「うわぁ、富士山だ! こんなに大きいんですね」

 サナの嬌声=新幹線の丸い窓から食い入るように景色を見ている/車内販売で買ったカチカチのバニラアイスには木べらのスプーンが刺さったまま。

「初めて見た?」

「はい、これは初めてだと思います・・・・・・

 記憶喪失の少女=ニコニコ。

 自宅があるのは川崎市の利根川沿い=川崎市の新市街や横浜の摩天楼のせいで自宅からは富士山は見えない。

「もしかしたらサナは西日本の出身かもしれないな」

「へっ? どうしてですか」

「カナ、覚えてるか。おでこの広い最高位の魔導士。九州の……どっちだったかな佐賀か大分出身だから富士山は新東京の大学へ行くまでは見たことがなかったんだと」

 ニシ=静岡県浜松市出身。日常的に富士山は見えないが身近な存在/しかし富士山は静岡の山だと思う。

「ふうん、それは、うーん、どうでしょう。無いと思います」

 トンネル区間に入って轟々と風が渦を巻いて唸る/サナはちょこんと座席に座り直すと凍ったままのアイスクリームを木べらで突いてイジった。

「モモと喧嘩したのか?」

「あ、いえいえ、お兄さん、そんなわけないじゃないですか」

「別に怒ってるわけじゃない。ただ聞いただけだ」

「……どうしてわかったんです」

 サナは視線を合わせずに木べらでアイスクリームをつついている。

「2人が妙によそよそしかったからな。最近、全然話さないだろ」

「モモちゃんは相変わらず元気いっぱいですが」

「モモは嫌なことがあったらああなるんだ。5年も一緒に暮らしていれば癖というか心の機微きびには気づくものだ」

「わたしがお兄さんとでかけるとき、モモちゃん、すごい怒ってましたね」

「ああ、あれだけの癇癪かんしゃくは久しぶりだな。少なくとも小さい子達が来てからはそういうことはなかった。ま、どこかで埋め合わせをするさ。モモのわがままを聞いてやるとか」

「すみません、わたしのせいで迷惑をかけちゃって」

「迷惑だなんて思ってないよ。サナも家族だ。未来に期待するなら楽しい思い出を作るし、過去を思い出したいなら協力をするって。大丈夫。他人の言葉には乗っかっておくものだよ」

「大人っぽいアドバイスですね」

「実際に大人だからな」

 サナの申し出「記憶を取り戻したいんです」=唐突な申し出/何かきっかけがあったはず=そこは深掘りせずサナの言葉を待った。

 推測=モモと喧嘩したせい/モモは小学生の割に責任感が強いが言葉の節々が強すぎる。

 サナは前かがみになって凍ったアイスクリームからひとすくいだけを取ることができた/それを口に含み勝利を味わっていた。

 小さい背中が揺れる/記憶を取り戻しても幸せとは限らないが=彼女の決意を尊重。

「ところでどうして14歳なんだ? 最後の誕生日パーティーを覚えていたとか?」

 サナは木べらを咥えながら「うーん。パーティーとかそういうのは知らないと思います。ほとんど身体的特徴からですね。中学生の平均身長だし、中学校の勉強内容は理解できたし」

「ああ、なるほど。じゃあもし、もっと歳上だったらどうする? たとえばもし大人だったら」

「まさか。まだまだ子供ですよ。でもでもひょっとすると■■がルイちゃんやツカサちゃんより多いのでもしかしたらそうかも知れません」

 サナは、はっとなって口を抑えた=ニシは聞き流す/聞こえなかったフリ/気にしない素振り。

「いい友達だな」

「むー、お兄さん、そこは笑って流してくれたほうが楽なんですよ!」

 確実に14歳よりは歳上だろう。

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