第2章 第5話 聖牙騎士団


 ここはとある漁村。

 朝日が昇り始める、少し前の時間帯。

 小高い丘の上にある一軒家から一人の少女が出てきた。

 健康的に日焼けした麦色の肌、肩甲骨辺りまで伸びた栗色の髪を後ろで結んでいる。その容姿は、平凡ではあるが比較的整ったものであった。


「ふぅ。何とか晴れたわね。今日からまた漁に出られるわ」


 すると他の家からも次々村人たちが出てきた。


「ようミーナ。今朝も早いな。昨日は大丈夫だったか?」

 

 ミーナと呼ばれる彼女は、声をかけてきた村人同様、漁を生活の主軸としている。


「うん。そっちも大変だったわね。なんせ急な嵐だったものね」


 辺りを見てみると、家のあちこちに濡れた草や木の屑が散乱している。

 昨日この村は急な嵐に見舞われ、村の人々は嵐が収まるまでずっと漁に出られずにいた。漁村に住む人間にとって漁に出られないのは致命的だ。主食が魚だけにその日の飯にありつけなくなってしまうからだ。

 無論各家に備蓄した保存食はある、だがそれもまた魚を天日干しにして作ったものであるため、どちらにせよ村人たちにとって心休まらない日であっただろう。

 しかし、それも杞憂に終わったようだ。

 空を見上げると分厚かった雲が無くなり、荒れていた波も穏やかなものになっている。

 変わったところがあると言えば、海辺に船の残骸らしきものが漂着していて、くらいだ。今日からまた平和な日常が…………。


「えぇぇぇ!?!?」






 急いで海辺に来てみると、そこには確かに人が倒れていた。

 黒い短髪で、赤い羽織を着た男。

 なんでまたこんなところで倒れているんだろうか?

 そうやってじろじろ見ていると、血相を変えて走っていったミーナを心配して、村の人達が集まってきた。


「どうしたんだミーナ。今朝から騒々しい」

「あーごめん。家からこの人が倒れてるのが見えたから、つい……」


 ミーナの視線につられて見てみると、村の者ではない見知らぬ男が倒れており、周囲がざわつく。


「なんだこれ? 水死体か? なんでまたこんな所に……」

「昨日の嵐で船が壊されたんじゃねぇか? こいつも運がないぜ」

「どうする? このままって訳にもいかないわよね?」


 様々な意見が飛び交う中、ミーナは変わらずジッ、と倒れた男を見つめていた。

 すると僅かだが指先が動いたかと思うと、その男は勢いよく身体を起こした。


「うわぁぁぁ!?!?」

「死人が生き返ったぁぁぁぁぁ!!」


 村人が恐慌状態になってる中、死人認定された男レンガは、目をぱちくりさせている。

 何なんだこの状況は?






 あの後レンガは、とりあえずなんであんな所に倒れていたのかを聞くため、第一発見者であるミーナの自宅に招かれていた。

 

「えっと、つまり島を出た次の日に嵐に襲われて、残骸にしがみついて何とかここまで泳いできた、と言うわけですね?」

「あぁ。全くえらい目にあったぜ」

「お、お気の毒に……」

 

 いつものミーナと違って、たどたどしい口調で目の前の男の現状を再確認した。

 改めて顔を見てみると、凄く目つきが悪い。よく言えば不良、悪く言えば獰猛な獣に匹敵する鋭さだ。

 正直言って、目つきの悪い男性は苦手だ。こうして面と向かって話をしている自分に喝采を贈りたい気分だ。


「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はレンガ、お前は?」

「ひゃ、ひゃい! ミーナって言います!、よ、よろしくお願いしましゅ!」

「?」


 そんなことを思っているとふいに話しかけられたため、盛大に噛んでしまい、顔を赤面させる。

 そんな様子のミーナに首を傾げる。何をそんなに緊張してるんだ?

