第10話 異世界で美少年の犬になりました

 ――声が聞こえる。


「……ろさん……代さん…………神代さん!」

「あ、愛犬家イケメン」


 目を開けると、懐かしく感じる人がいた。

 お久しぶりです。


「ふふ。私をそんな風に呼んでいたのですか?」

「え! 声に出てました? あはは……。そんなことより、ここはどこですか?」


 周囲を見渡しても、霧に取り囲まれていて分からない。

 俺の姿は、人化した時のものだが……。


「……私は神代さんに謝らなければいけません。あなたがリアムを守るように仕向けたのは私なんです」

「……はい? どうしてあなたがリアムのことを知っているんですか? ……あれ?」


 愛犬家イケメンと重なるように、女性が見えた気がした。

 それはあの子を思い出す銀髪の美人で……。


「まさか……。あの、もしかして……。あなたはリアムのお母さん、だったりします?」


 あり得ない、突拍子のないことを聞いている自覚はあるが、俺は妙に確信がある。


「はい。正解です」

「……やっぱり」

「私は今、第二の人生を送っていますが……」


 リアムのお母さんが転生して、あの愛犬家イケメンになっていた?

 そういえば、思い出せなかった名前……!


「……レオ……芦屋玲央さん」

「はい。何の因果か、また同じような名前で生きています。今はあなたもレオですね」


 微笑む顔に、リアムの面影が見えた。

 そうだ……リアム……俺が死なせてしまった……。


「神代さん。あの子を大切に思ってくれてありがとうございます。あの子も、あなたのことを大切に思っています。だから、帰ってあげてください」

「帰る、ですか? どこに? リアムはもう……」


 あの子は俺を庇って死んでしまった。

 守りたかったのに、守らせてしなせてしまった自分が不甲斐ない……。


「神代さん、泣かないで……」


 頭を撫でて、背中をぽんぽんと叩いてくれる手がとても『お母さん』だ。

 リアムも小さい頃、こうして慰めて貰ったんだろうなあ。


「大丈夫です。あの子はああ見えて、体も運も強い子ですから。死んでいません」

「リアムが……生きている?」

「はい。あの子以外にも、あなたを待っている子達がいますよ」


 そう言って玲央さんが指さした先には、先程まで俺がいた場所が映し出されていた。

 巨大な黒い獣になってしまった俺の周りに、小さな影――動物達がたくさん集まっている。


『おうさま!』

『神様!』

『王よ!』


「リス子……熊にドリアードも……。他にも、俺の力になってくれた子達か」


『ぼくたち、おもしろくてやさしいおうさまがすきだよ! こわいおうさまにならないで!』


 暴れる俺の傍にいると危ないのに、リス子達は必死に呼びかけてくれている。

 それに……。


「犬! レオ! お前は僕の犬だろ!? 僕のそばにいてよ! ちゃんと戻って来い!!」

「リアム……!? 本当にリアムか!?」


 血を流して死んでいたリアムが生きている……動いている……!


「ドリアードがあの子を助けてくれたんです。でも、十分な回復はできていません。あなたが行ってあげてください」

「……はい! 俺、すぐに戻ります!」

「あの子のこと、これからもお願いします」


 周囲の霧が濃くなり、俺を飲み込んでいく――。


 玲央さん。いや、レオニーさん……。

 あなたの分もリアムを見守って幸せにしますから。

 安心して、第二の人生を送ってくださいね。


 ※


 意識が戻ると同時に、黒い獣になっていた俺の体が人型に戻った。

 あ、全裸……! と焦ったが、ドリアードが駆けつけて簡単に着られるローブを渡してくれ、事なきを得た。

 人前で人化する機会が出てくるだろうと思い、作って貰っていてよかった。


「ありがとう。ドリアード」

「神なる獣の王が元に戻ってよかったです……本当に……うぅ」


 ……うん。露出度の高いに君に抱きつかれると大変困るので離れてね。

 俺はドリアードの頭に手を置き、感謝を伝えたあと、リアムの元へ歩き出した。


「レオ……戻ったんだね……」


 いつもの人化した俺を見て、リアムが安堵の涙を零した。


「リアム、こんなときまで犬って呼ぶなよ」

「だって……! 僕、必死で……レオッ! ……うっ」

「! おい、リアム!」


 俺に飛びついて来ようとしたリアムだったが、傷が疼いたのか蹲ってしまった。


「無理をするな……」

「うん、ごめん……」


 血が多く流れてしまっているし、早く完全に治さないと……。

 回復魔法はまだやったことがないけれど、聖獣にできることも、できないことも俺にはできる。

 絶対に……リアムの傷を治す!


