第16話 二人の時間……災いに襲われた国
「ねえ、ロズ」
アレックスに声をかけられ、彼女に見惚れていたロズはドキリとしてしまった。
「! な、なに? アレックス」
「……お礼をまだ言ってなかったわね。今日は、助けてくれてありがとう」
「ありがとうって……どうして? 助けてくれたのはアレックスなのに」
アレックスは指先でカーペットの表面をなぞりながら、もどかしそうに首を振った。
「短剣を使って、助けてくれたじゃない。あの場を切り抜けることができたのは、あなたのおかげよ。あの時は……動揺しちゃって、お礼を言うどころじゃなかったんだけど……ちゃんと言うべきだったわ。ありがとう」
はっきりと感謝の言葉を伝えられ、ロズは再び頬が赤くなっていくのを感じた。
「えっと……どういたしまして……!」
「どうして無茶なことをしたのって思ったけど……わたしにもっと実力があれば、あなたは無茶をしないで済んだのよね。あの短剣を使う羽目になったのは、わたしが
「! なに言ってるの! アレックスが謝る必要なんてないよ!」
照れていたのも忘れ、ロズは身を乗り出した。
アレックスは、強力な魔法を使って魔獣と戦ったのだ。ロズとコールを守ってくれた。
そのアレックスが不甲斐ないだなんて、とんでもない。
「……わたしのせいで巻き込まれたのに、アレックスはわたし達を守ってくれた。魔獣に立ち向かってくれた、一歩も引かずに。アレックスはすごいよ。わたしなんか……ただ『無責任』なだけだった」
ロズの重く沈んだ声から、アレックスは何かを感じ取った。
「……気にしてるのね。ベーカリーでわたしが言ったこと」
「気にしてるっていうか……アレックスの言う通りだったなって思ってるの」
ロズは悔いるような表情で、言葉を続けた。
「……あの時、わたしはカイルとコールにがっかりされたくなかったから、大人に言わず一人でコールを探そうとした。わたしだけでもなんとかなるって、決めつけてた。本当に自分一人で解決できる問題なのかどうかなんて……真剣に考えようとはしなかったの。それって、本当に無責任だよ」
思い返すと、改めて自責の念に駆られる。ロズはきゅっと唇を噛んだ。
幼い頃に友達をつくれず寂しい思いをしたロズにとって、いま誰かが自分を慕ってくれているというのはとても嬉しいことだ。
だからこそ、自分を慕ってくれる存在に、がっかりされたくなかった。
でも、あれではカイルやコールの信頼に応えていることにはならない。
それどころか、裏切ったようなものだ。
本当に信頼される人物になりたいのなら、彼らにどう思われようと『正しい選択』をするべきだった。
少なくともあの時は、何が正しいのか分かっていたはずなのだから。
「そうね。やっぱり、あの行動は良くなかったと思うわ。でもね……」
アレックスはロズの方に向き直った。
「あの家で、あなたは必死にコールを守ろうとしていた。自分の身に何か危険が及ぶかもしれないのに、コールとわたしを助けるため、短剣の力を発動させた。あなたがコールを見つけて、ハリエッキまで無事に連れ帰ったのよ」
「でも、それは──」
「今だって、オーガスタとの約束を自分自身で果たそうとしている。だからね……今はもう、あなたのことを無責任だなんて思っていないわ」
ロズはパアッと顔を輝かせた。
「アレックス……!」
「向こう見ずだとは思っているけどね。もう少し、慎重になった方がいいわよ」
「うっ……気をつけます……」
チクリと付け足され、ロズは身を縮こまらせる。その様子を見て、アレックスは肩をすくめた。
「まあ、わたしも町長やカレンさんに相談せず一人であなたを追いかけたんだから、あなたのことをあれこれ言えないんだけどね。それでピンチになっちゃったんだから、その点はわたしも反省してるわ」
それを聞いたロズの心に、ふと引っ掛かるものがあった。
「あの……アレックス? もしも、わたしが短剣を使ったことに関して責任を感じていて、それで一緒に行くって言ってくれてるなら──」
「それだけじゃないの」
ロズの気持ちは変わっていない。やっぱり、アレックスをこれ以上巻き込みたくはないのだ。だから『考え直してほしい』と言いたかったのだが、その言葉はアレックスに
「? それだけじゃないって、どういう意味?」
「わたしの実力不足もこの状況を招いた原因の一つだから、途中で投げ出せない。もちろん、それもあるんだけど……ウェルアンディアまで一緒に行きたい理由は、他にもあるの」
アレックスは両手をぎゅっと握り締めた。
「──わたしは、何が起きているのかを知りたいの。どうして
アレックスの声は震えていた。
異変の真相を知りたいというのは自然なことだが、この様子からすると、そんなに単純な話でもないようだ。
ロズはアレックスの手にそっと触れ、慎重に問いかけた。
「どうしてなのか……聞いてもいい?」
「……」
「もちろん、嫌じゃなければ、だけど……」
アレックスはぼんやりと、どこか遠くを見るような目をした。
「ロズは、クリフディールって国を知ってる?」
唐突に
「うん、知ってるよ。充満する魔力が原因で衰退してしまった国、だよね……」
クリフディール。海の向こうにある小さな国。
その国の大地には、多量の魔力が宿っていた。というより、多量の魔力が宿る大地に──人間が避けるはずの場所に、クリフディールという国がつくられた。
クリフディールの建国には、高名な研究者達が
彼らは『魔力』を研究分野としており、危険を承知の上で、多量の魔力が宿る場所に国をつくった。
魔力を利用して国を繁栄させようと考えたのだ。
だが、その大地に宿る魔力は多量どころか過剰であり、もはや大地の許容量を超えていた。
そのせいで、クリフディールでは災害が多発するようになってしまった。
それだけではない。魔力に引き寄せられた
結果、国土は荒れ果て、多くの国民が命を失った。
生き残っている者達も、次々に国を出ていった。
今、クリフディールは衰退の一途を辿っている。国が滅んでしまうのも、時間の問題だった。
アレックスは遠い目をしたまま、淡々と言った。
「わたしはね、クリフディールの出身なの。あの国から来たのよ」
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