Precious Twosome! ロズとアレックスの冒険
胡麻桜 薫
第1章 ロズとアレックス
第1話 あの娘を想う春の日
どこかの世界。
タハティニアという国の南部に、ハリエッキという田舎町が存在する。
町の中心部には小さな公園があり、その公園から東に向かって五分ほど歩いた所に、オリエル夫妻が経営する『オリエルベーカリー』というお店があった。
焼きたてのパンとお菓子が並ぶ良い香りの店内には、食事をするためのスペースも用意されている。窓際に小さな丸テーブルと椅子のセットが二つ置いてあるだけだが、買った商品をそこで食べていくことができるのだ。
暖かな春の日の午後、オリエルベーカリーの窓際の椅子に、一人の少女が腰かけていた。
少女の名はロズ・マグフォード。
ロズはテーブルの上に置かれたデニッシュとアイスティーを見つめながら、ニコニコと満足げな笑みを浮かべていた。
ロズは今年の秋で十八歳になる。
肩の辺りまで伸ばした髪はうっすらと赤みがかった深い茶色。背はあまり高くない。
オリエルベーカリーのパンはロズのお気に入りだ。
この日選んだのはダークチェリーの乗ったデニッシュ。飲み物にはアイスティーを注文した。
ロズはアイスティーで軽く
小さめのデニッシュなので、一口目からまろやかなクリームの風味が口の中に広がる。
もう一度かぶりつくと、甘酸っぱいダークチェリーの果実が口の中でジュワッと
「美味しい……!」
ダークチェリーとクリームの相性が
大きな声ではなかったのだが、店内にはロズしか客がいなかったため、その声は静かな店内にハッキリと響き渡った。
ロズは慌ててカウンターの方を振り返った。
すると思った通り、カウンターの向こうに立つ少女が、ロズの方を困ったような顔で見つめていた。
聞こえていたのだ。
ロズは恥ずかしさで顔を赤くしながらも、平静を装って彼女に笑いかけた。
「あ、ごめん。美味しかったから……」
「それはどうも、ありがとう」
カウンターの向こうに立つ少女は素っ気ない口調でそう言うと、スッとロズから視線を
少女はロズよりほんの少し背が高く、可愛らしい紺色のジャンパースカートを着て、その上からオリエルベーカリーの大きな白いエプロンをつけている。
仕事の邪魔にならないよう淡い茶色の髪を両側で三つ編みにし、頭の後ろで一つに留めていた。
ロズはもう少し何か
パクッ。気まずくて気恥ずかしくても、やはりデニッシュは美味しい。
(仲良くなりたいんだけどなあ)
ロズは
カウンターの向こうに立って店番をしているのは、アレックス・エレスメアという名の少女だ。
半年前。
ハリエッキの町長は突然、町外れにある空き家の掃除を始めた。それから二週間後、アレックスがハリエッキにやってきて、空き家だったその家に、たった一人で暮らし始めた。
ハリエッキの住人達は一人で越してきたアレックスに興味を持ち、町長にあれこれ質問した。
だが、町長は「そっとしておいてあげてくれ」と言うばかりで、住人達からの質問には答えようとしなかった。
当のアレックスはというと、彼女は生活に必要な買い物をする時以外、住人達の前に姿を現さなかった。
そして買い物をしに来た時も、必要以上に周囲と関わろうとはしない。
住人達はそんな彼女のことを気がかりに思いつつも、なんと声をかけるべきか分からず、遠巻きに見守ることしかできなかった。
そんな状況のまま、約四ヶ月が経過した。
そして、これは今から二ヶ月ほど前のこと。
ロズは父親から驚きのニュースを聞かされた。
「あのアレックスっていう子、オリエルベーカリーで店番の仕事を始めたみたいだぞ」
「えっ、あのベーカリーで!?」
「ああ、店番募集中の張り紙を出していたら、あの子が頼みにやって来たらしい。働かせてください、ってな」
ロズの父親は感心しているようにも、心配しているようにも見えた。
「そうなんだ……」
「昨日から店番をやってるみたいだが、ずいぶんと話題になってるよ。みんなして店の様子を見に行ってるんだから、困ったもんだ。気がかりなのは分かるけど、騒がれたらあの子も嫌がるだろうに」
父親は呆れ顔で腕を組み、首を横に振った。
「……わたしもベーカリーに行ってこようかな」
