第2話 「無責任な人」

「アレックスって! 何歳なの!?」


 ロズは大声でそう尋ねた。


「・・・は?」


 アレックスがポカンと口を開けた。まゆをひそめ、呆れ顔でロズを見つめる。

 数秒間の沈黙の後、彼女は肩をすくめて答えた。


「十七歳。今年の秋で十八になるわ」


 ロズは大きな瞳を輝かせ、カウンターに置いていた両手をパンッと合わせた。


「やっぱり、わたしと同い年なんだ! それに、わたしと同じ秋生まれなんだ〜!」


 喜ぶロズを見て、アレックスは困惑げに首をかしげた。何がそんなに嬉しいのか、意味が分からない。


 アレックスの謎がひとつ明らかになったことに大はしゃぎしていたロズは、オリエルベーカリーのドアが開いたことにも、幼い子供のすすり泣く声が聞こえてきたことにも気がつかなかった。


「ん?」


 ロズに視界をさえぎられているアレックスは、身体をかたむけてドアの方を見た。


「・・・ロズお姉ちゃん」


 消え入りそうな声で名前を呼ばれても、ロズは気がつかない。


「えっと、それからね!」


「あの、それより後ろに・・・」


 アレックスが、後ろを見るようロズをうながした。

 ロズが振り向いたのと同時に、半泣き状態の子供が居ても立っても居られないというように、大きな声を出した。


「ロズお姉ちゃんっ!!」


「わわっ!! カ、カイル!? どうしたの!?」


 背後に立っていたのは、カイルという十歳の男の子だった。

 ロズの家の近所に住んでいる子で、ロズのことを本当の姉のようにしたってくれている。


 ロズはあわててカイルに駆け寄り、腰をかがめて彼と視線を合わせた。

 普段のカイルはまったりとして落ち着いた雰囲気の子だ。こんなに狼狽ろうばいしているのは珍しい。


 きっと、何か良からぬことが起きたのだろう。


 ロズは少しでも落ち着かせようと、カイルの頭をそっと撫でた。すると、カイルは震えながらロズに打ち明けた。


「コールが、町の外に行っちゃった・・・」


「え、コールが!? もう〜!」


 ロズは両手で頭を抱え、腰をかがめた姿勢から反り返るような勢いで背を伸ばした。


「一緒に遊んでたら、コールが町の外へ探検に行こうって言い出したんだ。そんなのダメだよって言ったら、じゃあ一人で行くって・・・。危ないよって言ったのに、全然聞いてくれなかった。僕、止められなかった・・・」


 カイルは目に涙を浮かべて、恐る恐るロズを見上げた。コールを止められなかったことに責任を感じているようだ。

 ロズは大きな声を出してしまったことが申し訳なくなった。


「あ、ごめんね、驚いちゃって・・・! 大丈夫、カイルのせいじゃないよ。コールって素早いもん。探検に行っちゃう前、コールはどこに行ってみたいとか、なにか言ってた?」


「森・・・。森に行こうって言ってた。二日前、大雨が降ったでしょ? 雨上がりだから、森で何かいい物が見つかるかもって・・・」


 ロズは溜息ためいきをついた。


「やっぱりハリエッキの森か・・・。まったくもう、コールは向こう見ずなんだから」


 カイルと同い年のコールは、活発で好奇心旺盛こうきしんおうせいな男の子だ。

 好奇心を持つのはとても良いことなのだが、彼の問題は、好奇心旺盛なあまりしょっちゅう町の外へ「探検」に行こうとすることである。


 ハリエッキの東側には隣町となりまちへと続く街道かいどうが伸びており、西側には「ハリエッキの森」と呼ばれる森林が広がっている。


 街道も森も、幼い子供だけで足を踏み入れてはいけないことになっているのだ。

 特に、森ではけものと出くわすこともあるので、子供だけで森に入ることは厳しく禁じられている。


 それにも関わらず、コールは頻繁ひんぱんに、大人の付き添いなしで森へ向かおうとする。その度に目撃した大人から止められているのだが、まれに、誰にも見つかることなく森まで行ってしまうことがあるのだ。


