第14話 クライブ町長への報告

 ──アレックスがロズを追って、オリエルベーカリーを出た後のこと。

 カイルは不安な気持ちと戦いながら、みんなが戻ってくるのを待っていた。


 すると、コールの父親ジェームズがベーカリーにやってきた。

 ジェームズは夕方近くになっても姿を見せない息子のことが心配になり、探し回っていたらしい。


 カイルは後ろめたい気持ちに耐えきれず、コールが森に行ったこと、それからロズが一人でコールを探しに行ったことを、ジェームズに打ち明けた。


 事情を知ったジェームズは、すぐにクライブ町長とチェスターに報告した。


 一方で、ジェームズと共にカイルの告白を聞いたカレン・オリエルは、アレックスも森へ向かったのだろうと勘づいた。


 急用ができたと言い、ベーカリーを飛び出していったアレックス。彼女はどこか様子がおかしかった。

 ロズとコールを心配して追いかけていったのだとしたら、あの様子にも説明がつく。


 クライブ達は悪い予感に胸騒ぎを覚えた。ロズとアレックスが森に向かってから、既にそれなりの時間が経過していたのだ。

 森で何か悪いことが起こったのかもしれない。


 彼らは町の入り口で待機しつつ、森で本格的な捜索ができるよう準備を始めようとしていた。

 そんなタイミングで、ロズ達が帰ってきたのである。


────────────


「なるほど! だからお父さん達があそこにいたんですね」


 ロズはうんうんと頷いた。


「カレンさんは君のことを心配していたよ、アレックス。君達が無事に戻ってきたことは、ジェームズ君が彼女に伝えるだろう。でも、後で顔を見せてやりなさい」


「はい……そうします」


 ここは、集会所の一階にある団らん室。


 ロズ達はソファーに腰掛けていた。ロズとアレックスが隣り合って座り、テーブルを挟んだ向かい側に、クライブが座っている。


 この集会所は、町の中心部にある公園の、すぐ隣に位置している。

 会議の場としてだけではなく、教室やイベント会場としても使われる、住民達のいこいの空間だ。


 いつもはにぎやかな集会所だが、今日の利用者はもう帰った後らしく、建物の中はひっそりとしている。

 いま一階にいるのはロズ達三人だけだ。


 ちなみに、ロズの父親であるチェスターは同席することを強く望んだのだが──。


『君はまだ仕事があるんだろう? ここはわたしに任せて、図書館に戻りなさい』


 やんわりと、クライブに断られてしまった。

 チェスターはロズのことを気にしつつ、渋々図書館へと戻っていった。


「……ともかく、君達が無事で本当に安心したよ」


 クライブは六十四歳。

 住民達から厚く信頼されており、ハリエッキの町長をもう十年以上務めている。


 威厳いげんと頼もしさを感じさせるグレーヘアに、溌剌はつらつとした表情を浮かべる穏やかな顔。

 いつも優しくて、ニッコリ笑うとチャーミングなエクボができる。


「コールはずいぶん反省していたようだね。あの様子なら、ジェームズ君も厳しく叱りつけたりはしないだろう。今頃、コールは家でゆっくり身体を休めているはずだ」


 そう言って、クライブはまだほんのりと熱い緑茶を一口飲んだ。


 ロズ達の前にはそれぞれ、緑茶の入った湯呑みが置かれている。団らん室にある簡易キッチンで、クライブが淹れてくれたのだ。


「さてと……それじゃあ、今度は君達の話を聞こう」


 クライブは湯呑みをテーブルに置くと、話すようアレックスを促した。



 アレックスはテーブルの方に身を乗り出し、クライブに事の顛末てんまつを報告した。

 基本的にはアレックス一人で話し、アレックスがあの『家』に到着する前のことや短剣のことなんかは、ロズが補足した。


魔族まぞく』という言葉を聞いた時、クライブはピクリと眉を動かした。だが、疑うことなく真剣に耳を傾けてくれた。

 


 アレックスとロズの報告が終わると、クライブは遠くを見つめるような顔をした。その顔に浮かぶ思い詰めた表情は、これまでクライブが見せたことのないものだった。


「魔族……か。参ったね、予想していなかったよ」


「わたしも驚きました。この町の近くで遭遇するとは思っていなかったので」


「アレックス……なんと言えばいいのか……」


 クライブは、ひどく気遣きづかわしげな表情でアレックスを見た。


「わたしは大丈夫です。気にしないでください」


「だが、ここでも君に──」


「クライブさん……いえ、クライブ町長。本当に、大丈夫です。こうして無事に戻ってこれましたし、あの空間も、森に漂っていた魔族の気配も、町へ戻る時には消えてしまいましたから」


