第4話 不思議な家と眠っていた木箱

 鬱蒼うっそうとした木々に囲まれた、暗く怪しい道。

 ロズは枝葉えだはのアーチの下を、慎重に歩いていった。


「あっ……」


 アーチの先が見えてきた。木々が途切れたその先には、まぶしい光が広がっている。

 ロズは思い切って道の残りを駆け抜け、アーチの向こうに飛び込んだ。



 そこは、ひらけた草原になっていた。



 陽光をさえぎる木々がないため、輝きを放っているかのように明るい。

 一面に、青い花が咲き乱れている。小さな鐘のような形をしたその花は、静かに光を浴びていた。


「あれは……家?」


 草原の奥に、一軒の家屋かおくが建っていた。


 石造りの家で、三角屋根のてっぺんが尖塔せんとうのようにとがっている。日当たりの良い場所に建っているのに、屋根と外壁がいへきの所々にこけが生えていた。


 ロズは恐る恐る家の前に近づいた。


 アーチ型の玄関扉は青色で、周囲に咲いている花と同じ色だった。

 その青い扉を、ロズはトントンと軽く叩いた。


 返事はない。


 ロズは扉の前で十秒ほど悩んでから、やけっぱちのような気分で扉の取っ手に手を伸ばした。

 取っ手を動かすと、扉はあっさり開いてしまった。


「うぅ……お、お邪魔しま〜すっ!」


 ロズを出迎えたのは、静まり返った無人の部屋だった。

 躊躇ためらいながら一歩二歩と前に進んでいると、背後の玄関扉がバタンと閉まった。


「ひゃっ」


 驚いたロズは押し出されるようにして、玄関から部屋の中へと踏み込んだ。


 部屋はほぼ空っぽの状態で、壁際かべぎわにポツンと猫脚ねこあしのチェストが置かれているだけだった。

 天井てんじょうにはランタンがぶら下がっているが、灯りはついていない。

 ランタンの灯りの代わりに、カーテンのない窓から入る陽光が、冷たい石の床を照らしていた。


 部屋の奥は廊下と繋がっているようだ。

 恐る恐るそちらをのぞいてみると、廊下の先に扉があるのが見えた。


「……よ〜しっ」


 ロズは深呼吸をしてから、扉に向かって歩き出した。

 廊下は幅が狭く、歩いていると両側から石の壁が迫ってくるような圧迫感があった。


 緊張しながら歩いていると、廊下の中程まで来た瞬間、視線の先にある扉が突然大きく開いた。


「わあっ!?」


 驚きのあまり倒れそうになったロズ。

 だが扉の向こうから出てきた人物を見て、パッと顔を輝かせた。


「コール!!」


「あれ? ロズ姉ちゃん?」


 カイルと同じ年頃の子供が、キョトンとした顔でロズを見つめていた。

 そう、現れたのは他の誰でもない、コールだったのだ。


「よかった〜! コールが見つかった〜!」


 ロズは喜びの声を上げてコールに駆け寄ると、両肩をつかんで穴が空くほどコールを注視ちゅうしした。


「どっか怪我してない? 大丈夫!?」


「離せよ〜。怪我なんてしてないって」


 コールは鬱陶うっとうしそうにロズを振り払った。


「大丈夫みたいね、あ〜本当に良かった!」


「そんなことより、誰かと思ったらロズ姉ちゃんだったのか。物音がしたから、この家の持ち主が戻ってきたのかもって期待しちゃったよ」


 コールは残念そうに口を尖らせた。


「いやいや、こんな怪しい家の持ち主が現れたら隠れなくちゃ駄目でしょ……っていうか、コール!!」


 ロズは思い出したように仁王立ちになり、腕を組んだ。


「あんたはもう、また森に入って! 危ないじゃない! 子供だけで町の外に行くのは駄目だって、何度も言われてるでしょ!」


「なんだ、わざわざ説教しにきたのかよ」


 ロズに叱られても、コールはまるで気にしていない。その生意気な態度を見て、ロズは頭を抱えたくなった。


「あのね、カイルはすっごい心配してたし、コールを止められなかったって責任を感じてたんだよ。わたしだって心配したし、それに、アレックスに軽蔑けいべつされちゃったし……」


