第12話 不思議な家からの脱出 その2

「わたし、確かめてくる!」


 ロズはすくっと立ち上がり、玄関扉に近づいた。


(大丈夫! 扉は開く……よね?)


 開くようになったと信じてはいるが、いざ扉を前にすると緊張してしまう。

 ロズは恐る恐る、取っ手を掴んだ。


 静まり返った部屋に、ガチャリという音が響く。


「! 開いた!!」


 玄関扉が開き、ロズの視線の先に、青い花の咲き乱れる草原が広がった。


「あ〜よかった!」


 ロズはホッと胸を撫で下ろした。


 このどことなく神秘的な草原も『魔人まじんの作り出した空間』の一部なのかもしれないが、だとしても外の景色を見ると安心する。


 ロズは玄関扉を開け放したまま、大きく深呼吸をした。


 まるで何日間も閉じ込められていて、やっと脱出できたかのような解放感だ。

 と、その時──。


「う~ん……」


 不意に、眠たげなうなり声が聞こえてきた。


「ふえっ、俺、どうして……」


 床で横になっていたコールが、むくりと身体を起こしたのだ。まだはっきりと覚醒していないのか、困惑した表情でぼんやりと辺りを見回している。


「コール!! 目が覚めたんだ!」


 ロズはコールのもとに駆け寄り、笑顔で両手を差し伸べた。


「ロズ姉ちゃん……」


 コールはロズの手を取り、彼女に支えられながらノロノロと立ち上がった。


「! そうだ! 魔獣まじゅうは!? あれ……? いなくなってる?」


「うん! もう魔獣はいなくなったよ。えっとね……」


 目覚めたばかりのコールは混乱している様子で、自分が見つけた木箱が空っぽの状態で床の上にあることにも、まだ気がついていないようだ。

 簡単に説明できることでもないし、今はまだ、オーガスタや短剣のことについて話さないほうがいいかもしれない。


 ロズは手を後ろに回して、さりげなく短剣を隠した。


「アレックスが、わたし達を守ってくれたんだよ」


 それは紛れもない事実だ。

 最終的には短剣の力で魔法を解除したが、アレックスの頑張りがなければ、短剣を使う前に三人とも倒れていただろう。


「そうだったんだ……ありがとう。アレックス……姉ちゃん」


「……どういたしまして」


 礼を言われ、アレックスは気恥ずかしそうに目をらした。


「それから、ごめんっ!!」


 コールはロズとアレックスに向かって大きく頭を下げた。


「ロズ姉ちゃん、アレックス姉ちゃん、ごめんなさい! 俺のせいで大変なことになって……本当に、ごめんなさい。まさか魔獣があんなにたくさん現れるなんて……俺……!」


「! コール……」


 心底申し訳なさそうに謝られ、ロズは驚いてしまった。


 コールが良い子なのはもちろん知っていたが、こんな風に面と向かって素直に謝られるのは、初めてのことだった。

 魔獣に囲まれて、それだけ怖い思いをしたということなのだろうか。


 ロズは優しい表情でコールを見つめた。


「……もう危ないことしちゃ駄目だよ。探検したい時は、誰か大人の人に相談すること。わかった?」


「うん……わかった、そうするよ」


 コールは何度も頷いた。


「でもね、コールだけの責任じゃないんだ。わたしも……反省しないと」


 ロズは、バツが悪そうに眉尻を下げた。

 大人に報告せず、アレックスの忠告を無視して一人でコールを探しに来たことを、ロズも反省しなくてはならない。


「ロズ姉ちゃん……?」


 コールが不思議そうに首を傾げた。

 二人の様子を見ていたアレックスが、呆れ顔で声をかけた。


「ほら、反省するのは後にしなさい。早く戻らないと、町の人達が心配してしまうわよ」


 アレックスは立ち上がり、スカートのすそをサッと整えた。

 戦闘の疲れが消えたわけではないが、もう足はふらついていない。ハリエッキまで歩いて戻るくらいなら、問題なさそうだ。


「! そうだった! 早くハリエッキに戻らなくちゃ。コール、歩けそう?」


「うん、もう大丈夫。歩けるよ」


 ハリエッキの町へと出発することが決まり、ロズは先頭を切って家の外へ向かおうとした。

 だが、不意にカタンという物音が聞こえて、ロズは足を引っ込めた。


「ん?」


 壁際かべぎわに置かれた猫脚ねこあしのチェスト。


 この部屋にある唯一の家具であるそのチェストは、先ほどまでのドタバタなど知らぬとでも言いたげに、どっしりとそこにとどまっていた。

 あんな騒ぎがあったのに、倒れてもいなければ、傷も付いていない。

 

 今の物音は、そのチェストから聞こえたような気がした。

 

「あれは……?」


 ロズは、チェストの下に何かが落ちていることに気がついた。

 近寄って見てみると、それは手紙だった。


「手紙? でも家に入った時には、チェストの上に手紙なんてなかったような……」


 無論、チェストの下にも落ちていなかったはずなのだが、見落としていたのだろうか。


 ロズは手紙を拾い上げた。


 しっかりと封が閉じられたその手紙を裏返すと、そこには宛名らしき文字が書かれていた。

 宛名を見て、ロズは驚きの声を上げた。


「これって……!」



『オーガスタへ』


 手紙の裏には、そう書かれていたのだ。



(オーガスタさん宛ての手紙? どうして、ここに?)


 穴があくほど手紙を見つめていると、アレックスに声をかけられた。


「何してるの? 早く行くわよ」


 アレックスとコールは、もう扉の外へ出るところだった。


「ごめん、いま行く!」


 ロズはショートパンツのポケットに手紙をしまった。

 どういうことかは分からないが、オーガスタ宛ての手紙なのだから、彼女に渡すべきだろう。


(この手紙も、短剣と一緒にウェルアンディアまで持っていこう。そうすれば、オーガスタさんに渡せるよね)


 それから、ロズは空っぽになった木箱を、チェストの上にそっと置いた。


 オーガスタは木箱を『ただの入れ物』と言っていたから、木箱はこの家に残していっていいだろう。

 とはいえ床に転がしておくのは気が引けたので、チェストの上に置いておくことにしたのだ。


(……それにしても、本当に不思議な場所だったなあ)


 ロズは右手に持った短剣をカーディガンの裾で隠すようにしながら、急いでアレックスとコールを追いかけた。


 ロズが二人を追って草原へ飛び出すと、それを見届けたかのように、玄関扉がバタンと閉まった。


 そうして遂に、三人は『家』から脱出したのだった。


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