 まぁいいか、と出されたお茶に口をつける。


(あぁぁぁ!! 噛んだ! 私今、思いっきり噛んじゃったぁぁ!! はぁ、絶対ヘンな女だって思われた……)


 初対面の相手にそう思われたかもしれないという彼女の心情への打撃は、事の他大きかったようだ。


(なんか一人で盛り上がってんな)


 しかし当の本人は、一人で赤くなったり暗くなったりしているミーナに対して思ったのはそのくらいのもであった。


「……あぁ、もしかして俺は、お邪魔だったりするか?」

「へ?」

「いや、さっきからお前、どうも落ち着かないみてぇだし。もしそうなら今すぐ出ていくが……」

「い、いえいえいえ! 決してそんなんじゃありませんから! どうぞお構いなく!」

「そ、そうか」


 何とか誤解を免れたことに、決して大きくはない胸を撫でおろす。

 しかし意外だ。このレンガと言う男は、あたふたしている私を変な目で見るどころか、むしろ気を使ってくれた。悪人面ではあるが、本物の悪人と言うわけではないらしい。

 会って一時間もたっていないが、レンガの内面を少し理解できたミーナだった。


「なぁ、一つ聞いていいか?」

「はい、なんでしょう?」


 すると今度は、レンガの方から話しかけてきた。


「ここは『大陸』で間違いないよな?」

「え? あ、はい。ここは『アングラム大陸』その東の端にある『コレット村』って言います。それがどうかしましたか?」

「そうか……」


 あの島を出て早々災難に見舞われたが、何とかたどり着けたようだ。

 だとすれば、お袋が石に刻んだ『欠片』とやらも、このアングラム大陸のどこかにあるはずだ。

 しかし、在処を記した地図もなければ手掛かりもない。そこでレンガは、物は試しとミーナに聞いてみることにした。


「なぁミーナ。この石について何か知っていることはないか?」


 首から下げた紅蓮色の石を取り出し、ミーナに見せた。


「うわぁ、きれいな石」


 レンガが見せた石に、ミーナは目をキラキラさせた。

 まるで紅蓮の炎を中に閉じ込めたかのような不思議な石。漁村の村娘である自分が宝石に詳しいわけではないが、かなりの値打ち物かもしれない。


「つかぬ事お伺いしますが、この石はいったい……」

「あぁ……これは、その……死んだ親父の形見でな、俺はこの石に関係するものを探すためこの大陸に渡って来たんだ」

「そうでしたか……ですがすいません。ただの村娘である私には、この石が何なのかすらわかりません。ごめんなさい」


 そうか、と相槌を打つ。やはりそう簡単に見つかるモノではないようだ。


「それにしても奇遇ですね。私の両親も亡くなってるんです」

「そうなのか?」

「はい。母は病で、父は王国に徴兵されて、そのまま帰らぬ人となりました」

「そうだったのか……」


 戦が絶えない所だと聞いていたが、堅気の人間にまで戦いを強いる程とはな……。

 

 暗い雰囲気が流れる。すると外から、複数の馬の蹄が地面を駆ける音が聞こえた。ミーナもその音に気付いたのか、慌てて玄関まで走っていく。

 

「どうしたミーナ?」

「レンガさんはそこに居てください! 絶対にここから出ちゃだめですよ!」


 ミーナの様子から察するに、ただ事ではない予感がする。






 ミーナは急いで村の広場に走っていた。すると広場には既に、村の人達全員が集まっていた。

 しかしそこに居たのは村の住人だけではなかった。

 虎の文様が描かれたシュールコーの上に、上質な鎧を身に纏った騎士が数名、馬上から集まった住人に向けて、声高に演説をしていた。


「我らは栄えあるカルニアム王国国王、カロル二世直属『聖牙騎士団』である! 此度は貴様らに王から授かった書文を伝えに参った。傾聴せよ!」


 この騎馬隊の隊長らしき人物がそう言って、懐から丁寧に巻かれたスクロールを取り出し、それを広げ、記してある文を読みだした。


「『親愛なる我が国民たちよ、現在我が国土は、野蛮なマクデニア軍に侵攻を受けている。領内にある村々は焼き払われ、民たちは蹂躙されている。なんと嘆かわしいことか。しかし、我らが一丸となって立ち向かえばその多くが救われよう。よって、我はここに徴兵の意を記す。汝らに四天使の加護があらんことを』以上が我が王のご意志だ」


