第24話 太陽と白いアザレアの花
雑貨屋レイラズの店内。
カウンターを囲むようにして、壁一面に陳列棚が設置されている。
「ねえ、これを見て」
アレックスがロズを呼び寄せ、棚の一角を指し示した。
そこには、太陽かアザレアの花、あるいはその両方をモチーフとしている雑貨が並んでいた。
「わっ、可愛いね」
ロズは腰を軽く
説明書きには『エオスディアのご加護がありますように』という短い一文が書かれていた。
「エオスディアって、
ロズがそう呟くと、隣に立つアレックスがこくりと頷いた。
「そうよ。その美しさと強さから『女神』とも呼ばれていた精霊、エオスディア。太陽と白いアザレアの花は、彼女の象徴なの。つまり、このコーナーに並んでいる商品は全部、エオスディアをモチーフにしたアイテムってことになるわね」
──精霊とは、世界中の
エオスディアは精霊の一人だ。
言い伝えによると、彼女は『深い
また、エオスディアは太陽の祝福を受けた精霊であり、太陽と、咲き誇る白いアザレアの花を愛していた──とも言われている。
「わたし、エオスディアが出てくる絵本をよく読んでた。懐かしいなあ……」
ロズは、絵本に描かれていた神秘的で美しい精霊の姿を思い出した。
その精霊が登場する絵本を、幼い頃のロズは図書館の隅っこで何度も読んでいたのだ。
だが、ロズはエオスディアや他の精霊が実在することを信じていた。言い伝えが本当の話であってほしいと、幼い頃から強く願っていた。
「……こういうの、好き?」
そう言ってアレックスが指差したのは、シンプルな黒い
紐の先には
ロズはペンダントを見つめ、大きく頷いた。
「うん! すごく素敵だと思う!」
「ああ、そう。それじゃあ、身につけておくといいわ」
「へっ?」
アレックスはそのペンダントをサッと取り上げると、レイラのいるカウンターの方へと持って行った。
「これ、お願いします」
「は〜い、お買い上げありがとうございます」
ロズがポカンとしているうちに、アレックスはレイラにペンダントを渡してしまった。
「ちょ、アレックス?」
あたふたとカウンターまで駆け寄って来たロズに、レイラが明るく微笑みかけた。
「ふふっ、エオスディアをモチーフにしたアクセサリーはね、御守りになるって言われてるのよ」
「そ、そうなんですか?」
「…………」
ロズは首を
「ほら、エオスディアといえば慈しみの心と守護の祈りでしょ? だから彼女のシンボルである太陽とアザレアの花が、身につけている人を守ってくれると言われているの。残念ながら、御守りとしての効果が証明されてるわけじゃないけど……こういうのは、信じる気持ちが大切だと思うのよ」
楽しげに話すレイラを前に、アレックスが業を煮やしたようにボソリと言った。
「……いいから早く買わせてください」
アレックスは会計を済ませると、すぐ身につけますからと言って包装を断った。
レイラは付いていた値札をテキパキと外し、ペンダントをアレックスに渡した。
その時、彼女はまじまじとアレックスを見つめ、何かを思い出そうとするような表情をした。
「ねえ、さっきから思ってたんだけど……あなた、前にもこの店に来たことあるわよね?」
アレックスは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに平静を装って答えた。
「……はい、二回ほど、来たことがあります。初めて来たのは八ヶ月くらい前、このお店がまだ開店したばかりだった頃です」
それを聞き、レイラはパチパチと目を
「ああ、思い出した! あれは開店二日目だったわね。恥ずかしい、あの時はまだバタバタしていたから」
思い出せてスッキリしたのか、レイラはニコニコと嬉しそうに笑っている。
「その後もう一度来てくれたのよね。ふふっ、また会えて嬉しい。ごめんなさいね、思い出すのに時間がかかって」
アレックスは気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「いえ……覚えていてくれたとは思いませんでした」
レイラは改めてアレックスを見つめると、スッと目を細めた。
「あなたが元気そうで良かった。以前お店に来てくれた時は……ううん、なんでもない。とにかく、またこのお店に来てくれてありがとう」
「……こちらこそ、覚えていてくれてありがとうございます。もうこの街には住んでいないので、頻繁には来れないと思いますが……またいつか、来れたら来ます」
