第3話 この手配書、俺じゃね?

「おにいちゃん! 帰ってくるの5分遅いんだけど!」


 玄関の扉を開けた途端、妹――夜桜夢香よざくらゆめかの怒声が耳に入ってきた。真っ白な肌を隠すのはピンク色のエプロン。肩につかない黒髪を僅かに震わせムスッと不機嫌そうな顔をしながら両手を腰に当てているのを見ると、兄が好きな妹のように見えるだろう。だが、実際は違う。

 なぜならエプロンの下に何も着ていないからだ。おそらく後ろから見たら、ロリコンが好む絶景が見えること間違いなし。……もちろん俺は妹の裸エプロンを見て興奮するような変態でもなければ、シスコンでもない。

 

 俺はそっと玄関の扉を閉めて、不機嫌な妹の前に立った。


「な、なんなの! 家に帰ってくるのが遅いおにいちゃんが悪いんだからね。早く謝ってよ」

「別に俺たち兄妹なんだし、家に帰ってくる時間なんて気にしないでいいんだぞ」

「兄妹だから気にしないといけないの! もし私が家に帰ってくるの遅くて、知らない男の人と街を歩いていたらどうするの!」

「妹の成長を家でしみじみと感じてるかな」

「そういうことじゃないでしょ!!」


 べーっと小さな舌を出してきた。

 まだ中学二年生なのに、こうやって俺と対等にけんかをしている……。全く。昔は人形を間違えて踏んだだけでお母さんにチクってたのに。

 これが成長というやつなのか。

 

「ちょっと。なんでおにいちゃんがおかあさんたちが私を見るような目で見てるの」

「妹の成長をひしひしと感じてるんだよ」

「わ、私は成長なんてしてないし!」

「してるよ」

「……どんな風に?」


 聞かれると難しい質問だ。

 ここで成長を細かくで一つ一つ言ったら、「おにいちゃん気持ち悪い。もう私と同じ空気吸わないで」などと言うドS女子でもめったに吐かないことを言ってくるかもしれない。

 女性は好意的な時ほど裏の顔があるって、この前漫画で学んだ。

 なのでとりあえず全部ひっくるめて。


「俺の好みの女の子みたいに成長してるよ」

「へ?」


 いつもなら「へ、へぇ~。そうなんだぁ~」と反応するところなのに、映画で見る首を壊れかけのロボットみたいにギギギ……と、首をかしげてきた。


 さすがに兄から「俺の好みの女の子みたいになってるぜ(キリッ)」って言われたら気持ち悪いか。

 もし相手が俺に好意的な妹じゃなかったら、今頃俺は罵詈雑言を浴びていたんだろな。うーこわこわ。


「ごめんごめんちょっと言い間違えた。本当は、さっき公園で出会った全世界の男が飛びつくような女性より女性らしくなったなって言いたかったんだよ」

「さっき公園で出会った全世界の男が飛びつくような女性ってだれ」


 どうやら失言したらしい。

 夢香はかっと目を見開いて、グイッと頬がつり上がった。

 心なしかゴゴゴ……という威圧感のある幻聴が聞こえてくる。

 これじゃあ、まるで浮気をしてしまった男みたいじゃないか。ま、俺に彼女がいたことなんてないんだけど。


「またまた言い間違えた。公園で出会ったってわけじゃなくて、公園にいた女性ね」

「…………そんな美人だったの」

「まあ、そうだな。俺はおしとやかで普段はお姉さんだけど、酔ったり二人っきりのときはデレデレしてきて体がボンキュッボンな女性が好きだけど、思わず目が奪われるくらい美人だったな」

「へぇー。おしとやかでボンキュッボンね……」


 痴漢冤罪をかけられそうじゃなければ、あの人のこと好きになってたかもしれないな。

 ……でも、俺のような陰キャ男子が狙うのはさすがに高望みだよな。


 俺は公園の美女のことが頭から離れないまま、玄関でブツブツ喋ってる妹の横を通って、2階にある自室に入った。


「はあ」

 

 なんか今日はいつも通りのはずだったのに、公園の美女を助けたせいでなのか体が重い。


 俺は思うがまま「ふぁああああ」とどこから出てるのかわからない奇声を上げながら、ベットに顔から倒れ込んだ。


 どんなところより、自分の部屋が一番落ち着く。

 と、制服のままベットでゴロゴロしながらスマホをいじっていると。


「は?」


 俺はSNSに載せられた一つの記事を見て、反射的に体が起きた。


『誰かこの人を見たら連絡ください。電話番号――』


 記事に載せられているのは、どこからどう見ても俺の顔だ。

 顔がドアップされ、その下にまるで某漫画の手配書のように500万円と懸賞金がかけられている。この顔の周りの背景は……コンビニか?

 

「なんで?」


 わからない。いや、こんなことをする心当たりがあるとしたら公園のベンチで助けた美女しかいない。

 おそらく、痴漢をした俺のことを捕まえようとしているんだろう。コンビニの防犯カメラの映像を入手できるなんてあの美女、結構偉い人だったんじゃないか?

 最悪だ。これじゃあいつか周りにバレて、本当に刑務所生活をすることになる。

 整形すればなんとかなる……? いや、水を買うために110円を渋ったような男にそんなお金ない。

 今すぐ名乗り出れば許してくれるかもしれないけど、逆に許してくれない可能性があるのでリスクがでかすぎる。


「どうしようどうしようどうしよう」


 俺が今できること。

 それは、周りに俺がこの手配書の人物だとバレなければいいんだ。ていうかそもそも、この手配書が拡散されなければ俺が危惧するようなことは起きないはず。

 ははは。自分の手配書がネットにあるとかよくわからない状況だけど、俺ってば事件現場を見た探偵なみに心を落ち着かせられたんじゃないか? 


「おにいちゃぁぁぁん。なんかおにいちゃんに懸賞金かかってない?」


 完璧なタイミングで扉の外から夢香の声が聞こえてきた。

 なんでもう懸賞金のこと知ってるんだ。


「そ、それは俺のそっくりさんじゃないかな?」

「だよね。おにいちゃんが手配書なんて、そんなのになるわけないよね」


 トコトコと足音が遠ざかっていく。


 夢香が俺のことを信じ切ってるおかげで誤魔化せた。ごめん妹よ。今度食べたいって言ってた高いプリンをおごるから許してくれ。


 たまたま俺の手配書の記事が夢香の目に入っただけであってくれ……。

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