第2話 旅たちの日2

「堕とし子?それに天使って親父、ついにぼけたか」

「真面目な話だ。ちゃんと聞け!」


 そんなことを言われても、いきなり自分が天使との混血児だと言われて信じる者が果たしているだろうか。レンガは何とも言えない表情をしていた。


「お前の母アスラはな、太古の昔にこの世界に降り立った『四天使』の一人だ。お前はその血を受け継いでいる」

「…なぁ親父。仮に俺がその堕とし子っていう半天使野郎だったとして、俺はどっからどう見ても人間だぜ?ふざけんのも大概にしろよ」

「レンガ。お前昔、木から落ちて腕の骨折ったこと覚えてるか?」

「あ、あぁ…」


 そういえばそんなことあったな。

 レンガは昔修行をさぼってあちこちの木に登っては飛び降りて遊んでいたことを思い出していた。そして運悪く枝が折れて地面に真っ逆さまに落ち、腕をついてしまったため全体重が腕にのしかかりぽっきりと折れてしまったのだ。

 あまりの痛さにわんわん泣いたのは懐かしい思い出だ。


「お前、腕はどのくらいで治った?」

くらいだったか?普通だろ?」

「んなわけあるかぁ!!普通折れた腕を直すには、折れた個所を固定して何ヶ月もかけて治すものなんだよ!!」

「何ぃ!!?」


 衝撃の事実にあんぐりするレンガ。

 

「い、いやでもよ、もしかしたら俺人より頑丈なのかもしれねぇし…」

「体が頑丈ってだけで骨折を3分で治す奴がいてたまるか。これでわかったろ?その異常なまでの治癒能力こそが、お前が普通の人間じゃねぇってことの何よりの証拠だ」

「……嘘だろ」

 信じられない。この世に生まれて20年、まさか本当に自分が天使の血を引いているなんて思ってもいなかった。しかし、ならばなぜ親父はこのことをずっと黙っていたんだろうか?腕を折ったあの時に伝えることもできたはずだ。

 このタイミングで伝えるとは、何か言えない訳でもあったのか。


「なぁ親父、なんで今なんだ?もっと前に教えてくれてもよかったろ…」

「それはな、」


 一拍置いた後、再び話し出す。


「アスラに、そうしてくれと頼まれたからだ」

「っ!お袋に?」

「あぁ。『時が来るまで、自分の出自は伏せておいてくれ』って言われてな、今の今まで伝えることができなかったんだ。すまん」


 レンガは柄にもなく素直に謝るリュウガに戸惑ってしまう。こんな親父を見たのは生まれて初めてだ。妙にむずがゆくなったレンガは「おほん」と態とらしく咳ばらいをして話を続けた。


「それじゃ次に、堕とし子ってのはどういう意味なんだ?」

「天使と人との間に生まれた子をそう呼ぶんだ。『天使が産み堕とした子』だから堕とし子。まぁ、大陸ではあまりいい印象はないがな」

「どういう意味だ?」

「…それは大陸に行けば分かる」


 ますます堕とし子と言う単語が気になってきた。だが親父の口ぶりから察するに、大陸で堕とし子と言う存在は腫れ物扱いされるようだ。他にも堕とし子について気になる点はまだある、が大陸に行けば分かるというのだから今は深く考えるのはやめよう。

 

「じゃあ最後に、この石は何なんだ?」

「それは…」


 と言いかけたその時、


 パリィィン!!


 空に亀裂が走り、ガラスが割れるかのように空間に穴が開いた。

 突如起きた異変に警戒する二人。すると虚空の中で何かが動いた。目を凝らして見てみると何やら人影のようなものが見える。そしてそれはゆっくりと姿を現した。

 炎々と燃え盛るたてがみをなびかせた全身に赤黒い鎧を身に纏った騎士。その鎧は所々に血管のようなものが浮き出ており、ドクン、ドクンと脈動している。

 兜や肩当には猛禽の意匠が施されており、手には刃先が鉤状になった禍々しい剣を携えていた。


「なんなんだありゃ…、騎士?」


 上空から二人を見下ろす騎士。僅かに動いたと思ったその瞬間、騎士の姿が消えた。


「消えた!?」

「レンガ構えろ!」


 リュウガがそう告げたその時、突如レンガの背後に現れた。今まで感じたことのない悪寒に見舞われ、振り向くと騎士が既に上段から禍々しい剣を振り下ろそうとしていた。やられる! そう感じたレンガの前に銀色の閃きが立ち塞がった。


「親父!!?」


 レンガを袈裟斬りにしようとした一太刀をリュウガが防ぐ。しかし尋常ではない膂力によって、今にも推し斬られようとしていた。


「くっぅぅぅ!!!」

「……」


 必死に踏ん張るリュウガを無言のまま圧倒する騎士。次第に押され始め、リュウガの命を刈り取らんとする鉤状の剣が徐々に迫ってくる。

 予想外の力だ! このままだと真っ二つにされちまう!