 周囲にどよめきが生まれる。それも当然だ。急にやってきたと思えば戦のため兵に加われと言われたのだ。


「若い男は直ちに出立の準備をせよ。これは王命である」

「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ!! いきなり戦えと言われても、我らは素人です! 役になど立てません!!」


 一人の若い村人が声を上げ、それに続き周りの人達がそうだそうだ! と抗議の声を上げた。

 すると、隊長が部下達に合図を送ると、騎士団の全員が剣を鞘から抜剣した。

 彼らの突然の行動に慌てる村人達。


「これは『王命』と言ったはずだ。元より貴様らに拒否権など存在せんのだ」


 馬上からまるで家畜を見るような目で村人たちを見下す隊長。


「従えぬというのであれば、貴様ら全員を国に仇成す反逆者とみなし、この場で即刻斬り捨てる!」


 再び合図を送ろうとしたその時、他の村人たちを押しのけて騎士団の前に立つ少女が現れた。栗色の髪をした、比較的整った用紙をした村娘。ミーナであった。

 

「なんだ貴様は?」


 隊長は自分の前に立った村娘に目を細める。

 その女は剣を持った騎士団数名を前にしても臆している様子はなく、鋭い目つきでこちらをじっと見ていた。


「栄えある聖牙騎士団ともあろう者が、敵ではなく、民に剣を向けるんですか?」

「何?」


 そう言われた隊長は馬から降り、ミーナに近づくと、彼女の頬に平手打ちを喰らわせる。かなり強く打ったのか、口の中が切れ、血が垂れていた。


「村娘風情が、我らに楯突くというのか?」

「そうやって、なんの権力も持たない人達を剣で脅して戦場に駆り出し、そのくせ自分たちは馬上でただ人を物みたいに見下している。あなた達みたいな人がいるから、父は戦場で死んだんです……父だけじゃない、今まで死んでいった人達も全員あなた達が殺したのよ!!!」

「き、貴様ぁぁ!!」


 激怒した隊長はミーナを蹴り倒し、部下に彼女の手足を拘束するよう指示を出した。そして隊長彼女に馬乗りになり、身に纏う服を引き裂き始めた。


「村娘風情が! 王の側近たる私に対しその口の聞き方は何だ!! 最早貴様は只では殺さん!! 我らに、そして王のご意志に逆らった罪を、その身体をもって償わせてやる!!」


 次第に露になる小麦色の肌、やめてと懇願する彼女の悲痛な叫びが周囲に響き渡るも、手を差し伸べる者はいない。そんなことをすれば今度は自分達がこうなるのだと指を咥えて見ていることしかできなかった。

 しかし目を背けているのは村人だけではない。周りにいる騎士達も、その光景に虫唾が走っていた。

 それもそのはず。今現在ミーナを凌辱しようとしている男の名はエドリック・ミランゼルク。家の権力と伝手で、この聖牙騎士団に配属となった者だ。

 カルニアム国内で有数の貴族の生まれで、王を最も崇拝している者の一人だが、問題なのはその悪癖だ。本人は自覚していないようだが、王に逆らう者、特に女には罰と称して、公然で慰み者にしてしまう。

 おかげで今まで何人もの女達が涙し、領民の怒りを買ってきた事か。

 ただの騎士の身分である自分たちに止めるすべはなく、唯一の方法は彼女にその毒牙に懸かってもらう他なかった。


 そして、すでに裸も同然な姿となったミーナに、得も言われぬ快感を覚えたエドリックは、熱く滾り、今にも暴発してしまいそうな欲棒を彼女の恥部に当て押し込もうとした。しかし、


「ぎゃああああああああ!?!?」


 次に聞こえてきたのは、処女を喪失した彼女の悲鳴ではなく、今まさに乙女の純潔を突き破らんとしたエドリックの苦痛に満ちた悲鳴であった。

 見ると、彼の肩を深々と槍が貫通していた。

 何事かと呆気にとられる騎士達。すると村人達をかき分け、騎士達の前に足元まである赤い羽織を纏った、目つきの悪い、細身だが十分に筋肉が発達した男が現れた。


「よう。随分胸糞悪いことやってんじゃねぇか、お前ら」


 

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