第15話 二人の時間……あの時のこと
「君がついて行くのはいいとして、なぜ『二人で』なんだい? 他にも誰かいた方が安心だろう」
「皆さんには、町を守っていてほしいんです。森から
ロズが黙りこくる中、クライブとアレックスはどんどん話を進めていく。
「それから──」
ロズは
(……どうしよう。わたしは……どうすれば……)
「──ロズ。ロズ? 大丈夫かい?」
「! は、はい!」
ロズは慌てて顔を上げた。
「アレックスは、明日にでもウェルアンディアに向けて出発するべきだと言っているが……ロズ。君はどう思う?」
「へ? いつの間にそこまで話が!?」
状況についていけず、ロズは目を
「期限が定められていないとはいえ、約束を果たすのはできるだけ早い方がいい……というわけだ。オーガスタという魔人が何を考えているのか、いまいち分からないからね。だけど……」
クライブは、困惑した様子のロズを安心させるように、ゆっくりと言葉を続けた。
「いきなり明日、というのも大変だろう。だから、明日じゃなくてもいいんだぞ。君が決めていいんだ」
「わたしは……」
ロズは、オーガスタの刺々しい口ぶりを思い出した。
まだオーガスタの声しか知らないが、オーガスタに『遅い!』と怒られている自分の姿は、
「明日で大丈夫です! わたしも、早く出発した方がいいと思いますから」
「……そうか。わかったよ、ロズ」
クライブはロズに微笑みかけた。
「町長……」
ロズは、こわばっていた体から力が抜けていくのを感じた。
ロズが幼い頃、友達をつくれずに落ち込んでいたロズを励まし、町の子供達に声をかけられるよう勇気づけてくれたのは、クライブだった。
公園で遊ぶ子供達の輪に入っていくロズを、クライブは優しく微笑んで送り出してくれたのだ。
クライブの穏やかで優しい微笑みは、その頃からちっとも変わっていない。
「……それじゃあ、わたしはこれからチェスター君に事情を説明してくるよ。おそらく、わたしから伝えた方がいいだろう。君達はもう少しここで過ごしていくといい」
クライブはそう言って、ソファーから立ち上がった。
「「えっ」」
ロズとアレックスは、二人そろってクライブを見上げた。
アレックスが慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっと待ってください。わたし達も行きます」
クライブはテーブルの上に置かれた湯呑みを指差した。ロズとアレックスの湯呑みは、ほとんど手つかずのままになっている。
「まだお茶が残っているじゃないか。せっかくだから飲んでいきなさい。それから……二人で、話でもするといいだろう」
クライブは簡易キッチンで自分の湯呑みを片付けると、二人に手を振り、さっさと集会所から出ていってしまった。
団らん室には、戸惑うロズとアレックスが残された。
「なんなのよ、もう……」
アレックスはソファーに座り直し、
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
今日一日でかなり言葉を交わしたとはいえ、改めて二人きりにされると居心地が悪かった。
その時、ロズが無言で立ち上がり、団らん室の隅にある本棚の方へ歩いていった。
本棚の前には、柔らかいカーペットが敷かれている。
ロズはカーペットの上で体育座りをして、ぼんやりと本棚を眺めた。
背の低い木製の本棚には、子供向けの絵本が並んでいる。本棚の側面には、可愛らしいイラストのシールがたくさん貼られていた。
アレックスは
「ちょっと、一体どうしたのよ」
「……わたし、本棚の前にこうして座っていると、なんだか落ち着くの。小さい頃からそうだった」
「?」
いきなり何の話をするのだろうと不思議に思いつつも、アレックスはロズの話に耳を傾けることにした。
「小さい頃は、集会所がちょっと苦手だったんだ。大人も子供もたくさんいて……あまり話したことのない人もいて……集会所に来ると、いつも緊張してた。それでね、いつもこうして本棚の前に座っていたの。並んでいる絵本を眺めていると、心が落ち着いたんだ。絵本を読むのが大好きだったからかな」
ロズは手を伸ばし、懐かしそうに絵本の背を撫でた。
「今も読書は好きだし、本棚の前にいると……やっぱり、落ち着く」
「……そう」
アレックスは本棚の絵本をチラリと見てから、ロズの隣に腰を下ろした。
