアレックス。


「? どうしたの?」


 ロズはアレックスの見ている方に顔を向けた。

 すると、こちらに向かって歩いてくる三人組の姿が目に入った。


 他の乗客達も、皆そろって三人組の方を見つめている。ザワザワとしていたホーム上は、いつの間にかシンと静まり返っていた。


 それは、その三人が──いや、三人のうちの一人が放つ、異様な存在感のせいだろう。



 二人の駅職員の前を歩くその人物は、全身をすっぽりと隠す灰色のローブを身にまとっていた。

 フードを深くかぶっており、顔は見えない。


 ホームを歩くその足取りに変わったところはないのだが、ローブの人物が一歩進むごとに、すれ違う人々は圧倒されたように道をあけていた。



「な、何者? こっちに来るみたいだけど……ど、どうしよう、退いたほうがいいのかな?」


 ロズは三人組との距離が縮まっていくことに焦り、アレックスに意見を求めた。

 だが、アレックスは何も答えない。

 体をこわばらせ、ローブの人物をにらむように見つめている。ロズの言葉には気づいていないようだ。


 そして、ローブの人物と二人の職員は、ロズ達のすぐ近くまでやって来た。


「あっ……」


 ロズは硬直していたが、アレックスが黙ってその場を退くのを見て、慌てて三人に場所を譲った。


 職員二人はそこで足を止めたが、ローブの人物はそのままホームの先端まで歩いていった。

 そしてようやく足を止めると、列車の方に向き直り、機関車の正面に向けて両手を掲げた。


 静まり返ったホームの空気が、より一層ピンと張り詰める。


 ローブの人物以外に動いている者はいない。まるで、時の流れも人の呼吸も止まってしまったかのようだ。


 ローブの人物はフードを深く被ったままで、その顔は隠れている。

 だが、フードからわずかにのぞく口元が、ロズには少しだけ動いているように見えた。


(何か、呟いてる……?)


 次の瞬間、ローブの人物の足元に、が現れた。

 輪は光を放ちながら太くハッキリとしたものになっていき、灰色のローブをキラキラと照らす。


 ホーム上の乗客が一斉に息を呑んだ。


 ローブの人物はスッと、両手を頭上に向けた。

 すると、足元を囲っていた光の輪が、頭の方に向かってゆっくりとのぼっていった。


 頭上を超えた光の輪は、列車の方へと移動していく。


「!!」


 列車の上に浮かんだ光の輪は、一瞬のうちに、列車の全長と同じくらいにまで広がった。

 光の輪というよりも、それは巨大な光のおびのようだった。

 緑色に輝く太い光の帯が、揺れるカーテンのように光を降らせながら、列車全体を囲い込んでいく。


 列車が、キラキラと輝いて見える。まるで降り注ぐ緑の光を吸収しているようだ。



「綺麗……」


 幻想的な光景に心を奪われながら、ロズはふと、短剣の力を発動させた時のことを思い出した。

 目の前で繰り広げられる光景は、紋様もんようから光の水流が噴き出したあの時と、どこか似ているように思えた。



 やがて、ローブの人物はゆっくりと両手を下ろした。

 それを合図に、列車の上で踊っていた光がだんだんと小さくなっていく。


 数十秒後、光の帯は完全に消え、何の変哲へんてつもないプラットホームの景色が戻ってきた。

 列車の見た目も、ローブの人物が現れる前と全く同じだ。

 何も変わっていないように見える。


 ホームはまだ静まり返っており、空気は張り詰めていた。

 乗客達は皆、その場に立ち尽くした状態で言葉を失っている。


 そんな中、ローブの人物はホームの端から離れ、来た時とは逆に駅構内の方へと歩いていった。乗客達の呆然とした様子など目に入らないかのように、その足取りは悠々としている。


 そしてローブの人物の後ろを、職員の二人が無言でついて行った。

 ロズは遠くなっていく三人組の背中を見つめながら、アレックスにそっとささやいた。


「ねえ、もしかしなくても今のが……」


「安全を守るための魔法をかける、ってやつなんでしょうね」


 アレックスは眉間にシワを寄せ、独り言のように呟いた。


「一体、何者だったの……? 魔族まぞくの気配はしなかったけど……」


 ローブの人物と二人の職員の姿が見えなくなると、タイミングを見計らっていたように、別の職員がホーム上に姿を現した。

 職員は手に持っているベルを大きく鳴らしながら、乗客達に向かって大きな声を発した。


「列車の準備が整いました!! 切符をお持ちの皆様、どうぞ列車の中へ!!」


 ベルの音がホームの空気を変えたようだ。


 呆然としていた人々はようやく我に返り、慌てて自分達の荷物を手に取った。

 ホームのあちこちで「すごかったね」「なんだったんだろう」「何って、魔法でしょ?」といった言葉が飛び交っている。


「と、とにかく、今は列車に乗ろうか!」


 ロズはアレックスの方に向き直った。アレックスは気持ちを抑えるように目を閉じると、フンッと鼻を鳴らした。


「ええ、そうね。派手なパフォーマンスのことは一旦忘れることにしましょう」


 二人は切符を確認し、確保した客室がある車両の乗降口へと急いだ。


 ついに、夜行列車の旅が始まろうとしている。


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