レイラと挨拶を交わし、二人は並んで店を出た。
店を出るとすぐ、アレックスはロズにペンダントを手渡し、ぶっきらぼうに言った。
「はい、これはあなたのよ」
「! あっ、やっぱり、わたしに買ってくれたんだ」
ロズは
「何よ、気に入らないの? すごく素敵だと思う、って言ってたじゃない」
アレックスは怒っているというより、気まずさを誤魔化しているようだった。
「いや、もちろん嬉しいよ! でも、買ってもらうなんて……」
ペンダントの値札に書かれていたのは、十代の少女の買い物としては妥当な値段だった。
つまり、このペンダントは高級品というわけではない。だがアレックスに無理矢理買わせてしまったような気がして、ロズは後ろめたさを感じていた。
「安心して。町長からもらった旅の資金じゃなくて、ちゃんとわたしの個人的な所持金から出したから」
「いや、そういうことじゃなくて……その……本当に、もらっていいの?」
ロズはアレックスの顔色を
「いいのよ。持っていてほしいの。さっき、店長さんも言ってたでしょう。御守りになるのよ、そのペンダント。別に魔法がかけられているわけじゃないけど、ひょっとすると、本当に守ってくれるかもしれないわ」
アレックスはやや早口でそう言うと、落ち着かなげにスカートの
「……この店に初めて来た時も、エオスディアをモチーフにしたアクセサリーが置いてあったの。まだ取り扱っていて良かったわ」
それを聞いたロズは、もしかして──と思った。
アレックスは御守りを贈りたかったから、この店に案内してくれたのかもしれない。
ロズは手元のペンダントを見つめた。
コインに彫られた太陽とアザレアの花。
二つの模様が混ざり合って一つになったようなコインの絵柄は、見れば見るほど神秘的で美しかった。
確かに、身につけていれば良いことがありそうな気がする。
ロズはアレックスの厚意を素直に受け取ることにした。
「アレックス、ありがとう。このペンダント、やっぱり素敵だと思う。大事にするね!」
パアッと笑顔を咲かせると、ロズはペンダントを首にかけた。
ロズのブラウスの上で、太陽とアザレアの花が躍るように揺れる。
アレックスは満足げに微笑んだ。
「……どういたしまして」
「そうだ! わたしからもアレックスに何かプレゼントするよ! エオスディアをモチーフにしたアクセサリーが、このペンダントの他にもまだ──」
雑貨屋レイラズに引き返そうとするロズを、アレックスが引き止めた。
「気持ちは嬉しいけど、遠慮しておくわ。プレゼントを贈り合うなんて、なんだか恥ずかしいもの」
「え〜……いい考えだと思ったのに」
ロズは残念そうに肩を落とした。
「わたしはいいのよ。もう十分守ってもらっているから……精霊の力に」
アレックスはそう言って、胸の前でぎゅっと両手を握り合わせた。
妙に達観したような表情のアレックスを、ロズは不思議そうに見つめる。
「? そうなの?」
「そうよ。だからわたし、御守りがなくてもいいの。他の雑貨も、今はいらないわ。お土産を買いに来たわけじゃないんだし」
アレックス本人がそう言うなら仕方ない。ロズは、プレゼントをするのはひとまず諦めることにした。
「それじゃあ〜その代わりに何かごちそうするね! ここまで来る途中で美味しそうなパン屋さんを見つけたから、後で行ってみようよ」
「いつの間に見つけたのよ……」
アレックスは感服したように目を見張った。
「まあ、いいわ。乗車する前に軽食を買おうと思っていたわけだし、後でそこに行ってみましょう」
そうして、二人は雑貨屋レイラズの前を離れて歩き出した。
ロズはチラリと店の方を振り返り、店内の様子とレイラのことを思い返した。
(いろんなものが置いてあって、面白いお店だったなあ。店長のレイラさんは、最初ちょっと怖かったけど……)
店長として二人に接している時のレイラは優しかったが、あの困っている男性を追い払った時のレイラは、思い返すとやっぱり怖い。
(あの人、大丈夫なのかなあ。困っていたみたいだけど、なんとかなってるといいな……)
気になるが、どうすることもできない。あの男性がどこへ行ったのかも分からないのだから、忘れるしかないのだ。
ロズはそうやって自分を納得させようとした。
この時はロズもアレックスも、先ほどの男とすぐに再会することになるなんて、思いもしなかった。
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