子供達が使うために敷かれたカーペットは小さく、並んで座ると少し狭いように感じた。体を動かすと、二人の肩が触れ合いそうだ。
ロズはしばらく絵本の背をいじっていたが、スッと手を離すと、アレックスの方を見た。
「ねえ、アレックス」
「なによ」
「助けに来てくれた時、わたしのこと……ロズって、名前で呼んでくれたよね。それに、さっき話してる時にも『わたしとロズの二人で』って、言ってくれてた。あのね、どうしてわたしの……」
ロズは口ごもり、モジモジした。
「なに? ひょっとして、どうして名前を知ってるの、とか聞きたいわけ?」
「う、うん……」
アレックスは呆れ返ったような顔をした。
「ベーカリーでカイルに何度も『ロズお姉ちゃん』って呼ばれてたじゃない。それに……図書館で初めて会った時、自己紹介してくれたでしょ」
「!!」
ロズは目を見開いた。
「あの時のこと、覚えてたんだ……」
「覚えてるわよ。そこまで昔のことじゃないし」
「そ、そうだよね。えっと……」
ロズはそわそわと膝を抱えた。緊張で、一気に鼓動が激しくなる。
図書館で初めて会った時、張り切りすぎたロズは詰め寄るような勢いでアレックスに話しかけ、彼女を驚かせてしまった。
逃げるように去っていったアレックスは、その日以降、図書館を訪問していない。
ロズは、アレックスが帰ったのも図書館に来なくなったのも自分のせいだと考えており、謝るチャンスをずっと探っていた。
そのチャンスがついにやってきたのだ。
ロズは覚悟を決めると、アレックスの方に向き直った。
「アレックス、ごめんね! 図書館で初めて会った時、いきなり話しかけて驚かせちゃって……ごめんなさい!!」
「はあ?」
アレックスは訳が分からないと言わんばかりに、眉をひそめた。
「せっかく図書館に来てくれたのに、わたしが凄い勢いで話しかけたせいですぐに帰っちゃったでしょ? すぐに帰ったのも、あれから図書館に来なくなったのも、わたしが嫌な気分にさせたせいだよね。私、あの時のことをずっと謝りたいと思ってたの。本当に、ごめん!」
ロズは深々と頭を下げた。
「ちょっと、落ち着いてよ! そんなにペコペコ謝らないで」
アレックスは慌ててロズの頭を上げさせた。
「ううっ……でもぉ……!」
ロズの思い詰めたような情けない表情を見て、アレックスは溜息をついた。
「あのねえ……あなた、勘違いしてるわ」
「か、勘違い?」
「あの時すぐに帰ったのはね……本が多すぎて、
「え?」
ロズはアレックスを凝視したまま、きょとんと首を傾げた。
「あなたは本が好きなようだから、あなたにこんなこと言うのは恥ずかしいんだけど……」
アレックスは頬を赤く染め、居心地悪そうにスカートの
そして
「わたしは、本を読むのってあんまり得意じゃないの。図書館に行ってあんなにたくさんの本に囲まれるの……初めてだった。調べたいことがあったんだけど、図書館に入ったらすぐにクラクラしちゃったのよ。だから、もう帰ろうって思ったの」
意外な告白を聞き、ロズは飲み込めないとばかりに口をパクパクさせた。
「……つまり、わたしが話しかけたから帰ったんじゃ……なかったの?」
「そういうこと。あなたは関係ないわ。あれから図書館に行かなくなったのも、たくさんの本に圧倒されるのがもう嫌だったっていうだけ」
「そうだったんだ……わ、わたし……」
ブワッと、ロズは赤面した。
頬がアレックスの頬以上に赤くなる。
(わたし……自意識過剰だった……?)
真相が分かってしまうと、勝手に自分のせいだと思い込んでいたのが恥ずかしくなる。
取り乱すロズを見て、アレックスがボソリと呟いた。
「……本を読むのが得意じゃないとか、本に囲まれてクラクラするとか、変だって思うでしょうね」
「! そんなことないよ!」
ロズはすぐに否定し、真剣な眼差しでアレックスを見つめた。
「変だなんて思わない。本や図書館が苦手な人はいっぱいいるよ。町の人から、よく図書館で一日中過ごせるね、とか言われたりするもん。わたしは読書が好きだけど、苦手だっていう人のことを変だなんて思ったりしないよ」
「そう……それはよかった」
アレックスは澄まし顔でそっぽを向くと、少しだけ照れくさそうに、柔らかな笑みを浮かべた。
その笑顔はとても綺麗で、ロズは思わず見惚れてしまった。
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