第11話 犬の我慢と八つ当たり

 リアムの修行中、俺は村から出て行くように言われた。

 神獣が近くにいると助けられるからだめ、ということだった。

 何もしなくても、精神的に支えられるのがだめらしい。

 俺からリアムを奪うなんてひどすぎる!


 そんなに二十四時間、緊張感を持たなくてもいいだろう!

 寝るときくらい、ホッとしてもいいじゃないか!

 リアムがストレスで潰れてしまわないか心配だし、何より俺が寂しい!


 でも、リアムに「屋敷に戻って待っていて」と言われたので、大人しく従った……。

 帰るにも一日かかるから、俺だけで野宿をしたが、寂しすぎて泣いた。わおーん!

 哀れに思ったのか、近くに住んでいた動物たちが集まってきて慰めてくれたので、なんとか朝を迎えることができた。


 寂しく戻った屋敷で、主を信じてお留守番を始めたが、リアムのことが気になって仕方ない。

 リアムに集中すると声は拾えると思うのだが、声を聞くと駆けつけたくなるから我慢だ。

 一応、動物たちに、リアムに何かあったら教えてくれ、と頼んでいるから、何もないことが良い便りだと思うことにした。

 そうじゃないとやってられない。

 まあ、おばあちゃんたちもリアムのことを気にかけてくれているし、大丈夫だろう。

 ……俺の精神が大丈夫じゃないが。



 暇な俺が、リアムがいない間にやろうと思ったことは……八つ当たりも込めた『騎士団への嫌がらせ』だ。

 鳥たちにお願いして糞攻撃を継続的に行っていたが、騎士達は魔法を使って鳥たちを追い払い始めた。

 危ないことを動物にさせるわけにはいかないので、夜の間に騎士団本部を糞まみれにするようにしてやったら、騎士じゃない人たちも掃除を手伝わされていたのでやめた。

 標的は騎士だけにしたい。


 まあ、一般の騎士たちには、割と復讐ができた。

 誰もが一度は糞攻撃を食らったし、町の人達も騎士が近くにいると「糞が落ちてきそうだから」と逃げるようになった。

 嫌われてざまあみろ、だ。

 少しはリアムの気持ちも分かったか。


 動物たちにすべてを任せるのではなく、俺自身も動くことにして、まず騎士団長の面を拝みに行った。

 リアムと何度訪れても姿を現さなかった団長だが、騎士団本部の中にいた。

 その時点で噛み付いてやろうかと思ったのだが、見覚えがある奴が一緒にいるのを見てさらに怒りが増した。


「アベルの特訓相手をしていたのか……」


 建物の上から見下ろし、剣を交えて訓練している二人に「グルル……」と唸り声をあげていると、隣にバサバサと優雅な美しい鳥が舞い降りてきた。


『リアムは無事、あの男に師事を受けることができたようね』

『鳥! ありがとう! 俺は寂しいけど、リアムはすごくいい感じで頑張ってる』

『それはなにより。ところで、あなたはいったい何を企んでいるの?』

『秘密。っていうか、考え中』


 そう言って訓練している二人に目を向けた。

 さあ、どうしてくれよう。


『わたくしの主には、ちょっかい出さないで欲しいわね』


 憎きアベルもこらしめてやりたかったが、今回鳥にはお世話になったから……仕方ない。

 アベルに鉄槌を下すのはリアムに任せよう。

 まあ、今回のメインターゲットは騎士団長だし。


 騎士団長の男は、金髪でダンディーな中年男だった。


『イケおじ、ってやつか』

『身分の高い妻に、美しい娘が三人いるわ。三人とも、良家との縁談が決まっているようよ』

『……意味深な情報提供だな?』


『あの男がベルントに濡れ衣を着せて、騎士団を辞めさせたの。ベルントは誰よりも腕が立ち、民からの信頼は厚いけれど、信念で動く融通が利かない男だったから』


 そういえば、鳥からの助言に『権力を嫌う』というのがあったが――。


『悪だくみする奴らにとっては目障りだったってことか』


 俺の呟きを、鳥は綺麗な羽を手入れしながら流している。


『躊躇せずに嫌がらせできる、素敵な情報をどうもありがとう』

『最初から躊躇なんてしないでしょ』

『まあな』

『あまりやりすぎると動物たちが危ないわよ』

『分かってる。今度は俺がやるよ』


 鳥は呆れたように笑うと、バサバサと飛び立っていった。

 視線を戻すと、アベルと騎士団長の訓練は終わっていた。

 二人は別れて、違う方向に去って行く。


『アベルには手出ししないから、ちょうどいい。騎士団長が一人になったところを狙うか』


 リアムと一緒にいる俺のことを覚えているかもしれないから、姿は見せないようにしないといけない。

 俺は仕返しをされてもいいが、リアムに矛先が向いたら大変だからな。


 しばらく様子を見ていたのだが、騎士団長は馬が気になったのか、一人で馬小屋に向かった。

 大きな厩舎もあるのだが、今向かっているのは騎士団長の馬専用の小屋だ。

 中に入ると、騎士団長はご自慢の馬の前に立ち、悦に浸っていた。


『白馬なんて乗りやがって』


 たくましい筋肉が芸術的な、美しい白馬だ。

 見た目はいい金髪ダンディーが乗ると、たしかに様になるだろう。


『そんなにご自慢なら、一日一緒にいるといい』


 屋根に上っていた俺はすとんと地面に降りると、近くにあった重そうな木箱などの荷物をいどうさせ、唯一の出入り口の扉を閉めた。

 壁面の高いところにいくつか窓があるのだが、あそこから脱出するのは無理だろう。

 厩舎の方なら、閉じこめられても逃げ道がある構造なのだが、ここはいい馬を守るために、しっかりとした作りになっている。

 だから、俺が出入り口を塞いでしまえば、騎士団長はでられなくなるのだ。


『リス子、いるか?』

『はい、なの』


 呼びかけるとすぐにひょこっと姿を現したリス子に関心しつつ、頼みごとをする。


『俺、ここで一晩すごすからさ。リアムの屋敷を見張っていてくれない? 不審者がきたら追い返してくれ。くれぐれも怪我はしないように気を付けてくれ。手に負えないような相手なら、すぐに連絡して欲しい』

