第5話 レッドリスト、皆で渡れば怖くない

「この安物の義眼め……」


 目の前に倒れている四足歩行ロボットを前にして舌打ちする。猫を模したそのロボットは高級品に違いない。


「ちょっと、そこのアンタ!」


 ――まずい、持ち主に見つかってしまった。


 頭を掻きながら、手に握り締めた小型電磁砲銃レールガンを見つめ、そして、こちらに近づいて来る女を義眼でスキミングした。義眼に映る映像が女のうなじに埋め込まれた政府管理タグを補足し、義眼に彼女の個人情報が流れる。

 名前はサラ・ハーネット、年齢は二十四歳。なぜか誇らし気にバストサイズだけ書かれているが、それ以外は黒く塗り潰されている。市販のセキュリティソフトでなく、自作のセキュリティプログラムを使用しているらしい。

 科学に精通した女らしいが、問題はそこではない――この状況をどう切り抜けるかだ。

 壊したロボットの賠償を請求されても、俺にそんな大金はない。裁判沙汰になれば、「なぜダイバーシティの外側、薄汚れたダイ―シティの更に外側に広がる砂原の森林エリアにいたのか?」と裁判官アンドロイドに問われるだろう。


「密猟をしていました」


 本当のことは言えない。牢獄へまっしぐらは御免だ。


 人類の発展と共に登録され続けるレッドリストの動物。牛や豚や鶏の肉は味だけ似せたゼリーでしかその旨味を知らない若者も増え、絶滅に歯止めをかけようとほとんどの人は奮闘している。


 だが、人間の欲に終わりはない――レッドリストに登録された動物の肉の噛み応えが忘れられないと密猟者にすがる連中が後を絶たない。


 動物愛護に厳しい世界で密猟などご法度だ。


 俺は自分の犯罪を誤魔化すためにロボットの頭に刺さった麻酔弾を回収して、女を待った。青のジョギングウェアを着た三つ編み髪の女は肩で息をしながら、俺を睨みつけた。


「ウチのロボット、壊してどないしてくれるんや!弁償やで!」

「すまない。だが、あいにく俺にはそれ程持ち合わせがなくてな」


 女が俺を訝し気に睨んでくる。三日も髭を剃っていない中年の男が一人森林エリアにいたら怪しむのは至極当然だが、どこか納得がいかない。


「そもそも、アンタはなんでここにいるんや?」

「それはこちらの台詞だが?」

「質問に質問で返すなって学校で習わんかったんか?」


 強気な女だと視線を横に反らしながら、頭の中で言い訳を必死に探し続ける。


「バードウォッチャーだ」


 出まかせにしてはかなり上出来な方だと自画自賛する。密猟用に使う双眼レンズを見せびらかして不審者でないことをアピールする俺に、女は顎をさすりながら猜疑の目を向けて来る。


 ――最悪、この女をここで処理するか?


 ポケットにしまい込んだ電子砲銃に手を伸ばす。鹿ですら昏睡する麻酔弾なら、女一人を眠らせて口封じするなど朝飯前だ。

 俺の思惑を知らない女は唇を緩ませると、不意に目力を緩めた。


「アンタ、この森には詳しいんか?」

「ああ、この森には色んな鳥がいるから、何度も探索しているさ」


 俺の警戒心とは裏腹に、張りつめた空気が緩んでいく。

 バードウォッチャーと言う咄嗟の出まかせを本当に信じたとしたら、相当頭がお花畑なお譲様だ。いずれにせよ、警戒だけは続けておこうと誓いを立てる。


「ウチ、このロボットを使ってペットを探しとってん」

「ペット?」

「そう。この森に迷い込んでな。見つけてくれたら弁償の件はチャラにしたるわ」


 ペットを探すにしては物々しいロボットだ。

 俄かには信じがたく、言い訳にしか聞こえない。


「確認するが、嘘じゃないよな?」

「嘘やあらへん。レディーは嘘つかへんで」


 俺の義眼には自動録音機能もついている。言質も取れる便利な機能付きだが、99.6%の確率で鹿だと誤審した義眼のせいで面倒ごとに巻き込まれてしまった。後で製造元に文句を言わねば、俺の腹の虫は到底おさまらない。