「? アレックスって、一人で引っ越して来た女の人? なんであの人の名前が出てくるんだよ」


「そ、それは気にしないで!」


 ロズは顔を赤くした。


「とにかく、森は危ないんだから、子供が一人で入っちゃ駄目なの!」


「でもさあ、大雨が降った後だから、何か面白いものが見つかるかもって思ったんだよ。ロズ姉ちゃんも知ってるだろ? 雨が降ると、隠れてるものが出てくるんだ」


 そう言って、コールは無邪気に瞳を輝かせた。


「それって、ただの言い伝えでしょ」


 天から降る雨には不思議な『力』があり、大地に眠る様々なものを目覚めさせる。

 そういう伝承については、ロズも図書館の本で読んだことがあった。


「でも実際、この家が現れたじゃん。俺、知ってるもん。この家も、ここに来るまでの道も、前はなかったはずだよ」


 コールは得意げに言葉を続けた。


「この前こっそり森に入った時も、一本杉いっぽんすぎのとこまで行ったんだ。その時は二つしか道がなかった。ロズ姉ちゃんだって、道が増えてることに気づいたはずだよ」


「た、確かにそうだけど……」


 ロズは改めて家の中を見回した。


 存在しなかった道と、その先にあった不思議な家。

 コールの言う通り、これらは雨によって姿を現したものなのだろうか。


「ところで、この先にも部屋があるんだぜ! ロズ姉ちゃんも見てみろよ!」


 ロズが考え込んでいるすきに、コールは扉の先の部屋へと戻ってしまった。


「あ、待て!」


 ロズはあわててコールの後を追った。



 廊下の奥にある部屋。

 そこは、青い絨毯じゅうたんの敷かれた円形の広間だった。


 家具は一つも置かれていない。家具の代わりに目を引くのは、壁に飾られた大きな絵画かいがだ。

 そこには奇妙なけものが何頭もえがかれている。


 ロズは絵画をよく見ようとしたが、絵に近づく前に声をかけられた。


「ほら、ロズ姉ちゃん、こっち!」


 コールが広間の一番奥から手招きしている。


 ロズがそちらに近寄ると、コールは壁の一点を指差した。

 見ると、壁の一箇所に四角いくぼみがあり、その窪みの中に『木箱』が置かれていた。


 ロズが小物入れとして使っている道具箱と同じくらいの大きさで、子供でも簡単に持てそうだった。


「綺麗な箱……」


 ロズは木箱を見つめて、そう呟いた。


 木箱には黒い塗装とそうほどこされており、表面はツヤツヤとしている。

 ふたには留め具がついているが、鍵をかけるタイプのものではない。

 開けようと思えば簡単に開けてしまえそうだった。


 コールがうきうきとした声で言った。


「面白いよな! 部屋は空っぽで、この箱だけ置いてあるんだからさ。一体、何が入ってるんだろう」


 流石のコールも箱を開けてはいないらしい。

 ロズは少しだけ安心した。

 綺麗な木箱だが、状況からして明らかに怪しい。これは絶対に、手を出してはいけないたぐいの物だ。


「気になるけど、放っておこうよ。触らない方がいいと思う」


「え~触るくらいいいじゃん! ちょっと調べてみようよ」


 コールはロズを押し退け、木箱に手を伸ばした。


「あ、こら!」


 ロズは慌てて止めようとするが、間に合わない。


 コールは木箱を両手で掴み、そのまま窪みから持ち出してしまった。


「うーん、思ったよりも重い。確実に何か入ってるな、これは」


 呑気のんきにそんなことを言いながら、コールは持ち上げた木箱をまじまじと観察している。


「! コール!? こういうものは触れちゃいけないし、手に取ってはいけないの! どんな物語でもそうじゃない!」


 ロズは顔を真っ青にしてそう主張した。


「だって、手に取ってみないとなんにも分かんないじゃん」


「あ~もう、絶対にまずいって……」


 そしてロズの嫌な予感は、すぐに的中してしまった。


 突然、獣の咆哮ほうこうのような轟音ごうおんが広間に響き渡ったのだ。


「い、今のは!?」


 ロズは身体を硬直こうちょくさせ、冷や汗を流した。


 ゴゴゴ……という地鳴じなりのような音が聞こえてくる。だが、家は揺れていない。


「ロズ姉ちゃん……」


 コールが不安そうな顔でロズを見上げた。


「!? 何、あれ……」


 広間の中を見回したロズは、壁に飾ってある絵画の異変に気がついた。


 絵画全体が輝き、その表面から青い光の輪が浮かび上がっていたのだ。

 いや、それだけではない。輪の中から、


 ロズは震える声で呟いた。


「あれは、獣……?」


 輪の中から顔を出し、こちらに出てこようとする『何か』は、絵画に描かれていた奇妙な獣にそっくりだった。


 光の輪はあっという間に大きくなり、獣のような『何か』は、輪を通って絵画の中から広間へ飛び出した。

 そして広間の真ん中に降り立ち、ロズとコールの方をギロリとにらんだ。


「ちがう……獣じゃない」


 ロズは目を見開いた。


 一見すると、ソレはただの獣のようだった。そう、体の形だけならオスの鹿しかにそっくりだ。

 だが、鹿にしてはやけに禍々まがまがしい特徴を持っていた。


 まず毛は生えておらず、茶色い毛の代わりにゴツゴツと硬そうな赤黒い皮膚が全身をおおっている。そして、幾何学きかがく的な紋様が体中に入っていた。

 足は鹿のそれよりも太く、トゲのような突起がいくつもついている。

 更に、大きなツノは赤黒い煙をまとっていた。


 ソレがロズとコールに向ける目は、ルビーのように真っ赤だった。


 ロズはかすれた声を上げた。


「あれは、魔獣まじゅうだ……!」

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