第13話 出迎えたのは

 不思議な家から脱出した三人は、青い花の咲き乱れる草原を通り抜け、あの暗く怪しい道を再び歩いていた。これで、一本杉いっぽんすぎの前まで戻れるはずだ。


 歩く途中、コールが前を行く二人におずおずと尋ねた。


「あのさ、俺が寝ている間に何があったのか……聞いてもいい?」


「え、それは……」


 ロズはモゴモゴと言いよどんだ。


「アレックス姉ちゃんが守ってくれたってのはわかったけど、なんていうか……色々あったんだろ? あの木箱もふたが開いて空っぽになってたし。もしかして……ロズ姉ちゃんが持ってるその短剣が、木箱の中に入ってたの?」


「え! 気づいてたの!?」


 ロズは足を止め、バツの悪そうな表情でコールを見た。


「うん……それ、隠してるつもりなのかなって思ったけど、見えてるから……」


 カーディガンのすそ短剣を指差され、ロズは引きつった笑みを浮かべた。


「あはは……見えてたんだ。あのね、この短剣は──」


「話すと長くなるわ。今はダメ。後にしなさい」


 アレックスがロズの言葉をさえぎり、さとすように言った。


「お察しの通り、色々あったのよ。気になると思うけど、歩きながら説明できるようなことじゃないの。我慢して」


 短剣に関しては、ロズとアレックスにとっても不可解なことばかりなのだ。

 ここで中途半端に説明して、コールを不安な気持ちにさせるのはよくない。アレックスは、そう考えていた。


「……わかった。気になるけど、今は我慢するよ」


 コールは一応納得した様子で、それ以上は質問してこなかった。



 三人は黙々と歩き続けた。そして何事もなく、怪しい道を抜けることができた。



 一本杉の前まで戻ると、さっきまでは全く聞こえなかった鳥のさえずりが、あちこちから聞こえてきた。

 木の枝にとまっている小鳥を見つめ、ロズは微笑んだ。


「……よかった。ここは間違いなく、ハリエッキの森だね」


 森にあふれる生命の息吹こそ、ここが『作り出された空間』ではないことの証拠だった。


 町の入り口へ向かって歩き出した瞬間、コールがひどく驚いた様子で声を上げた。


「二人とも! あれ見て!!」


 コールは後ろを向き、何かを指差している。


「どうしたの……って、ええっ!?」


 振り向いたロズは、コールが指差す方を見て目を見開いた。


 ロズ達が歩いてきた怪しい道が、のだ。


 道があったはずの場所は、行く手をはばむような草木が生い茂っているだけになっている。


 まるで、空間が丸ごと切り取られた後のようだった。


「……三つめの道が、ない」


 ロズはポカンと口を開けた。


 一本杉の先にある分かれ道は、二つだけだ。

 つまり本来の、自然な状態に戻ったわけなのだが、ついさっき歩いてきたはずの道が消えているという光景には、強烈な違和感があった。


 呆気に取られているロズの横で、アレックスがボソリと呟いた。


「……よかったじゃない。これでもう、誰かが迷い込むことはなくなったわね」


「そ、そうだね……」


 アレックスは一本杉に背を向け、スタスタと歩いていく。ロズとコールは、慌てて彼女の後を追った。


「ねえ、アレックス」


 ロズはアレックスに追いつくと、コールに聞こえないよう注意しながら、小声で話しかけた。


「なに?」


「町の人が迷い込む可能性はなくなったけど……あそこで起こった出来事は、町長に報告したほうがいいよね?」


「もちろんよ。魔族まぞくが絡んでるんだもの。報告しないと」


 ロズは表情を曇らせた。


「でも、なんて報告すればいいんだろう……信じてもらえるかな。町長は、この辺りに魔族が現れるはずないって思ってるだろうし……」


「大丈夫。町長は信じてくれるわ、絶対にね」


「そうかな? それなら……いいんだけど」


 確信に満ちた声で言われ、ロズは少し安心した。

 だが、町長だけではなく父親にも報告しなければいけないということを思い出し、再び表情を曇らせた。


(……お父さんにも言わなくちゃ。だけど『ウェルアンディアまで短剣を持っていく』なんて言ったら……反対されるだろうなあ。ううっ、どうしよう……)


 父親は図書館で仕事中のはずだ。帰ってきた父親と顔を合わせるまで、まだ時間がある。

 その間に、どう伝えるかを考えるしかない。

 

