第23話 片隅にて、邂逅

「さて、列車の時間までどうしようか」


 切符を無事に購入した後、ロズはエントランスホールの大時計を眺めてそう言った。

 今は午後二時半過ぎ。列車が出るのは午後六時なので、まだかなり余裕がある。


「……ねえ、駅の外に出てみない?」


「え、外に? それってレールリッジの街に出るってことだよね?」


 ロズはアレックスの方を素早く振り向き、キラッと目を輝かせた。

 実のところ、レールリッジの街並みを見てみたいなあと思っていたのだ。


「列車に長時間乗ることになるんだから、外の空気を吸っておくべきだと思うの。それに……わたし、少しなら街を案内できるわ。ほら、しばらく住んでいたから」


 アレックスは少し恥ずかしそうに、言葉を続けた。


「……部屋にこもってばかりで、街を散策することはあまりなかったんだけど……知ってるお店も一応あるの。よかったら、行ってみない?」


「うん! 行ってみたい!」


 アレックスの提案が嬉しくて、ロズはパチパチと手を叩いた。


「それじゃあ、早速行きましょう」


 二人はエントランスホールを横切り、巨大な正面玄関から駅の外に出た。


────────────


「うわ〜人がいっぱい!」


 駅前の大通りはレールリッジの住民と、街を訪れた旅行者とでごった返していた。


 石を敷き詰めた道の両側には、背の高い建物が並んでいる。

 ほとんどの建物は一階部分が店舗になっており、扉を開けっぱなしにしてお客を呼び込んでいた。


 人の声だけではなく、どこからか音楽も聞こえてくる。

 音楽のする方を見ると、派手な噴水のそばで楽器を演奏している人達がいた。


「レールリッジって大きな街なんだね! それに、すっごくにぎやか……!」


 大通りを歩きながら、ロズは驚きの声を上げた。

 ハリエッキやビギンズメロウとは全く異なる雰囲気に、やや圧倒されてしまう。


「この辺りは特に混み合っているわね。わたし達みたいに、列車までの時間を街で過ごそうっていう人がたくさんいるから」


 アレックスは通りを見回して、そう解説した。


「そうなんだ……」


 ロズは腰の帯剣たいけん用ベルトにそっと指先を当てた。

 こんなに人の多い場所で、短剣が目立ってしまったらどうしようと少し不安だったが、護身用の武具を持ち歩いている人は周囲にたくさんいた。

 この様子なら、ベルトと短剣が注目を集めることはなさそうだ。


「ほら、こっちよ」


 アレックスは角を曲がって脇道に入った。


 その脇道はゆるやかな登り坂になっていて、大通りよりも少し幅が狭かった。

 しばらく坂道を登り、再び角を曲がる。

 曲がった先は、更に幅の狭い道になっていた。大通りに比べて人の数はかなり少なく、落ち着いた雰囲気が漂っている。


 大通りの喧騒けんそうから離れ、ロズは少しだけホッとした。


 アレックスは狭い道の奥にある、白っぽいレンガ造りの建物の前で足を止めた。


「ここよ」


 その建物も一階部分が店舗になっており、扉の横に打ち付けられた看板には、朱色のペンキで『雑貨屋レイラズ』と書かれていた。

 外観から察するに、小さな店のようだ。


「へえ、雑貨屋さんなんだ」


「レールリッジにはタハティニア中から卸売業者がやってくるの。だから品揃えが豊富なお店がたくさんあるわ。この雑貨屋もそうよ」


 扉が閉まっていて中の様子は見えないが、扉にかけられたふだは『営業中』となっている。


「よかった、ちゃんと営業してるみたいね。さ、中に入りましょう」


 アレックスは感慨にふけることもなく、さっさと扉を開けた。そして、二人は雑貨屋レイラズの店内に足を踏み入れた。



 店内に入ると、正面に大きなカウンターがあるのが見えた。

 そのカウンターを挟んで、二人の人物が向き合っている。


 そして──。


「しつこいっ!!」


 大きな声と、叩くような勢いでカウンターに手をついた音が、そちらの方から聞こえてきた。


 ロズは驚いて身をすくめ、アレックスはピクリと眉をひそめる。


 声を上げたのは、カウンターの向こうに立つ店員らしき女性だった。

 三十代後半くらいの女性で、綺麗な長い髪を一つに結んでいる。


 彼女は不機嫌な様子で右手をカウンターに置き、左手を腰に当てていた。


「さっきから言ってるでしょ。あんたみたいな怪しい奴の手助けをするなんて、絶対お断りよ。面倒なことになりそうだからね」