 刃先が鼻に触れようとした、その時、


「させるかぁぁぁぁぁ!!」

「……!」


 騎士の背後からレンガが跳躍し奇襲を仕掛けていた。ほんの一瞬レンガに気を取られた騎士、それを見逃すリュウガではなく、迫りくる刃を剣を逸らすことで軌道をずらしていなし、体勢を崩すした騎士の腕を回し蹴りで蹴り上る。

 急な反撃にさしもの騎士も反応できなかったのか、蹴られた衝撃で剣を手放してしまう。

 流石だ親父、俺の意図を察してくれたか! レンガは奇襲の際あえて気づかれるような大声を上げることで騎士の注意を惹き、反撃を防ぐためにリュウガが敵の攻撃手段を無力化する。今までの修行で互いの動きや考えを熟知しているからこそできた芸当である。

 

「どこの誰だか知らねぇが、これで終わりだぁぁ!!」


 槍を突き出し、騎士に向け一気に降下する。確実にった。


 しかし、思いもよらぬ事態が起きた。


 ザシュゥ!!


「……え?」


 先程リュウガが蹴り上げた剣が、まるで吸い寄せられるかのようにレンガの背中から胸部に懸けて深々と突き刺さった。


「ぐはっ……!!」

「レンガぁぁぁぁぁぁ!!!」


 騎士の禍々しき剣に貫かれる息子を見て、彼は発狂交じりの声で叫ぶ。

 リュウガは目にしていた。騎士が空手になった手を広げ、腕を振り下ろす姿を。すると剣は空中で一瞬停滞し、そのままレンガの背中を突き刺した。


(なんだ今のは!?まるで剣が生きてるみてぇに一人でに動きやがった!)


 そして刺されたレンガが、まるで矢に射られた鳥のように落ちてきた。すぐさまレンガの元に駆け寄ろうとするが、騎士に行手を阻まれてしまう。


「っ……何者だ貴様!! よくもレンガを……、俺たちに何の恨みがあってこんなことをする!!」


 命の奪い合いの際に最も注意すべきは冷静さを保つこと、少しでも油断すればその瞬間に命を刈り取られる。だからこそ、今にも怒り狂いそうになっている自分を必死に抑え、敵の情報を少しでも引き出し、活路を見出す。

 しかし目の前の騎士は答える素振りすら見せない、終始無言を貫く騎士に流石に怒りを抑えられなくなったのか、リュウガは姿勢を低く構える。彼の目は、すでに人のそれとは違っていた。獰猛と言う言葉すら可愛く思えるような、殺意に満ちた目をしていた。


 目の前のクソッタレに、確実な死を、与えてやる!!


 ドクンッ


「なんだ?」

「……」


 どこからともなく心臓の鼓動のようなものが聞こえてくる。いや、音源は近い。耳を澄ますと、どうやら鼓動はレンガが倒れた辺りから聞こえてくる。


「っ! まさか!」


 リュウガは確信した。この鼓動はレンガのものだ、と。


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ


 だんだんと速くなる鼓動の音。すると、レンガの周りに異変が起きた。

 うつぶせに倒れていたレンガの周りで紅蓮の炎が燃え盛る。その勢いはだんだんと強くなり、辺りには尋常ではない熱波が放たれた。


「くっ……! なんて熱量だ!!」


 あまりの高温に腕で顔を覆うリュウガ、高熱で肌が焼け始め、溢れ出る汗もすぐに蒸発してしまう。そんな中、かろうじて立っているリュウガとは反対に、騎士は熱に苦しんでいる様子はなく、その場に佇んだままジッ、とレンガを凝視している。

 リュウガも襲い来る熱の中、何とか目を開くと、驚愕の光景を目にする。

 吹き荒れる紅蓮の炎がレンガへと吸い寄せられている。炎を取り込んだレンガの身体は、まるで糸で操られた人形のように宙に浮かび、先程騎士に貫かれてできた傷を徐々に癒し始めていた。

 更にレンガの背中には、紅蓮の炎で形造られた二つ一対の翼が生えていた。


「……アスラ」


 今のレンガは、この島で出会って初めて見た、アスラの姿を思い出させた。

 完全に傷が癒えたレンガは意識を取り戻し、ゆっくりと瞼を開く。その目はリュウガに似た黒ではなく、瞳孔は縦に裂け、炎々と燃え盛る炎のような赤い目をしていた。

 

「……!!!」


 その姿を見た騎士は、再び剣を操り、確実にレンガを仕留めるため、頭を狙った。

 しかし、レンガが腕を前にかざすと、飛翔する剣がドロドロに融解してしまう。

 すると騎士は、何処からともなく剣を複数召喚した。


「剣を!!いったいどこから!?」


 最早これは人同士の戦いではないとリュウガは悟った。

 騎士の背後で円陣を組んで浮かび続けている剣を一斉に射出する。しかしそのどれもが、先程と同じようにレンガが放つ強烈な熱波によって液状に溶けてしまう。

 解けたらまた剣を召喚して射出の繰り返し。四方八方から止まらず攻撃をし続けている。

 するとレンガに異変が起きる。蹲り苦しみだした後、メキメキ、と骨が軋む音が鳴り、徐々に体の骨格が変形していく。どちらかと言えば細身だったレンガの筋肉が二回りほど大きくなり、黒色の短髪は真っ白に染め伸び、手足共に鋭い爪が生えた。肌色の皮膚は足元からだんだんと黒炭色に染まっていき、胸部から全身に懸けてどろどろとした炎の動脈が広がっていく。顔は鼻から前部に伸びていき、すべてをかみ砕く犬歯が露になる。