「分かった。協力してやろう」

「さっすが!話の分かるオッサンで助かるわ!」


 若い娘におだてられた俺は頭を掻きむしり、そのまま森の奥へと突き進んだ。


「オッサン、待ちや!そっちにはおらんよ!」

「どうして分かるんだ?」

「ウチの……猫の首輪にGPSが付いてるんや」


 女が見せびらかす通信機に彼女の位置とペットの位置が記されていた。ここからダイ―シティ方面に五百メートル先で止まっているポインターを女は指さした。


「猫だったのか?他に特徴は?」

「真っ白な猫や。この暗い森の中やったら目立つやろ」

「白猫だな」と確認しながら、森林エリアの入り口に向かった。

 その背後を女は恐る恐ると付いて来る。


 砂原の中にある森林エリア――三十年前にダイバーシティの政治家のお偉いさんが植林した木々が生物の住処として成り立つほどに発展を遂げた。どこからともなく聞こえる鳥の喚き声に毎回女は俺の袖を掴んでくる。

 相手は身軽な猫――麻酔銃が使えない中、捕まえるには反射神経が必要だ。だが、こうもべったり引っ付かれては獲物が現れた時にすぐに対応できない。


「そう言えば、名前を聞いてなかったな?名は?」


 すでに知っているが、当たり障りのない話題で女の緊張をほぐそうと試みる。


「サラ・ハーネット。二十四歳や」

「俺はウルフ・ローレンス。趣味でバードウォッチングをしている」

「仕事は?」


 俺の右手の草むらが揺れて隠れていた鳥が飛び立つ。近くの羽音に驚かなくなるくらいには慣れてきたようだが、飛び出てきたのが熊ならサラはお陀仏だなと内心苦笑する。


「昔は陸軍将校だった」

「陸軍?あのアンドロイド部隊の?」

「ああ、アンドロイドに居場所を取られて防衛局をクビにされた。今はみ……バーでバイトしてる」


 思わず出かかった密猟者と言う言葉を飲み込み、「サラ、お前の仕事はどうなんだ?」と逆に尋ね返す。


「ウチはダイバーシティの中央研究所の研究員やで」


 気づけば俺は顔を歪めながらサラを睨んでいた。慌てて頬をつねって涼し気な顔に戻して平静を装った。

 中央研究所と言えば、軍隊を侵食したアンドロイドを開発した技術局の部隊だ。

技術局は恨めしいが、失職したのは十年前の話だ。この女は関係ないと言い聞かせる。一瞬で沸騰した怒りが収まり、呼吸の乱れが徐々に戻って行く。


「中央研究所に勤めている職員のペットがどうしてこんな僻地まで来たんだ?」


 冷静さを取り戻した俺の口から今さらな疑問がこぼれた。

 中央研究所の高給取りの職員はダイバーシティの第一エリアの高層マンションに住んでいる。才能あるエリートに与えられた特権だ。だが、そこで飼っていたペットがこんな遠くまで逃げるとは不自然な話だ。


「なんでやろなぁ……ウチにもさっぱり分からへん」


 俺の疑問に平然と答えたつもりだが、その瞳は微かに泳いでいる。

 サラは俺に大きな嘘をついている――軍人としての第六感がそう告げている。


「ところで……」

「場所が近くなってきたで!」


 疑惑を追及する声を妨げるようにサラが大声を上げる。

 だが、ここは森の中――弱肉強食の世界を生き抜く動物たちの住処に足を踏み入れていることが頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 枯れ枝を踏み鳴らす音が聞こえる。


「もしかして!」


 GPSを見続ける彼女は茂みに歩み寄った。

 そこから現れたのは人間とさほど大きさの変わらない猪だ。

 鼻息を荒げながら唸る猪の目の前でサラは尻もちをついてしまった。


「キャッ!」


 咄嗟にサラの口を塞いだが、手遅れだった。

 彼女の悲鳴を聞いた猪が興奮して俺たち二人に狙いを定める。震えるサラの肩を抱えながら、戦況を見極めんと眉間に皺を寄せた。

 猪の脅威は密猟者の間では有名だ。うり坊でも本気で突進されたら骨折は免れない破壊力を誇り、眼前の相手は体格の大きい個体だ。突進を避けようにも腰の抜けたサラを抱えた状況では厳しいものがある。


 ――取るべき選択肢は一つしかない。


「耳を塞いでいろ」


 サラに耳打ちする。

 気の抜けた声で「はい?」と呟くサラの肩から手を放し、俺は電子砲銃を抜いた。電子砲銃のレールカバーをサラの右肩に乗せて、支柱代わりにする。視界に突如として現れたバレルを見て、「それって!」と叫ぶ彼女を無視して、義眼と電子砲銃のスコープを無線で接続する。


