プロローグ
常磐興業 東京潰瘍監視基地=塀と有刺鉄線とAIが監視するカメラに囲まれた民間の軍事基地兼魔導工学の機器&兵器の実験施設。
旧大田区/眼前にはかつての東京を覆う漆黒のドーム=潰瘍。その周囲を高さ50mの共振器が抑制フィールドを展開/潰瘍の拡大を抑え込んでいる。
背後=利根川/その対岸は更地がまだ広がっている。そのさらに向こう=川崎市と横浜市の新市街=魔導機関を搭載したプリントアウト工法で雨後の筍のように半年で摩天楼が出現/いまや新東京と争うように巨大化しつつある。
カナは自分のオフィスの窓枠に寄りかかった/ここから見えるのは潰瘍だけ。
両手はぶかぶかのマウンテンパーカーに突っ込む/背中にデカデカと常磐のロゴが入っている。
魔導で浮遊するかわいい猫ちゃんがプリントされたマグカップ/立ち上る湯気がエアコンの冷風で揺らいでいる/漆黒色の液体=ブラックコーヒー。
ニシのマネをしてこれを選んでみた=福利厚生の一環/ネスカフェのカートリッジ式の全自動ドリッパー/自分で買うと少々値が張る一品。
感想=苦い。機械油が間違えて口に入ってしまった時がある=それと同じ。
濃いコーヒーの香り=朝のニシの香り。バレないように毎日楽しんでいた/朝のルーティーン。
起動しっぱなしのPCはスリープモードに切り替わった。仕事をする気=ゼロ。
大学院へ提出する魔導工学の論文=完了。
本社へ提出する
差し迫った仕事=新東京で行われる安全保障審議会の資料/PCモニターの
そんな気だるい朝/ニシの香りの無い朝=苦手なブラックコーヒーを流し込んで忘れることにする。
「やっほー、デコちゃん」
予兆なしに開け放たれるドア/弾けた元気玉が出現/少女に見えるがアラサー&
「あーほらそこ。“めんどくさい”って顔をしないの!」
リンが吠える。
「年相応に落ち着いたらどうなの、ちびっこ隊長」
「そんなに落ち着いているとっていわれちゃうぞー。あ、デコちゃんは四捨五入したら30歳だしね」
「まだそんな歳じゃないです!」
カナはきっぱりと断った/早生まれの24歳。
リンは空いているオフィスチェアに勝手に座るとキィーキィー金属音を立ててゆっくり回転する。
「で、何の用なの?」
カナは回転する
「暇だから来た」
「なにそれ。私への当て付け?」
「そーんな女々しいことをするはずないでしょ。でもデコちゃんはぜんぜん忙しそうには見えないけど」
カナは顎で壁に貼ったホワイトボードを示した/左右半分ずつ、半月のスケジュールを書き込むタイプ/今どきローテクなスケジュール管理/To doアプリよりもこちらのほうが直感的で使いやすい&忘れにくい。
「こんど常磐と防衛省との審議会が新東京の第一ビルであるの。その資料を作んなきゃいけない。広瀬所長が出席するんだけど私も一緒に出席しなきゃいけない」
「ふーん」リンは天井を見てやや考えた「すごいじゃん。政府のお偉方と話すんでしょ」
「話すのは広瀬所長。私はその補佐。資料と言ってもまあ
リンは人差し指と親指で銃の形を作ると今日の日付を狙った。
「今日の潰瘍の監視ポスト交換作業。C型怪異がうろうろしてるから魔法使いの力が必要なんだけど」
「
「ニシは休みを取ってるんでしょ。デコちゃんが来てくれるの?」
仕事はシフト制/休みを取ると言うより2週間分の仕事をずらしただけ。
「ええ」
「忙しいんでしょ」
「
「大好きな男のため一肌脱ぐってわけね」
リンが言うといちいち艶やかな物言いに聞こえる/一見すると耳年増な中学生/しかしアラサーなので年相応。
「ニシは入社してから全然、休暇らしい休暇を取ってないの。いいでしょそのくらい。それに実家に帰省するっていう話だったし許可するしか無いでしょ」
「ふーん」リンは天井を見ながら両足を宙に浮かせる=魔導式機械義肢が本物の足のように駆動している。「寂しいね」
「
「バカね、あたしが寂しいの」
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