「それにしてもカイル、わたしがここにいるのよく分かったね」


「うん、あちこち歩いて、ロズお姉ちゃんのこと探してたんだ」


 カイルは、目の下にまっていた涙を袖口そでぐちでグイッとぬぐった。ロズにコールのことを伝えて少し安心できたのか、声には落ち着きが戻ってきている。


「そうしたら、お店の外から見えたんだよ」


 そう言って、カイルは背後にあるガラスドアを指差した。

 ガラス越しに、カウンターに詰め寄っていたロズの姿が見えたのだろう。あの必死な姿をカイルに見られたのかと思うと、少し恥ずかしい。


「ねえ、ちょっと」


 カウンターからこちらに出てきていたアレックスが、ツンツンとロズの肩をつついた。


「子供が森に出ちゃうのってまずいんでしょ? 大人に報告した方がいいんじゃない?」


 アレックスは心配そうに眉根を寄せている。彼女の意見は至極しごく真っ当だ。なのだが・・・。

 ロズはアレックスにこっそりとささやいた。


「でも、コールのお父さんって算数教室の先生で、すっごく厳しい人なんだよ。お父さんにバレたらコールは叱られるだろうし、カイルもとばっちりで叱られちゃうかも・・・」


 だからこそ、カイルはロズを探していたのだろう。大人に報告すれば、コールや自分の親に話が伝わってしまう。カイルはそれが怖くて、なんとかロズに助けてもらえないだろうかと思ったのだ。


 アレックスが呆れ顔で言った。


「その子はともかく、コールって子の方は危ないことをしたんだから、叱られたって仕方ないんじゃないかしら」


「でも・・・」


 ロズはカイルの方を見た。二人のやり取りが聞こえたらしく、カイルはしょんぼりとした顔でうなだれている。

 カイルはロズを頼ってここまでやってきたのだ。ロズは、そんなカイルをがっかりさせたくなかった。


「危険なんでしょ。大人に報告した方が、早くその子を見つけることができるわよ」


 真剣な表情でアレックスに見つめられ、ロズはモゴモゴと口を動かした。


「そ、そうなんだけど・・・大騒ぎになるのはカイルもコールも嫌だろうし・・・」


「あのねえ、世話を焼いてるつもりなんでしょうけど、むしろ無責任だと思うわよ、そういうの」


 キッパリと言われ、ロズはガーンと打ちのめされた。


「む、むせきにん・・・」


「そうよ、無責任」


 もう一度そう言われ、ロズはがっくりと肩を落とした。

 だが、アレックスの言うことは正しい。本当にカイルやコールの心身を案じているのなら、すぐさま大人に報告してコールを探してもらうべきだ。


「・・・そうだね! やっぱり、誰かに言わないと・・・!」


 心を決めかけたその時、ロズは見上げてくるカイルと目が合ってしまった。


 消沈しょうちんした様子のカイルの目元には、またも涙が浮かんでいた。カイルの瞳にチラつく落胆らくたんの色が、ロズの決意をぐらぐらと揺さぶってくる。もちろん、カイル本人にそんな意図はないのだが。


「うっ・・・!」


 ロズは狼狽し、カイルとアレックスの二人を交互に見つめた。

 アレックスとは親しくなりたい。彼女に「無責任な奴」だと思われ、軽蔑けいべつされるのは嫌だ。それになにより、大人に言うべきだという彼女の意見は正しい。だけど・・・。


 カイルもコールもロズのことを慕ってくれている。二人を失望させてしまうかもと考えると、胃の辺りがキュッと苦しくなる。


 ロズはグッとこぶしを握り締め、声を張り上げた。


「よーし、わかった!!」


 その声量に驚いたアレックスが、非難の声を上げた。


「! なによ、もう! 突然大声を出さないでよ」


「わたし、今すぐ探してくる! コールのこと見つけて、連れ戻してくるよ!」


 予想していなかったことを言われ、アレックスは眉を吊り上げた。


「はあ? ちょっと待って、大人に報告しようって決めたんじゃないの?」


「大丈夫! わたしでも見つけられるよ。お父さんと森に行ったこと何度もあるから。森の中の地理は把握はあくしてるんだ。それから、コールを見つけたらちゃんと注意する! コールのお父さんの代わりに、わたしが『もう勝手に町の外へ出ちゃダメだぞ』って厳しく言って聞かせる。ちゃんと反省させる!! それなら問題ないよね? ね!?」


 ロズは必死の形相ぎょうそうでアレックスに迫った。

 その気迫きはく意表いひょうを突かれたのか、アレックスは目を白黒しろくろさせた。


「ええっ? そ、そうね、問題ない・・のかな」


 ロズは勢いに任せ、アレックスの手を両手でぎゅっと握りしめた。


「だよね、じゃあ、行ってくる! カイルのことお願い!」


 アレックスはコクリとうなずいてからハッと我に返り、慌ててロズの手を振り払った。


「ロズお姉ちゃん・・・?」


 カイルは状況についていけず、おろおろとしていた。


 ロズはそんなカイルにニコッと笑いかけ、自信満々で言った。


「カイル、ここでアレックスと待っててね。大丈夫、コールを連れてすぐ戻ってくるから」


「う、うん、わかった・・・」


 ロズはベーカリーのドアを開けると、呆気あっけに取られている二人に向かってガッツポーズをしてみせた。


「行ってきます!」


 そうして、勢いよく店の外に出ていった。

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