「温かい……。傷が消えていく……!」


 白い光と共に傷が治り、リアムの血色も良くなっていく。

 俺は神獣の力であっという間に、リアムを回復することができた。

 はあ……今までで一番緊張した!


「……やっぱりレオはすごいね、ありがとう!」


 改めて飛びついて来たリアムを抱き留める。

 ああ、リアムが生きている……本当によかった……。


「あれ? レオ、泣いてるの?」

「そりゃあ泣くだろ……」

「ふふ。レオってもしかして泣き虫?」

「それはお前だろ? 俺は虫じゃない。強くてかっこいい神獣様だ」

「あはは、そうだね。確かに」


 和やかな空気が流れる俺達の元に、憔悴した様子の王がやって来た。

 俺が睨むとリアムの方を向き、バタッと倒れるように再び土下座をした。


「リアム……本当にすまなかった。王妃と王子には、ちゃんと罪を償って貰う」


 離れたところで、王妃とアベルが騎士に拘束されている。

 それが見えても、リアムは何も言えずに黙っている。

 今まで散々見放してきたのに、急にこんなことを言われても困るよな。


「リアム、無理に答えてやらなくてもいい」

「……うん」

「おい、王。今の言葉、俺は覚えておく。破ったらどうなるか分かっているだろうな?」

「はい……神獣様に誓います」


 よかった。これでリアムが隣国の残虐女王の王婿になるとかいうわけの分からない話もなんとかなるだろう。


「……ん?」

「レオ? どうしたの?」


 頭がくらりとして、また貧血かと思ったのだが……違う。

 この感覚は本能で分かる。


「あ、やばい。俺、神界に強制送還されるっぽい……」

「え!? どういうこと? 神獣って何もしなくても、こちらにいられるんじゃないの!?」

『暴れて力を使い過ぎたからよ。あちらで体を休めなきゃ。わたくしも契約を切ったし、一緒に帰るわ』


 空から舞い降りて来た鳥がこともなげに言うが、一緒に帰るとかどうでもいい!

 俺は帰りたくないのだが!

 でも、強制送還を止める術がない……。


「リアム! 俺、神界で休まないといけないらしい」

「待って……! レオ! 僕を一人にしないでよ!」


 俺だって一緒にいたい!

 でも、体がどんどん透明になっていく――。


「リアム! 必ずまた俺を呼び出してくれ! 

「でも! 再召喚なんてできるの!? 人生に一度だけだって――」

「お前ならできる! 必ず、必ず召喚してくれよ!!」

「レオ――!」


 リアムの姿が見えなくなった瞬間、見覚えのある雲一つない青空と草原が目に入った。


「突然の別れ過ぎるだろっ!! 無慈悲っ!!」


 俺はその場に崩れ落ちた。

 つら過ぎる……せめて心の準備をする時間が欲しかった!


「仕方ないじゃない。あなたが冷静に対処しないからでしょ。厄神にならなっただけでもよかったじゃない」

「厄神? 俺ってそんなものになりかけていたのか? リアムを殺されたと思って、頭に血が上って……」


 王妃とアベルは罰せられるだろうし、王に言いたいことも言えた。

 だから、すっきりはしたのだが……。

 リアムにしばらく会えなくなるなんて寂しすぎて死ぬ。


「まあ、気長に待ちなさい」

「……なあ、再召喚って難しいのか? さっきリアムが言っていたけど、どうして人生に一度なんだ?」

「それは人が作ったルールよ。不可能なわけじゃないから安心しなさい。あの子ならきっと周囲を説得して、あなたを呼んでくれるでしょう。信じなさいな」

「鳥……。そうだな。ありがとう」




 ※




「鳥、知ってる? 俺って案外俺、気が短いんだよ」

「知らないし、興味もないわよ」


 神界の草原で寝転がり、大の字になって青空を見る。

 見飽きた……もう見飽きたよこの空……。


「リアムが! 呼び出してくれない!」


 神界に強制送還され、もう三年経った。

 三年だぞ? 三年!! 寝太郎も起きるぞ!!


