第9話 ただ、お礼がしたいだけ
「むしゃむしゃ。むしゃむしゃ」
隣にいる莉里は美味しそうにポテトを食べている。
全く。今から俺の断罪式が始まるというのに、呑気なやつだ。
「むしゃむしゃ。こういうのが私の思う青春なんだよね。むしゃむしゃ」
断罪式のはずなのに、断罪をする人も呑気にポテト食べてるんですけど。
「あ、もしかして夜一くんも食べたかったなら頼んといいよ? 今日は私のおごり!」
「……俺はいい」
「ふーん。もし欲しくなったら分けるからね」
え? 待って。
俺って3人でポテトを食べるためにファミレスに来たんじゃなくね?
おかしいのって、俺の方なのか?
いやいやいや。落ち着け。もしかしたら、これは俺のことを見定めているだけなのかもしれない。
「ポテトはこうやってケチャップをぐいっとくっつけて食べるのが美味しいんだよね……」
「いやケチャップなんてつけないでしょ」
「もしかして莉里ちゃんはそのまま派?」
「もちろん。……いい? ケチャップはぐいっとつけるものじゃなくて、ちょっと味変程度につけるのがいいの。つけすぎると、ポテトにケチャップをつけたんじゃなくて、ケチャップにポテトをつけたと当然の味になってポテトか台無しになっちゃうし」
そういえば莉里はポテトが大好きだったっけ。
この饒舌っぷり、俺が懸賞金をかけられていたと知ったときも同じだ。
莉里って、自分の気持ちを言葉にするとき口が達者になるんだよね。
「わかる。言ってることはよくわかるんだけど、ケチャップにポテトをつけた味ってのもいいんだよねぇ〜」
「…………どんな感じで?」
「んーっとなんていうのかな? あっ! ポテトを……」
って、もうポテトはどうでもいいわ。
考えるべきは、これから俺がどうなるかということ。
こうなったら俺の方から切り出すか。
「美優。ゆっくり話したいことってなんのことだ?」
「んー? あー……。私の秘書を助けてくれたお礼をしたいんだよ」
「お、礼」
なんともいい響きの言葉だ。
声のトーン的に、美優は嘘を言っていない。
おそらくこの「お礼」と言うのは、漫画とかの悪役が言う「お礼」ってやつなのか?
「なんかすごーい勘違いしてるような戦慄した顔になってるけど、本当にただお礼をしたいだけだから。そのために夜一くんに懸賞金をかけて、学校に転入してまで探したんだよ?」
「え」
な……どういうことなんだ。
「夜一くんは知らなかったと思うんだけどあのとき私の秘書、働き過ぎで倒れてたんだよね。……本人は働き過ぎだなんて気付いてなかったけど、夜一くんに助けられて気付けたんだ。だから、お礼をさせてほしいの」
美優が真剣な顔つきで、ポテトを口に運ぶ動作をやめて俺のことをじーっと見てきてる。
……お礼をしたい理由は大体分かった。
でも、これまでのことを踏まえると、まだそれが嘘だという可能性が捨てきれない。
俺のことを探すために懸賞金をかけるなんてどうにかしてる。
「夜一。なんか隠してることあるでしょ」
「…………」
幼馴染だけあって、莉里は鋭い。
「隠してることが今の話と関係あるのなら話しておいたほうがいいんじゃない? 悩み事なら私たちと一緒に悩もうよ」
莉里に崖から落ちそうになっていたところ、手を差し伸べられた。
その手を握ることは簡単。
だが、その後どうなるかは予想がつかない。
悪い方向にも、良い方向にも進む可能性がある。そんなところに、無関係の莉里と手を繋いで入るのはいささか気が引ける……。
が、莉里はその覚悟ができてるはずだ。
莉里は俺の味方。そして、俺のことを信じてくれている。
その気持ちに答えなくて、なにが幼馴染だ。
「実は……」
俺は、美優が痴漢冤罪をかけてきているんじゃないかということを全部話した。
話していくうちに、美優の顔は口がぽけぇーっと開いて唖然としたものに。
莉里の顔はらしくもなく引き締まった真面目なものになった。
「で、俺は今美優に自分の罪を認めろってファミレスに連れてこられたと思ってるんだけど」
「ちょちょちょ! 違うから! 私はそんな、夜一くんが秘書に痴漢をしたなんて思ってないから!」
手をわしゃわしゃと動かしながら必死に否定してくる美優。
この言葉は……本当なのか?
「美優ちゃんのことを疑うなんてしたくないけど、第三者の私の目から見て嘘っぽく見える」
莉理はポテトを口にくわえながら、俺の方に体を少し近づけた。
ずっと一人で悩んでいたけど味方がいるとこんな心に余裕ができるのか。こんなことなら、莉理のことを信頼して早く言えばよかった。
「いや、その、違うの。本当に私は秘書のことを助けてくれた人に、お礼をしたかっただけで……」
美優はしゅんと肩を落として、顔を下に向けた。
一人がどれだけ心細いのか、よくわかる。でも、俺は莉理がしてくれたように手を差し伸べるなんてことできない。
「お礼をしたかったからって、夜一に懸賞金をかけて顔つきの手配書を拡散するのは間違ってると思うんだけど」
言いたかったことを莉理が代弁してくれた。
俺はスカッとしたが、美優はさらに肩を落とした。
もう、こんな美優の姿見てられない。
でも迂闊に近づくのは自殺行為だということに変わりない。うまく立ち回らないと、こっちが足元をすくわれる。もうこんなのやめだ。
「美優。お礼をしたいって気持ちはよく伝わってきたよ」
「じゃあ……!」
「けど、それとこれは別」
「っ」
ぱぁあああっと明るくなった顔が一気に暗くなった。
もしこの顔が演技だどしたら、ハリウッド女優にでもなれる気がする。
「俺の疑いが晴れたら、そのお礼ってやつを受けることにするよ。……だからそれまで、美優がしたいって言ってた青春の日々ってやつを一緒に過ごさない?」
「私のこと疑ってるに一緒にいていいの?」
「もちろんだ。だって俺たち友人だろ」
「っ! ……ありがとう。夜一くんっ」
俺と莉里は心がきれいにならないまま、美優のか細い声を背にファミレスを出た。
公園で美女を助けた俺、懸賞金500万円の手配書がネットに拡散されていた。平穏な高校生活を送りたいが痴漢冤罪をかけられてるっぽい でずな @Dezuna
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