「猪である確率99.8%」


 信用ならない音声案内を無視して、義眼に同期させた電子砲銃のスコープ画面を見ながら猪の眉間に照準を合わせる。


「ちょっと耳を塞げへんのやけど!」


 彼女の悲鳴と共に義眼に映るスコープの画面が左右に揺れる。


「やかましい!じっとしてろ!」


 暴れる支柱となったサラの右肩に左手の爪を食い込ませ、照準のブレを押さえる。「痛っ!」と言うサラの短い悲鳴に引き金をかける指が遅れた。

 それを見計らうかのように猪が地を蹴った。

 まだ、狙いをつけ切れていない。

 ――天命に身を任せて引き金を引いた。





「た、助かった……」


 涙ぐむサラの声が森にこだまする。

 猪は彼女の膝元でいびきを立てながら倒れていた。俺が撃った麻酔弾は狙いを大きく逸れ、首筋に辛うじて刺さっていた。あと少し右に逸れていたら俺たちの命はなかっただろうと冷静に評価したところで、ここからが本当の仕事だ。


「良かったな」


 淡々と告げて立ち上がると、銃口をサラの後頭部に突き付けた。


「へぇ……なんで……」


 情けない声がサラの口から漏れる。立て続けに起きたトラブルを技術者の聡明な頭で分析しきれないのだろう。


「俺がバードウォッチャーじゃないのは知っているな?」

「それはアンタがウチの個人情報をスキミングしてたから……」


 サラはこくりと頷く。

 個人情報を盗み見しようとした相手に協力を依頼する女の根性に呆れながら、俺は銃口をグッと押し付けた。


「麻酔弾が撃てる違法改造の電子砲銃なんてバードウォッチに必要ない。なら、なぜ持っていたか分かるか?」

「密猟者だから?」

「ほぉ、よく知っているな」


 密猟はアンダーグラウンドな存在だと思っていたが、雲の上の存在である技術局の研究員が知っていることに思わず驚いてしまう。一瞬隙を作ってしまったが、技術者のサラには反撃する思考まで至らなかったようだ。


「付き合いで本物の肉とか食べなきゃいけへんから……何となく察してた」

「大変な付き合いだな」

「そうそう、研究費の為には断られへんし……」

「お前の事情は関係ない!」


 思わず雑談しそうになった流れを引き戻そうと声を荒げた。「ひゃう!」と小さな悲鳴を上げるサラに淡々と事実を告げる。


「俺が密猟者であることをお前は知ってしまった。お前を生かしておくわけにはいかない」

「そんな、堪忍なぁ。命だけは……」

「逃げたペットを恨むんだな」


 麻酔弾の代わりに実弾を込めて、怯えるサラの後頭部に狙いを定める。

 もうただの動けない的だ――返り血を浴びた服の後始末を考える余裕すらある。


 その時、草むらが小さく揺れた。


 猪の子どもか、仲間かと身構える。


「いた!」


 サラが歓喜に満ちた悲鳴を上げる。

 耳にタグの付いた白い毛で覆われた――彼女が白猫と表現したは「チュウ」と猫らしからぬ鳴き声を上げて草むらに再び消えて行った。


「今のがお前の言うペットの白猫か?」

「はい」

「俺には白いネズミ、いや、モルモットに見えたが?」

「はい」


 詰問する俺と青ざめた顔で罪を認めるサラ。森の中での尋問は続く。


「確か動物実験は世界的に禁止されているはずだが、どういうことだ?技術局の研究員さん?」


 銃口を後頭部から離すと、彼女は膝を崩したままゆっくりと身体を曲げて俺と相対した。どこか気まずげに上目遣いで誤魔化そうとするサラに咳を払った。サラは両方の人差し指を突き合わせながら、苦笑いで答えた。


「実はウチの研究用のモルモットが逃げ出したんや」

「それが世間に知られたらまずいな」

「ウチのクビだけじゃ済まへんねん。あそこ、財閥同士の派閥争いもあるから派閥のリーダーに迷惑かかると言うか……財閥の存続のために死で責任取らんといけないとかぁ……」

「じゃあ、ここで俺に撃たれとくか?」


 したり顔で銃口を突きつける俺にサラは苦笑いのまま答える。


「まだ、二十四歳で死にたくないし……彼氏も作らんまま人生終えたくないから、相談なんやけど……」


 顔の前で手を合わせるサラに、「何だ?」と返す。

 次の言葉が読めているほど安心できるものはない。俺はもう銃を下ろしていた。


「お互いのことは秘密ってことで、あのペットを一緒に探してくれへんかなぁ?」


 間接的に失職に追いやった技術局の不正行為を握った俺は薄ら笑いを浮かべながら、実弾を取り外した。麻酔弾にリロードし直しながら、サラに尋ね返した。


「本当に秘密にしてくれるのか?技術局研究員のサラさん」

「嘘やあらへん。レディーは嘘つかへんで。ローレンス元陸軍将校さん」


 薄暗い森の中に二人の苦笑が響いた。

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