 その間に俺は人化の際に服を着ている技を習得した。

 TPOをわきまえて人の世で生きていけるよう準備はばっちりなのに……。


「それにしても鳥よ……お前が妖艶美女じゃなかったことが悲しい……」


 隣にいる人化した鳥は深紅の髪のエキゾチック美人なのだが、驚くことにつるぺただったのだ。


「あなたね、それを言い出してもう三年よ?」

「スレンダー美人が悪いって言っているんじゃない。でも、お前の声からイメージしたら、もっとたわわな感じだと思っていたんだよ。これはもうたわわ詐欺だろ」

「……あなたを時折、空に放り投げたくなるわ」

「放り投げられた先にリアムがいるなら喜んで投げられるさ。リアムゥ……」

「今日はやけにぐずるわね」


 俺だってリアムを信じて、クールに待っていたいさ。

 でも、もう限界だ。

 リアムはちゃんと食べているだろうか。

 誰にもいじめられていないだろうか。

 心配過ぎる!


「俺はもう、待ちくたびれたよ……リアム、もう俺のことなんて忘れちゃったのかな……」

「うざ」

「誰がメンヘラ神獣だ」

「そんなこと言ってないでしょ。……あら? ねえ、犬」

「今度は『犬』って言ったな!? 俺を犬って呼んでいいのはリアムだけだ!」

「そのリアムが呼んでるわよ?」

「え? ええええ!?」


 鳥が指さす先、あの泉が確かにまばゆい光を放っていた。


『レ…………オ! …………レオ!!』

「!! 本当だ……リアムの声だぁ……」


 久しぶりに聞いたリアムの声……でも、なんだか違う。

 もしかして、声変わりした?


「泣いている暇があったらさっさと行きなさい!」

「え? わああああっ」


 そわそわしながらタイミングをはかっていたのに、鳥に蹴られて泉に落ちた。

 こら、鳥~!!


「……まったく。しばらくは神界もさみしく――静かで快適になるわね」




 ※



 三年前と同じように、高いところから落ちた感覚なのに、怪我一つなく着地することができた。

 瞼を開けると、見覚えのある四角い部屋の中だった。

 そして、俺を待ち受けていたのは、俺を召喚した――。


「……レオ」

「リア! ……ム?」


 俺を見て微笑んでいるのは、確かにリアムだ。

 でも、記憶にある美少年ではなく、すらりとしたイケメンだ。

 しかも、愛犬家イケメンの玲央さんとそっくりだ!


 リアム……三年で超育った?

 更に、リアムが今纏っている衣装はどう見ても……。


「リアム……王様になったのか?」


 恐る恐る聞いてみると、イケメンが微笑んだ。


「実はそうなんだ」

「ええええっ!!」


 驚きで叫ぶ俺に向かって、ゆっくりとリアムが近づいて来る。


「レオを絶対に守れるようになってから召喚するって決めていたんだ。……三年もかかっちゃってごめん」


 目の前に来たリアムが俺を抱きしめた。

 ……こいつ、俺より背が高くなってるじゃないか。

 立派になったなあ。

 俺を呼ぶためにたくさん苦労もしただろう。


「……待ちくたびれたけど、リアムだから許してやる」


 抱きしめ返してやると、リアムのすすり泣く声が聞こえた。

 泣き虫なのは変わっていないようだ。


 ……そんな泣き虫なリアムには、アニマルセラピーが必要だろう。

 それに、やっぱり俺はこっちの方がいい。

 リアムから少し離れると犬の姿になり、改めてリアムに飛びついた。


『ご主人様、ただいま!』




 俺は無事、異世界で美少年の……いや、美青年の飼い犬になりました。

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異世界行ったら嫌われ美少年の犬になりました 花果唯 @ohana

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