 アレックスはかたくなに『大丈夫』と言い切り、あごに手を当て考え込むような仕草をした。


「──それより気になるのは、一体いつ、魔人まじんがあの空間を作り出したのかということです。ごく最近作られたのか、それともずっと存在していたのか。それに、なぜ今日まで誰も気がつかなかったのか……まあ、ここでいくら話し合っても、推測することしかできないんですけどね」


「……ふむ、ロズの話を聞く限り、オーガスタという魔人が事情を知っていそうだな」


 クライブにそう言われ、アレックスは小さく溜息をついた。


「そうですね。詳しい事情を知るには、ウェルアンディアでオーガスタに聞いてみるしかないと思います」


 クライブは難しい顔をして腕を組んだ。


「ところでロズ。君は、自分でウェルアンディアまで短剣を持っていくつもりなのかい?」


 ロズは背筋せすじをピンと伸ばし、すぐに頷いた。


「もちろんです! 短剣の力を使わせてもらったのも、オーガスタさんと約束したのもわたしですから。約束は、わたしが自分で果たしてみせます!」


「……」


 アレックスはまじまじとロズを見つめた。


「そうか……だが、君一人に行かせるというのも心配だな。町の誰かに同行させるべきだろう。わたしがついて行きたいところだが、わたしは町を長く離れるわけにはいかない。そうだな、いざという時に魔法を使える、ペレット君あたりに──」


「町長」


 アレックスがすくっと立ち上がった。


「わたしが行きます。わたしとロズの、二人で行きます」


「え、アレックス……?」


 ロズはポカンとした顔で、アレックスを見上げた。

 クライブも驚いた顔をしている。


 二人に注目されたアレックスは、居心地悪そうに咳払いをすると、再びソファーに腰を下ろした。


「こんなことを言っては失礼かもしれませんが……いざという時に戦うことが求められるのなら、ハリエッキの皆さんよりわたしの方が適役だと思います。そのことは、町長だってわかっていますよね?」


 アレックスは真っ直ぐクライブを見つめた。


「だが、君は……──」


 クライブはその先を言うべきかどうか躊躇ためらっているような表情を見せたが、わずかの間を置き、ゆっくりとさとすように言葉を続けた。


「君は、平穏な暮らしを求めていたんだろう。魔族からは、距離を置きたいんじゃないか?」


 アレックスは肩をすくめた。


「そうですけど、もう十分じゅうぶん関わってしまいましたから。今更わたしは関係ないっていう顔をするなんて、無理ですよ」


「……駄目」


 ロズがボソリと呟いた。

 その声に気がつき、アレックスがロズの方を見る。


「なによ?」


「そんなの駄目だよっ! アレックス!」


 ロズは焦るあまり、隣に座るアレックスの腕をぎゅっと掴んだ。


「わたしが考えなしに飛び出したせいで、アレックスまで危ない目に遭ったんだよ!? これ以上アレックスを巻き込むわけにはいかない!」


 アレックスは一瞬、掴まれていない方の手でロズを振り解こうとした。だが、その手をスッと下ろし、ロズの瞳を覗き込んだ。


「放り出せないって思ったんでしょ?」


 その声は素っ気ないようで、どこか優しかった。


「……オーガスタとの約束を途中で放り出せないって、そう思ったんでしょ? わたしも同じよ。途中で放り出せない。ここまで関わったんだから、ウェルアンディアまで付き合うわ」


「で、でも……」


 ロズはアレックスの腕をノロノロと離し、力無く項垂うなだれた。



 ロズが短剣を使った後の、アレックスの憔悴しょうすいしきった姿。

 あの姿と、あの時聞いたアレックスの言葉が、ロズの脳裏によみがえる。



 ロズは、アレックスの事情について何も知らない。

 何も知らないが、アレックスを見ていれば、彼女が傷を抱えているということくらいは分かる。

 これ以上巻き込めば、彼女の傷を深くしてしまうのではないだろうか。


 もちろん、アレックスがついて来てくれれば心強いし、嬉しい。でも、アレックスを傷つけてしまうかもと思うと、不安でたまらなくなる。


 気持ちがぐしゃぐしゃと乱れ、うまくまとまらない。


 ロズは項垂れたまま、顔を上げることができなかった。

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