 人間性を捨て去ったその姿は、まさしく炎の翼を生やした人狼であった。


『グルルルルルルルッ!!』


 赤い目をギラつかせ、真っ直ぐと騎士を睨む。相変わらず騎士は無言を貫いている。

リュウガは、豹変した息子の姿に言葉を失っていた。


「レン…ガ?」


 変わり果てたレンガの姿を見て、かつてアスラが言っていたことを思い出した。『堕とし子は天使と人間、二つの側面を持つ』と。


(アレが、アスラの言っていた、堕とし子の天使としての側面か!) 

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 我を忘れているのか、レンガは雄叫びを上げると翼を羽ばたかせ、天高く一気に上昇する。

 雲より高い位置に来たレンガは停滞し、腕を真っ直ぐ上げると、掌に炎が生まれ、だんだんと肥大化していき、巨大な火球となった。

 対する騎士は、なんと手に持つ剣を自身に突き刺した。自害を選んだわけではない。突き刺した個所から赤黒い泥が溢れだし、突き刺した剣をゆっくりと抜き始めた。刀身に赤黒いヘドロ状の何かが纏わりつき、硬化した。鉤状の刀身だった騎士の剣は、さらに禍々しくなり、剣と言われなければ認識できない程歪な形となっていた。


『ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 レンガは生み出した巨大な火球を騎士めがけて放つ。しかしこれほど巨大な火球が大地に落ちでもしたら、騎士だけでなくその場にいるリュウガごと島が吹き飛んでしまう。レンガが放った火球はそれほどの威力を孕んでいた。

 しかし、今のレンガにその事を理解する理性など消え去っていた。

 迫りくる火球に対し、騎士は禍々しい剣を上段に構える。すると赤黒いヘドロが硬化した刀身に亀裂が走る。そこからヘドロと同じ、赤黒い炎が勢いよく噴き出し、騎士の剣は、天をも貫かんとする程の燃え盛る刀身を生み出した。

 上段から一気に振り下ろした炎剣は火球と衝突し、とてつもない衝撃波を生む。雲を穿ち、島を、そして海を揺らすそれは、最早人間の常識を超えた神話の戦いに等しかった。


「レン…ガッ!ウワアアアアア!!!」


 そんな衝撃を間近で受けたリュウガが無事で済むはずがなく、大気が揺れたと同時に後方に吹き飛ばされ、揺れる木々の一本に背中を強く打ち付けてしまう。

 リュウガが負傷しても尚、レンガは正気を取り戻す気配はなかった。


「ぐはッ!!」

(この調子だと、島を丸ごと吹き飛ばしちまう!そうなったら次は、最悪大陸に……何とかしてあいつを正気に戻さねぇと!!)


 すると戦況に変化が起きた。騎士の炎剣が火球を両断したのだ。炎剣はそのままレンガを両断せんと迫りくる。咄嗟に炎の翼で防いだレンガ。しかし、炎剣の威力はすさまじく、そのままレンガを大地に叩き落した。

 

 ズドォォォン!! と、


 凄まじい速度で落下してきたレンガは、地面に大きなクレーターを造り、元の姿に戻ったままその場で気を失っていた。

 どうやら気を失ったことで元の姿に戻ったようだ。

 しかし、そんな状態のレンガを見逃す騎士ではない。確実にとどめを刺すべく、背中に浮遊させた複数の剣をレンガに向けて一斉に放つ。


 ドシュ!!!!

 

 だが、その凶刃は、突如現れた人影に覆われ、レンガにあたることはなかった。


 「くッ……!!!」


 負傷した体に鞭を打ち、出せる限りの全速で騎士とレンガの間に割って入った。その結果、丸太のような筋肉に覆われた肉体に騎士の放った剣が突き刺さる。

 歪な形をしているせいか、刺さった後も筋肉がブチブチと切れ、激痛がリュウガを襲う。

 苦悶の表情を浮かべるが、リュウガが膝をつくことはなかった。


「戦い方を心得てるじゃねぇか? だが、コイツをやらせる訳にはいかねぇよ?」


 深手を負って尚、その目から闘志が尽きることはなく、手に持つ剣を目の前の騎士に向ける。


「どうしてもレンガを殺したいってんなら、俺を殺してからにしろ」


 だが、といつものリュウガとは違い、凶暴な笑みを浮かべる。


「気を付けろよ? この親父は只じゃくたばらねぇぞ?」


 すると、いままでレンガにしか興味を示さなかった騎士が、初めてリュウガに殺意を向ける。

 先程の挑発に乗ったのか、或いはレンガの殺害を邪魔されたことに怒りを覚えたか。どちらにせよリュウガにとっては都合が良かった。

 

「おおおおおおおおおお!!!!」


 雄々しい叫び声をあげながら、リュウガは騎士に向かって突貫する。愛する息子を守るために。

 




 



 

 

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