『わかったー』


 さあ、これで俺と騎士団長の持久戦開始だ。

 ちょうど騎士団長は閉じ込められたことに気がついたようで、中で騒いでいた。


『明日になったら出してやるからさ。一日くらい何も食べなくても人は死なないし、水ならお前の愛馬と分けてくれ』


 そうだ、白馬に挨拶しておこうということで『一日騒々しいと思うが、ごめん』と声をかけると、『退屈していたからちょうどいい』と、イケメンな返事がきた。


 騎士団長を探しに来た者には、『ここにいない』という暗示をかけて追い返した。

 まる一日経ったところで塞いでいた荷物を避け、人が来たところで解放してやった。


「だ、団長……どこにいらっしゃったんですか!? ……くっつさっ!!」


 馬小屋の匂いやら、大人として恥ずかしい失態の匂いやら、とにかく大惨事な状態で見つかったこのできごとは、騎士団長神隠し事件と呼ばれた。

 たしかに俺は『神』獣なので、正しい事件名だと言える。


 団長はこの事件から、周囲にくすくすされるようになり、美しい妻や娘たちからも嫌われてしまったらしい。ざまあ!

 大した労力も使わず平和的に大ダメージを与えたることができた俺、天才すぎる。




 ※




 有意義な嫌がらせ生活を二十日ほど経った。

 それなりにすっきりしたが、やっぱりリアムがいないのが寂しい。


 でも、明日はとうとう、狩猟大会の日だ。

 今日、リアムが帰って来る予定なので、俺は朝から屋敷の前をぐるぐるぐるぐるしている。

 ちなみに、今は夕方だ。

 もう何回ぐるぐるしたか分からない。

 途中まで迎えに行くことを考えたが、リアムが「一人でがんばる」と決めたことだから、ここで待っていた方がいいだろう。

 俺もここで「おかえり」と言ってあげたい。


『王様~目が回るの~』


 リス子達も俺に付き合って待機しているのだが、暇すぎて飽きている。

 熊なんて仰向けになって寝ている。

 そんな寝方をする動物だったっけ?


「あ!」


 俺の耳がリアムの声を拾った。

 集中しなくてもこれだけ聞こえるということは、近くにいる。

 城には到着したようだ。

 尻尾を振る速度もぐるぐるも、自然とどんどん早くなる。

 俺の真似でぐるぐるしていた動物たちは、目が回ったのかぱたりと倒れてしまった。

 おいおい、無理するな。

 俺のこれは抑えられない衝動のぶんぶんぐるぐるだから!


「!」


 少しして、こちらに駆けてくる足音がした。

 もちろん、リアムのものだ。

 不思議と以前よりもしっかりした、力強い足音に聞こえる。


「レオ~!」


 屋敷を囲う木々の合間に、リアムの姿がちらちらと見えた。


『リアム!』


 全力で駆けだそうとしたが、やっぱり屋敷の前で待ちたい!

 がうがう吠えながらぐるぐる回っていると、リアムが目の前までやってきた。


『リアム~~!!』


 飛びついて後ろ足で立ち上がり、前足でリアムの体をよじ登り、バタバタした。


「あははっ、ただいま! レオだ……会いたかったー!」

『俺もだよー!』


 俺のもふもふの体をわしゃわしゃするリアムに、大喜びしてじゃれついた。

 リアムの匂いだ、リアムが帰って来たー!


 見た目はほとんど変わらない。

 でも、すごく変わった!

 自分に自信がついたのか、リアムは生き生きとしていた。

 理不尽を受け入れ、死を覚悟していたときとはまったく違う。

 ベルントに託して本当によかった。


 屋敷に入ると、俺は人の姿になった。

 リアムとたくさん話したいからだ。


 久しぶりに暖炉の前で寝転がり、リアムから修行の話を聞く。


「修行はつらかったか?」

「今まで体を鍛えたことなんてなかったから、泣きそうになっちゃった。でも、レオに強くなった僕を見せたくてがんばったよ」

「えらいぞ、リアム。さすが俺のご主人様だ」


 今日は俺の方がリアムの頭をよしよしと撫でる。

 えらすぎて俺は泣きそうだ。

 人の姿になると泣きそうなのを誤魔化しづらいのが困るな。


「強くなったって言っても、ほんとに基礎を習っただけだから、そんなに変わらないと思う。でも、この変化は、僕にとってはすごく大きなものなんだ」

「そうだな」

「レオ、変わる機会をくれてありがとう」


 笑顔を向けてくれたリアムの頭をもう一度撫でる。


「ご主人様のお役に立ててなによりだ」

「アベルの聖獣様にも感謝しなきゃね」

「鳥には俺から礼を言っておいたから、リアムの感謝は全部俺にくれ」

「あははっ! 分かった」


 レオは相変わらずだなあ、とリアムが笑った。

 その笑顔を見て、やっと幸せな時間が帰ってきたと思った。


「レオ、僕……狩猟大会、がんばるね」

「ああ、俺もがんばるよ」

 

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