 と、ロズは思っていたのだが──。


────────────


「コール!!」


「ロズ!!」


 町に戻ってきたロズ達は、怒りと安堵の入り混じった大声に出迎えられた。


 ここはハリエッキの、西側の入り口。


 コールの父親と共に待ち構えていたのは、ロズの父親チェスター・マグフォードその人だった。


 そでをまくったワイシャツの上にベストを重ね、グレーのズボンを履いている。

 短い髪はロズの髪とよく似た色合いをしているが、ロズの髪よりやや赤みが強い。


 ロズを見た瞬間、チェスターの知性的な目がスッと細められた。

 だがチェスターはすぐに目つきをけわしくし、とがめるような視線をロズに向けた。


「ロズ! まったく、お前は……」


「お父さん!? どうしてここに……?」


 その時、険しい表情を浮かべる父親二人の後ろから、小さな人影がタタッと駆け出してきた。


「コール!」


「! カイル……!」


 コールのもとに駆け寄ってきたのは、カイルだった。


「よかった、みんな無事で……よかった」


 カイルはロズ達三人の顔を見て安心したのか、目に大粒の涙を浮かべた。


「──あのね、コールのお父さんが、コールを探しにベーカリーまで来たんだ。僕……内緒にしてられなかった。やっぱり、ちゃんと言わなくちゃって思ったんだ。ごめんなさい。コール、ロズお姉ちゃん」


「いいんだ、カイル。気にすんなよ。俺がお前の言うこと無視して森に行ったのが悪いんだからさ」


 意外な言葉が返ってきて、カイルは不思議そうな顔をした。


「コール?」


「俺の方こそ、心配かけてごめんな。カイル」


 コールは照れ臭そうに言うと、父親の方に走っていった。


 チェスターと同じく、コールの父親も、子供達が無事だったことに安心していた。

 だが、コールの父は内心の安堵をおくびにも出さず、走ってくる息子を叱責しっせきで出迎えた。


「コール! 勝手に森へ入るなと何度も言ってるだろう!! もし何かあったらどうする──」


「父ちゃん、ごめんなさいっ!! 父ちゃんだけじゃなくて……みんな、ごめんなさい」


 素直に謝る息子の姿を見て、コールの父親は不意をつかれたように狼狽うろたえた。

 いつものコールなら、叱られても不貞腐ふてくされたように反論するだけなのだ。


 チェスターはコールとロズを交互に見つめ、怪訝けげんそうに首を傾げた。彼もまた、いつもと違うコールの様子に驚いていた。


「おいおい、一体森で何をやらかしてきたんだ……?」


 まだ父親に打ち明ける心の準備はできていない。

 ロズは焦り、必死に言葉を探した。


「ええっと……簡単にはまとめられないっていうか……」


 ロズとコールと父親達のやり取りを、アレックスは一歩離れた場所から観察していた。


「……」


 彼女が何を想っているのか、その表情はいまいち読めない。


「お父さん。わたし達、まずは町長の所へ報告に行きたいんだけど……」


 ロズがおずおずと申し出たその時、十字路の方からこちらへ歩いてくる人影があった。


 タイミングのいいことに、それはハリエッキの町長クライブだった。

 クライブ町長はロズ達の姿を見つけて、ゆったりと手を振ってきた。


「おお! どうやら戻ってきたようだね。安心したよ」


「町長! いいところに!」


 ロズはブンブンと手を振り返した。


「町長……」


 アレックスが、こちらへ近づいてくるクライブに声をかけた。

 深刻そうな面持ちのアレックスを見て、クライブは何かが起こったのだろうと察したようだ。


「ふむ。何か大変なことがあったようだね」


「はい。町長に報告したいことがあるんです」


「そうか……それじゃあ、集会所に行って話を──」


「ちょっと待って! わたしも一緒に行きます!」


 そう言って、ロズは慌てて手を挙げた。

 皆の視線が一斉に集まる。


「ロズ、お前まで着いていく必要があるのか?」


 チェスターのたしなめるような言い方に、ロズはムッとした表情を浮かべた。


「必要ある! のこと、報告するんだから!」


 ロズはその場で、見せつけるように短剣を掲げた。


「!? なんだ、それは!」


「ううっ……えっとね、これは、その……あはは」


 威勢よく短剣を見せたロズだったが、チェスターに詰め寄られて一気に勢いを失ってしまう。

 すると、アレックスが助け舟を出してくれた。


「……そうね。あなたも一緒に来るべきだわ」


「! アレックス! そうだよね、わたしも着いていくべきだよね!」


 なぜか誇らしげのロズ。

 アレックスは、呆れたように溜息をついた。


「はあ、嬉しそうにしている場合じゃないでしょ……まったく」


 二人の様子を見て、クライブは穏やかに微笑んだ。


「おや、二人は仲が良いみたいだな。知らなかったよ。それじゃあ、アレックスにロズ。二人とも集会所まで来なさい。そこで、ゆっくり話を聞こう」


「「……」」


『仲が良い』と言われたロズとアレックスは、そろって気まずそうに黙り込んだ。

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