第8話 陰キャはつらいよ
場違い感が半端ない。
俺がいるカラオケの部屋は、全く知らない人しかいない。俺以外の人たちは顔見知りらしく、仲良くしているので、多分他クラスの人たちなんだろう。
……陰キャのせいで、余ったらハブられたってわけか。
「はあ」
俺はドリンクバーのコップを手に、ため息を吐いた。後ろにある部屋の扉から、笑い声や歌い声が聞こえてくる。
俺がいなくなった途端、急に元気になったじゃん……。絶対、邪魔者だと思われてただろ。
こんな場俺がいるような場所じゃないと思い、飲み物を取りに行くように外に出たものの……。
これと言って、どうするべきなのか分からない。
俺は口の動きを見て何を言っているのか分かるような人じゃないので、扉のガラスから美優のことを監視するのは不可能。
じゃあ陽キャがわんさかいる部屋の中に入るのか?
と言われたら、難しい。
いや、無理だ。
あんな太陽みたいに明るい人たちの同じ部屋に、陰キャの俺が入るのなんて無理だ。
莉里に助けを求めるってことも考えたけど、莉里は莉里で友達と普通にカラオケを楽しんでるっぽいし。
「…………」
さすがに莉里の様子を見るため、扉に顔にくっつけるのはどうにかしてると思う。と俺は、ガラスに反射した自分の顔を見て思ってみたり。
「はあ」
カラオケ店に入って2度目のため息。
もう、帰りたくなってきた。
こんなところにいても美優の言動を監視なんてできないし。
もし俺のことをなにか言ったら、それはもう仕方ないな。
刑務所生活が始まるけど、それと同じくらいこのカラオケ店にいるのが嫌だ。
捕まる前くらいは自分のしたいことをしたいな……。
俺はそんなことを思いながらドリンクバーのコップを返却ボックスの中に放り投げ、カラオケ店の出口に向かってトボトボと歩いていると、とある一つの部屋の前で急ブレーキがかかった。
「私はー! この世のー! 女ぁー!」
聞き馴染んだ声だった。
ガラスから部屋の様子を見ると、そこにいるのは黒と白のスーツを着ている女性がいた。この人は、俺が懸賞金をかけられたとき一番最初に疑わしい目を向けてきた近所のお姉さんだ。
この時間はまだ仕事中なんだろうけど……まさか、サボってるのかな?
「くりゃあああ! どどどばぁあん!!」
歌ってる歌が何なのかわからないけど、すごい幼児退行してる気がする。
俺が知ってるお姉さんは、もっと優しくて大人な女性って感じがしてるのに。
なんというか、俺は見てはいけないものを見てしまった気がする。
目を離して出口へ向かおうとしても、お姉さんの知らない一面を前に体は動かない。
クールで優しいお姉さんから、クールで優しいけどおちゃめな部分があるお姉さんにグレードアップだ。
こんな最高なお姉さんが近隣住民だなんて、俺が住んでるところは天国なんですか!?
「はふぅ」
さっきまで美優の言動を監視できず、陽キャとの差を感じで落ち込んでたけどお姉さんのおかげで気が戻ってきた。
俺もいつか一人カラオケに行ける日が来るのかな?
いや、もしするのなら一人カラオケの先輩であるお姉さんにご教授願おう。そして、そうやってお姉さんと仲良くなって……。
「え」
部屋の中からキーンという、マイクを落とした音が聞こえてきた。
「よ、夜一……君?」
目が合ってる。完全に今、お姉さんと目が合ってる。それも、お姉さんと仲良くなったことを考えてる気持ち悪い笑顔の状態で。
どう、するべきなんだ?
何食わぬ顔で部屋に入って世間話? いやいやいや。そんなことしたら、余計気持ち悪がられて仲良くなるなんて夢のまた夢になる。
できるだけ穏便に済ませるためには。
「あれ? 夜一君?」
何も見てない顔で去る。これが正解だ。
俺の予想通り、お姉さんは見間違いなのかと思ったのか、追っては来なかった。
「危ないところだった」
近隣住民のお姉さんと気まずくなるのは避けられた。
あとはこの陽キャのオーラが伝わってくるカラオケ店から出るだけ。
と、俺は意気揚々に外に出たのだが、出口にまた見覚えのある二人がいた。
どういうことなんだ?