ロズはそわそわとした様子で財布を手に取った。
「ロズ! そっとしておいてやれって町長から言われただろう」
「わ、わたしはあの店がもともと好きなんだもん。美味しいパンを買いに行くだけだよっ!」
父親はやれやれと溜息をついた。
「せめて今日はやめておきなさい……もう少し、事態が落ち着いてから行けばいいだろう」
結局、ロズは店に行くのを四日間も我慢した。
住人達の懸念に反して、アレックスは店番の仕事を問題なくこなしていた。
店を訪れる住人達に対してはまだ素っ気なさがあるものの、オリエル夫妻とは打ち解けており、ちゃんとコミュニケーションをとっているようだ。
「どうやらベーカリーでの仕事はうまくいっているようだ。あの
住人達は口々にそう言って、ほっと胸をなで下ろした。
とは言うものの、彼女は相変わらず謎だらけだった。
どうして一人で引っ越してきたのか、以前はどこに住んでいたのか、そういった事情はまだ明らかになっていない。
見た目的にはロズと同い年くらいだが、実際の年齢は分からない。
それさえも、謎のままだった。
そして現在。
デニッシュの最後のひとかけらを
デニッシュを食べ終わった後は、アイスティーをゴクゴクと飲み干す。そこでロズはハッとした。
(た、食べ終わっちゃった……)
食事を終えたということはつまり、ベーカリーを出なくてはいけないということだ。
今日もアレックスとろくに会話をできないまま帰ることになってしまう。
(もう〜、これじゃあ、ただ食事をしに来ただけだよ……。今日こそアレックスとお喋りをしようと思ったのに)
アレックスとお喋りをして、親しくなる。
ロズが
だが、今のところその目的は達成されていない。
ロズはテーブルに突っ伏したいのを必死に
アレックスがハリエッキにやってきた時からずっと、ロズは彼女のことが気になっていた。
ハリエッキは田舎の小さな町だ。
新しい住人が越してくるのは珍しいし、ロズと同年代の子が一人で越してくるのはもっと珍しい。
というより、ロズの知る限りでは初めてのことだ。
たった一人で町に来て、たった一人で暮らしているアレックスのことが、ロズは心配で仕方なかった。
何か事情があるようだし、アレックス自身が今は一人で暮らしたいと望んでいるのかもしれない。それはロズも理解している。
干渉すれば、かえってアレックスに迷惑をかけることになるかもしれない。それも理解している。
(でも、
それでも、アレックスのことが気になってしまうのだ。
幼い頃、引っ込み思案だったロズはなかなか友達をつくることができず、いつも一人で遊んでいた。
その時とても寂しかったことを、今でもはっきりと覚えている。
だから、余計なお世話とは知りつつも、アレックスも本当は寂しいのではと心配になってしまうのだ。
ロズはのろのろと椅子から立ち上がり、空の皿とグラスの乗ったトレーを、カウンターの横にある返却口へと運んだ。
トレーを置きながらチラリとカウンターの方を見ると、アレックスと目が合った。
「ごっ、ごちそうさまでした!」
「ありがとうございました」
アレックスはそう言って、ペコッと小さく頭を下げた。つられてロズも頭を下げる。
ロズはそのまま店のドアに向かって歩き出したが、これじゃあ駄目だと思い直し、クルリと方向転換してカウンターの方に戻った。
小走りのままバンッとカウンターに手をつき、アレックスの方に身を乗り出す。
「ねえ、アレックス!」
「うわっ!? なによ!」
テーブルを
ロズはカウンターに手を置いたまま、プルプルプルと小さく身体を震わせた。
緊張しているのである。
だが、ここまで来たら「なんでもありません」と逃げるわけにはいかない。
アレックスの茶色の目が、
その視線を真正面から受け止め、ロズは一瞬だけ泣きそうな顔になる。それから覚悟を決めたように、ものすごく真剣な表情になった。
アレックスと、友達になりたい。友達になって……。
(初めて会った時のこと、ちゃんと謝りたい)
ロズはカウンターに置いた手のひらにグッと力を込め、大きく息を吸った。
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