 厳しい言葉をぶつけられているのは、店の入り口に背を向けて立つ一人の男性だ。彼は弱りきった声で言った。


「怪しいって、そんな……ひどいじゃないですか」


 店内は決して広くない。ゆえに、カウンターで繰り広げられるやりとりは、聞きたくなくてもロズとアレックスの耳に入ってくる。


 二人は気まずい思いで顔を見合わせた。

 明らかに、入店するタイミングが悪かったようだ。


「レイラさん、列車に乗れないと困るんですよ……」


 男はすがるようにそう言った。

 どうやら、カウンターの向こうに立つ女性はレイラという名前らしい。


 ロズは、店の外にあった看板を思い出した。

 看板に書かれていた店名は『雑貨屋ズ』だったはず。ということは、カウンターの向こうに立つあの女性──レイラが、この店の主人なのだろう。


 レイラは腕を組み、冷たい目で男をにらんだ。


「知らないね、そんなこと」


 あっさりと突き放され、男は肩を落とした。

 ロズ達に向けられた男の背中には、明らかな哀愁あいしゅうが漂っている。相当追い詰められている様子だ。


 レイラはそんな男にビシッと指を突きつけた。


「だいたい、あんたなら所属証を出せば列車くらい乗せてもらえるはずでしょ」


「うっ……」


 男は小さく息を呑むと、居心地悪そうに視線を泳がせた。


「それはちょっと……できないっていうか」


 レイラは目を見開き、苛立たしげに首を振った。


「何よそれ、意味不明ね。付き合ってられないわ」


「……事情があるんです。でも、レイラさんに迷惑がかかるようなことにはなりません」


 男は食い下がるが、レイラには全く響かないようだった。


「こうして押しかけて来られるのがもう迷惑なのよ。言っておくけど、わたしはもう研究院の人間じゃないの。誰からこの店のことを聞いたのか知らないけど、もうここには──」


 その時ようやく、レイラは店の入り口で棒立ちになっているロズとアレックスに気がついた。


「あら! ちょっとほら、お客様の邪魔になってるじゃない。さっさと出ていってよ」


「えっ?」


 男は慌てて振り向いた。


 こちらに向けられた彼の顔には、ひどく困ったような表情が浮かんでいた。眉根は寄り、目尻は切なげに下がっている。

 整った顔立ちをしているようだが、今は『なんだか可哀想』という印象の方が強い。


「あっ……すみません。話に夢中になっていて、気がつきませんでした。すぐに出ていきます」


 男は三十代前半くらいに見えたが、年下であるロズとアレックスに礼儀正しく謝り、頭を下げた。


「そ、そんな! いいんですよ!」


 ロズは顔の前でブンブンと手を振った。

 丁寧に謝罪され、逆に申し訳ない気持ちになったのだ。不可抗力とはいえ二人の話を盗み聞きしてしまったのだから、尚更である。


「あの! 気にしないでください! お話の途中ならわたし達が外に出ていますからっ!」


 早口で言うロズを、レイラがカウンターの向こうから引き止めた。


「いいのよ。もう話は終わったから。彼はちょうど出て行くところよ」


 そうよね、とでも言いたげに、レイラは男を睨んだ。


「……お邪魔しました」


 男は落ち込んだ様子でロズとアレックスの横を通り過ぎ、店から出ていった。


「「……」」


 ロズとアレックスは呆気に取られながら、その哀愁漂う背中を見送った。


「ごめんなさいね、びっくりしたでしょう。どうか今のは忘れて、ゆっくり店の中を見ていってちょうだい」


 レイラは二人に満面の笑みを向けた。

 一瞬前までキツい目をしていたとは思えない、すごい変わりようだ。


 その変貌へんぼうぶりにややたじろいでしまったが、ロズは勇気を出してレイラに尋ねた。


「えっと……いいんですか? あの人、すごく困ってたみたいですけど」


 レイラはロズの問いかけに不意をつかれたような顔をしたが、パッと表情を切り替え、再び朗らかな笑みを浮かべた。


「気にかけてあげるなんて優しいのね。でも、いいのよ。彼は大人だもの。自分でなんとかするはずよ」


「そう、なんですか……」


 隣で成り行きを見守っていたアレックスが、ロズの腕を軽くつついた。


「……ほら、お店の中を見せてもらいましょう」


「う、うん」


 なんとなくスッキリしないが、これ以上首を突っ込むわけにもいかない。

 ロズはひとまず気を取り直し、改めて雑貨屋レイラズの店内に目を向けた。

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