第2話 美女が倒れてた

 公園で倒れてた人を力ずくで抱きかかえ動かして、今ベンチの上に寝かしている。

 抱きかかえて顔を見て確定したが、この人は女性。

 それも、莉里みたいな2つの大きな果実を胸につけている人。

 まぶたを閉じているというのに、綺麗な顔だ。

 まつげが長くて、シュッとした顔立ち。真っ白なショートカットが、クールな人っぽい雰囲気をより醸し出している。


「どうしたらいいんだ?」

   

 倒れてた美女を助けて、ベンチの上に寝かせた。

 ……ん?

 なんでそもそもこの美女は公園で倒れてたんだ?

 もしかして本当は起きてて、抱きかかえたとき胸に手が触れそうになるのを利用した新手の詐欺とか?


「すぅすぅ」


 いやいやいや。この人は、漫画とかに出てくる真面目なキャリーウーマンのような見た目をしている。

 こんな人が爆睡しているフリをして、俺のことを騙そうとしてるなんて考えられない。


 理由はわからないけど美女が公園で倒れていた。

 考えるべきことは、これだけで十分だ。


 そうしてこうして、疑問は再び「どうしたらいいんだ?」に戻る。


 公園で倒れてる人言うと、お酒を飲み過ぎた人なんだろうか?

 というか、服装からそう考えるのが必然。

 お酒を飲みすぎた赤の他人を助ける義理はない。でも、毎日のように飲み会をしているお父さんのことを見ていて飲みすぎというのがどれだけ苦しいのかわかる。


「仕方ないな……」


 とりあえず水だな。

 この公園に蛇口は……ないし。

 コンビニで水を買って来いと?

 まあ、こんな美女を生で拝むことができるのは今日が最後だろうし、男子高校生の110円くらい安いものさ。


 財布を握りしめ、コンビニに足を踏み込もうとしたとき。

 俺のズボンが後ろから引っ張られた。 


 ……後ろにいるのは、ベンチに横たわっている美女。これは、とてつもなく悪い状況なのかもしれない。

 だって、考えてみろ。いくら公園で倒れてたとしても、抱きかかえてベンチに座らせるのなんて、痴漢とそう変わらない。

 希望に満ち溢れた高校生活は、人助けのためにしたことが仇となり晴れて刑務所生活になるってわけか。

 いやいやいや! さすがにそんなの嫌だけど!?


「うぅぁあああ」


 後ろから死にかけの声が聞こえてくる……。 

 これは、体調が悪いのを装ってさらなる俺の犯罪を増やすパターンか? 

 クソっ! 俺は一体誰に犯罪者に仕立て上げられるほど恨まれてるって言うんだ!

 幼馴染の莉里……ならありえる。が、あんな美女と知り合いの訳がない。

 恨まれるほどの知り合いが莉里以外にいないのは喜ばしいことだ。同時に恨まれるほどの関係性の知り合いがいないって、再確認しちゃったけど。


「うぁうぅ」


 「助けて」とでも言いたげな、甘ったるい声。

 こんな声聞いたら、全世界の男子は「喜んで!」と幻覚で犬のしっぽが左右に揺れているのが見えるほど喜んで飛びつくだろう。だが、俺は違う。

 男としての本能が暴れそうになっているが、それと同時に人としての理性が暴れそうになっている。


 まるで火と水の戦いだ。対象的なものがぶつかり合う。

 まあ、火と水の例えのようにこの戦いは一方が圧倒的に勝っているのだが。


「どうし、ましたか?」


 人間として欠かせない理性が完全敗北。

 俺は喉に力を入れて、ダンディな声で話しかけた。もちろん前髪を整えて、たまたますれ違ったイケメンのように。


「あ、あ、あぁ……。み、ず。水をちょうだ、い」

 

 本当に死にかけみたいだ。


「少し待っててください!」


 急いでコンビニに走り、水を購入。

 公園のベンチに戻ると、死にかけの美女がベンチから力が入っていない腕をぷらぷらと左右に揺らしていた。


「これ、水をです。飲んでください」

「あ、りぃがと……」


 美女はぷるぷると腕を震わせながら、ペットボトルを口に。

 ……正直こんなことを考えてるのはただの欲でしかないけど、口移しを期待してた。ま、水を自分で飲むことができるほど元気なのはいいことだ。


 俺がそんなことを考えていると、美女は500ml入っていた水をすべて飲み終わっていた。

 

 空のペットボトルを手に、俺のことをじーっと見てきてる。全てを見透かすような、茶色がかった瞳。

 もしかして、なんか顔に付いてるのかな? 

 美女にこんなまじまじと見られるの初めてで、自然と顔が下に向いちゃう。


「その……。助けて頂き、ありがとうございました」

「あ、いえ。大丈夫ですか?」

「おかげさまで元気になりました」


 すごい礼儀正しい。

 こんな人が飲みすぎて、公園に倒れてたなんて……。ん? いや、口元からアルコールの匂いなんてしてこないぞ?


「後で水を買って頂いたお金、立て替えさせてもらいます。レシートはありますか?」

「そんな。俺はただ美女を助けるという、善意だけでしたので立て替えなんてしなくていいですよ。ここは、男としての意地を張らせてください」

「わかりました。では、別の形でなにかお礼させて頂きます」


 声が若い。

 お酒を飲んでなくて、若い。……ということは、ただ疲れていて公園で倒れてたってことか?

 もう意味わかんないや。


「さすがに少し体が痛いですね」


 いや、意味わかんないとか思ってる場合じゃない!

 美女が復活して喜んでたけど、たしか俺って痴漢冤罪をかけられそうになってたんじゃん。

 体が痛いって、遠回しに「痴漢したよな?」って脅してきてるのも同然!

 だめだ。この場は早く逃げないと、本当に刑務所生活がスタートしてしまう。


「じゃあ、俺はこのあと用事あるのでここら辺で失礼しますね」

「え。ちょっと待っ」

「いやー元気になって、本当に良かったです。では、またいつか出会うことがあればそのとき今日のことを話しましょう!」


 美女の話を遮るという大罪を犯したものの、俺は痴漢というを罪を訴えられることなく、公園を走り去った。



 手配書がネットで拡散されるとは知らずに――。

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