第4話 懸賞金500万円の男
「おはよっ!」
「もー寝坊するのなら先に連絡してよ。今日は全校朝会なんだから、もし遅刻したら変に目立っちゃうじゃん」
「ごめんごめん。じゃあ学校まで競争ね? よーいドン!」
「あっ。ちょっとまってよ!」
前で歩いていたキャピキャピした空気を垂れ流していた女子高生は、学校へ走って行った。よし。これで前にも後ろにも人がいなくなった。
「はあ。ようやく気が抜ける」
顔を隠すため深く被っていた帽子をリュックにしまうと、自然と肩から力が抜けた。張りつめていた心がようやく解かれたのだ。
俺が顔を隠して人の目を気にしているのは、昨日見た手配書がまたたく間にネットに拡散されてしまい、全国ニュースにまで取り上げられてしまったからだ。
簡単に言うと俺は現在、全世界に顔を知られていて懸賞金に群がる奴らに探されている。
幸い家族にはバレていなさそうだったが、多分俺は今日一人の人物に正体がバレた。その人物とは、近所に住んでいるいつも優しく声をかけてくれるお姉さん。いつか「いい子いい子……」って言いながら頭を撫でてほしかったお姉さん……。(小声)
正体がバレたと確信しているのは、普段より一段と俺のことを見る視線を感じたからだ。昨日までの俺なら勘違いで済ませるが、周りから狙われているかもしれない身にとってそれは注意すべき点。
……というか、勝手に俺の手配書を作って懸賞金をかけて、それをいろんなところで取り上げることを許可するのって犯罪なんじゃね?
だって俺の顔って完全に防犯カメラに映った顔だし。
まあ、起きたことを今更追及しても遅いか。俺なんて声を上げた途端、すぐ捕まえられそうだ。
「さて」
これからどうしよう?
莉理に「先に行ってて」と連絡してしまったので、その言葉を裏切るようなことはしたくない。というかできない。
でも、冷静に考えなくても、学校に行くなんて今の俺にとってリスクしかないことはわかってる。
手配書の男だとバレたら、完全に俺の人生が終わっちゃう。
……あ。そういえば「学校に先に行ってて」とは連絡したけど、「すぐ行く」とは連絡してないよな?
言葉の穴を突くようで莉理には申し訳ないけど、今回ばかりは事情を知ってくれれば分かってくれるだろう。まあ、事情は話せないんだけど。
そうと決まれば学校に連絡をして、ネカフェにでも行って時間潰そうかな。
「ねえねえ夜一くん。いつになったら学校に行くの?」
「正直最低でも人がいなくなってからかな」
「え。行くんだ」
「莉理にそういう節の連絡しちゃったしな……って!?」
ビックリしすぎて声が裏返った。
後ろにいたのは、同じ高校の制服を着ている女子高生。だが、俺が本当の意味でビックリしたのはそこじゃない。
以前莉里に言われ、知った人がいた。
雲一つない青空のような鮮やかな青色の長髪が腰まで伸びている。ぱちっとした二重。目尻から鼻のラインがくっきり入っている。そして……2つの果実は、世の中の男性が「ちょうどいい」と口を揃えて言うほどちょうどいい。
この人は――
現役JK社長として、絶大な人気を誇っている女性だ。
この人の容姿を知っているのは、図らずとも今日ニュースで見たからだ。
たしか、「諸事情のため少しの期間休暇を貰う」とか報道されてた気がする。
「そんなにビックリされると、お化け屋敷のお化けになってる気分でちょっと悲しいな」
くぅ〜んと犬が鳴くような、甘ったるい声。
こんなこと、本物の現役社長がするのか?
正直怪しい。誰もいない道で学校に行く気がない男子高校生のことを誘惑して、お金を奪う。……全く。いくら誘惑されたところで、そんな見え見えの罠に引っかかる男なんていない。いるとしたら、とんでもないバカかとんでもないバカだ。
「悲しませてしまい、申し訳ないです。なにをすれば許してくれますか!?」
俺は元々とんでもないバカだから抗えないんだよね。
「じゃあ、敬語を使うのやめてくれないかな? 私と夜一くんって同年代だし、もっと気楽にいこうよ。お互い友人に話しかけるくらいの距離感でさ」
「……わ、かった」
「んふふ。なんかぎこちないよ?」
「俺、莉里以外にまともな知り合いって呼べる人いなくて」
くっ。こんなところでコミュ障が出てしまうとは!
現役JK社長の美優さ……美優に媚を売れば、俺が刑務所に行くことになったら後ろ盾をしてくれると思ったのに。しっかりしろ俺!
「じゃあ、私がまともな友人って呼べる関係になるのはどうかな?」
「も、もちろん喜んで」
「やったー! やっぱり夜一くんは優しいね♡」
かわっ。かわわわ。
「いきなり話しかけられて知らないんで、だけど、あなたってあの有名な現役JK社長だよね?」
「うん。そうだよ」
「確認するまでもなくない?」とでも言いたげな顔されても困る。
俺に喋りかけてきて、一体どんなことを企んでるんだ?
俺と友人になったって、特にメリットなんてない……いや、もしかして美優は俺が懸賞金500万円の男だということに気付いてるんじゃないか!?
きっと友人になって俺の気が緩んだすきを突くつもりなんだろう。
ふふふ。現役JK社長だとしても、俺の名推理の前じゃ赤ちゃん同然だな。
「なんでニヤニヤしてるの?」
「いや、してない」
「ふーん。ま、そういうことにしてあげるから一緒に学校行こ?」
「じゃあそういうことにしなくていい」
「人がいなくなってからなんて、学校に行く意味ないよ? 一緒に青春の日々ってやつを送ろうよ!」
トコトコと前に来た美優は俺に手を差し伸べてきた。
この誘いを乗っちゃだめだ。乗ったら、学校に行くことになる。
俺は青春の日々なんて、興味ない。
だって、他人にバレたら地獄の日々が始まるんだから。
嫌なことしかない。
でも、美優は俺の答えをまるでわかっているかのような顔を向けながら手を差し伸べてきてる。
なので俺は、その気持ちに答えるように。
「行く、か」
バカな顔をしながら手を乗せて、足を前に踏み出した。
すると、美優の顔がニコッと笑顔になった。母性あふれる笑顔だ。この顔を同年代の女性がしていると考えると、これまでいろんな経験をしてきたと容易に想像できる。
「そういえば、美優が休暇を取る理由って学校に行くためなのか?」
「うん。もちろんそれもあるけど、一番は私の秘書のことを助けてくれた人を探すためなんだよね」
「………………へえ。そうなんだ」
それって俺のことなんですけど?
もしかして正体を知った上で接触してきたのか!?
「さ。夜一くんと一緒に学校へレッツラゴー!」
「ゴ、ゴー!」
痴漢をしたと思われている人の社長と一緒の学校に。
俺の高校生活、一体どうなっちゃうんだ!?
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