友達とカラオケを楽しんでいるはずの莉里と、歓迎会を楽しんでいるはずの美優がいた。
もしかして、俺がお姉さんの部屋を覗いていたときすれ違ったのか?
「あ、夜一。ようやく出てきたんだ」
莉里がさも当たり前のように声をかけてきた。
隣りにいる美優も、何食わぬ顔を向けてきた。
「二人とも外にいていいのか?」
「いいのいいの。私、友達と同じ部屋になったと思ったら全く知らない男ばっかりの部屋に移動させられたし。むさ苦しいったらありゃしない」
「それは……色々大変だったんだな」
「うん。ま、私より夜一の方が大変そうだったけど」
莉里はニヤッと、いたずら好きな子供のような顔を向けてきた。
これは、いつも俺のことをからかうときにする顔。
俺は美優の方に興味がある。話が長くなったら面倒なので。
「あーはいはい。莉里が思ってた通り、とんでもなく大変だったよ」
飛びつく勢いの莉里を軽く手であしらって、美優に目を向けた。
美優は頭の上に「?」を浮かべて、俺ぽけっとした顔。缶コーヒーを口にしているので、そのせいで余計バカっぽく見える。
「んんっ。私は気分が悪くなるようなことはないけど、カラオケがつまんなくなったから外に出てきたの」
「青春の日々を送るんじゃなかったのか? まともな青春の日々を送ってない俺が言うのも何だが、同じラスの人たちとカラオケをするなんて、最高に青春だと思うんだけど」
「はあ……いいんだ、別に」
美優のため息混じりの言葉に、ぽかぽか背中を叩いていた莉里もその手を止めた。
もしかしてこのため息は、中々痴漢をしたと言わない俺に呆れてのものなのか?
いや、青春の日々を送りたいと願っていた美優がこのタイミングでため息を吐くなんて、それ以外に意味がない。
「私が思ってた青春とはちょっと違ったのかな」
「美優ちゃんの思い描いてた青春ってどんなの?」「んー……。どりゃあ! って遊んで、どりゃあ! って勉強する感じ? もちろん仲がいい人たちと一緒に」
つまり訳すと、美優は俺に「考えず思うがままに動け」と言っているということか。さらに「仲がいい人たちがいる前で」と。
ということは……。これはもしや「今痴漢をしたと認めれば罪を問うことはない!」と、再び俺に選択を求めているということか。
莉里は懸賞金がかけられていたということを知っているものの、痴漢冤罪で懸賞金がかけられていたとは知らない。
その事実も踏まえての言葉ということか。
美優の言葉こそ、悪魔の言葉だ。
乗るか乗らないか。
「でさっ、夕日をバックにドカーンと花火を打ち上げるの」
「それ青春っぽくていい!」
俺が熟考している中、莉里と美優は楽しそうに青春について語り合っている。
この間に入って、「美優の秘書さんを痴漢するつもりはありませんでした。ごめんなさい」って深々と頭を下げる勇気なんてないよ!
でも、言わないと。そうじゃなきゃ、俺は刑務所に入ることにな……。
「莉里ちゃんにはバレてなかったっぽいんだけど、夜一くんには私がなんで外に出てきたのかバレちゃったみたいだね」
美優が突然声をかけてきた。
「え? ちょっと夜一。美優ちゃんがカラオケ店から外に出た理由ってなに?」
……莉里までそっち側か。
学校じゃなにかあったら相談してって言ってたけど、この状況で相談もクソもない。ま、莉里からしたら自分だけハブられてるみたいだし仕方ないか。
俺は味方がいないことを再確認し、グッと奥歯を噛み締め、美優に一歩近づいた。
これから罪を告白する。
冤罪だけど、そうするのが美優が望んでることらしいから仕方ない。
後でそれは冤罪だと証明なんてできるかな……。
あぁーあ。終わりだ終わり。
ここからどう転んでも俺は地獄へダイブすることになる。もうどうにでもなってしまえ!
「ファミレスでゆっくり話そうか。夜一くん」
「……あ、はい」
え?
「「え?」」
最悪だ。もう、今日だけで何度も最悪な状況をくぐり抜けてきたが今がダントツで最悪だ。
逃げたい気持ちに駆られるが、逃げられない。
俺は重い足を動かし、美優の後ろ姿を追いながらファミレスに向かった。
「ねえねえ。もしかして美優ちゃんって夜一に告白するんじゃない?」
呑気なことを言いながら横っ腹を突っついてくる、場違いな莉里を添えて。
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