『ざ、すぱい』 中の2


 自家用車で村に入ったぼくは、まず、村に一軒だけの民宿にチェックインし、部屋に着替えなどは置いて、すぐに村役場に出掛けた。


 ぼくが村に入ることは、本部から、つまり、ミス・すわんから我が諜報員にメールされているはずである。


 堂々と役場に行って、ぼく、すぱいです。


 なんて言うわけではなく、郷土史研究の資料集めに対する協力を頼みに行くのである。


 我が町に対して、東村は、特に際立った歴史的な話しはあまり聞かないのだが、ないわけではないようだ。


 遥かなむかし、このあたりは海であった。


 つまり、いろんなお魚などがいたわけである。


 なんと、くじらの骨がまるまる出てきたことがある。


 それは、いま、廃校になった小学校を改築した、村営博物館に展示されているのだが、図書館も、博物館も、レクリエーションルームも、みな、ここに集められている。


 集会場所や、歌の練習や囲碁などのサークル活動もあるのだという。


 ただし、若い人は、あまりいないから、利用者は、高齢者が多くなる。


 村でたった3台の自動販売機の1台も、ここにある。残りは、物産館である。


 くじらの骨は、ここで、最大の見物である。


 人類が、住み着いた後の遺跡もある。


 縄文時代の遺跡だというが、発掘された土器なども、博物館に並べられている。それは、かつて、見に来たことがある。


 最大の資料は、大正時代に書かれたという、村の歴史を語る書物である。


 といっても、手書きの資料であり、この世に、たった一冊しかない。


 戦後、最近まで、所在が分からなくなっていたのが、見つかったと聞いたので、それは、なんとか、実物を、見てみたい。すぱい関係なしでも。


 写真を撮られた、一部しか、分かっていなかったのだ。


 村の宝物なので、普段は公開していないため、予め申し込んで、閲覧させていただく申し出はしておいた。


 ぼくの目当ては、もちろん、入れずの森、に関する情報だ。


 役場の担当者にも、ちゃんと、その旨を伝えた。


 『資料といっても、具体的には、ご期待の書籍しかありません。でも、あまり、期待しないでくださいね。じつは、あたしも興味があって、読んでみましたが………まあ、ご自分で見てください。』


 『入れずの森に、少しでも入れませんか?』


 『じつは、あの森は、村が管理しているのはいるのですが、実質的には、村の神社管理組合が権限を持っています。森の入り口に、小さな神社がありまして、森の奥に立ち入る道は、その奥の宮から出ていますが、門があって、施錠されています。他の場所から森に入るのは、たいへんに危険で、禁止されております。あの森のあたりは、洞窟ばかりで、地面に穴があったりもしますし、迷い混むと大変にやっかいです。それは、しないでください。過去に、行方不明になったり、亡くなった例もありますから。』


 『正規の 許可はもらえないのですか?』


 『そうなんですね。なんせ、あたしが申し込んでも、だめでした。』


 『はあ。そうなんですね。実際に許可をだすとすれば、どなかですか?』


 『それは、組合長さんです。村立小中学校の校長先生です。村の歴史にも、一番くわしいですから、森に入ることは、別としても、そのあたりの情報は、直に尋ねてください。森の入口あたりだけなら、組合長さんの同伴で、入れるかもしれません。気に入られたら、です。あなたは、たしか、ご本を出していらっしゃるとか。なにか、付録資料とか未公開の写真とかあると、喜ばれますよ。なんでしたら、あぽ、とりますが。』


 『それは、是非とも。』


 『じゃ、話が付いたらご連絡します。携帯番号を教えてください。なお、森のあたりは、圏外ですから。念のため。』


 『それは、ども。因みに、森の中で、発掘調査とか、なにかの工事とかで、最近入った方とか、情報はありませんか。』


 『さあて。あたしが聞いてる範囲では、村長だけですね。どこまで入ったのかは、分かりません。聞いても、教えてくれないんですよ。』


 『はあ。惜しいなあ。なにか、秘密の場所とか、秘密情報とか、ないですか。曖昧なのでも、オカルト的でも。新しい本には、何かの、新しい材料欲しいですし。』

  

 『それがです。』


 役場の担当の女性は、ちょっと、声を潜めて、乗り出してきた。


 『はい?』  


 『ないです。もし、なにか分かったら、教えてくれますか?』


 『そりゃ、もちろん。あの、むかし、森に開拓に入ったひとが、みな病気になったという、うわさがありますが?』


 『ああ。それ。それ、流したのは、たぶん、私です。』


 『なんとお。』

 

 『お婆ちゃんから、ちょっと前にはじめて聞いたので、西町の歴史研究会で、話したから。』


 『なるほどお。つじつま、びっちりです。でも、それは、秘密の話ですか?他の人は知らない?』


 『まあ、秘密の話というほどではないと思いますよ。もう、しってる人が、あまり居なくなったんだと思うなあ。たにし地区の、だんじり爺が、その、むかし、森に入って、開墾しようとしたひとの、子孫と言いますが、愛想はよくない方でして。はい。あぼは、取れないので、じかにどうぞ。あ、山西さんです。だんじり爺と言って尋ねたら、すぐ分かります。独り暮らしで、お酒浸りなんで、なかなか、難しいですが、最近は、わりに、………わりにですから。自粛してるようですから、よいタイミングかも。あれで、ほんとは、 大卒のインテリなんです。鉱物科学が、専門とか。くわしい経歴は、わかりません。個人情報ですしね。』


 

       🍶


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る