第9話 飼い主がいないと犬は……

 俺とリアムでアベルにざまあ! をすることを決意し、三十日ほど経った。

 今日はとうとう、狩猟大会の日だ。

 会場である大湿原に来た俺達は、参加者から好奇の眼差しを向けられている。

 まあ、今は勝手なことを考えながら、好きなだけ見るといい。

 アベルだけじゃなく、お前達もぎゃふんと言わせてやるからな。


 ※


 退屈な開会式が終わり、本格的に狩猟大会が始まった。

 俺とリアムは一緒に行動し、魔物を倒していく。


「リアム、順調だな! 随分強くなったなあ」


 リアムは「鍛えて欲しい!」と騎士団長の元へ行ったが、王子様なのに門残払いを食っていた。

 だが、根気強く通い詰めた結果認められ、鍛えて貰えた。

 毎日厳しい訓練に耐えている姿を見るのは、過保護な俺としてはつらかったが、リアムには剣の才能があったらしく、騎士団長も驚くほど剣の腕が上がっている。


「ありがとう! やっぱりレオもすごいね!」

「ふっ、リアムには負けていられないからな!」


 俺も特訓した魔法でリアムをサポートしながら、魔物を倒していっている。


「リアム、ちまちま倒すより大物を狙おう」

「そうだね。大湿原で最高得点の大物はギガントフロッグだよ」

「一体いるかどうかだな。早い者勝ちになりそうだ。急ぐぞ!」


 ※


「……俺達、マジで強いよな?」

「だよね! ギガントフロッグ、仕留めちゃったよ! 僕達すごい!」


 倒れている巨大蛙の前で、リアムが嬉しそうに飛び跳ねている。

 ここまで拍子抜けするほど順調だ。

 順調すぎて、嵐の前の静けさのように感じる。

 このまま何も起こらなければいいが……。


「ねえ、レオ。アベル達はどうしているんだろう?」

「リス子が指示して、カラス達が様子を見てくれているけれど、普通にがんばっているみたいだ。何か妨害してくると思ったのに……予想外だな」

「正々堂々と勝負しようとしているのかな?」


 正直、俺はアベルをそんな素直な奴だとは思えないが……。


 何とも言えないモヤモヤと不安を抱えながらも時は過ぎ、狩猟大会は終了の時間を迎えた。


 退屈だった開会式とは違い、結果発表となる表彰式はわくわくする。

 どう考えても俺達が優勝だからだ。

 ギガントフロッグを倒したのは俺達だけのようだし、魔物を倒した数でも上位だ。


 リアムが表彰されるところを早く見たいな! と思っていると、何故かアベルが参加者達の前に出た。

 ……何をするつもりだ。

 リアムも嫌な予感がしたようで身構えた。


「みなさん! 狩猟大会はまだ終わっていません!」


 響き渡ったアベルの声に、参加者たちは混乱した。

 狩猟時間はもう終わっているのに、どういうことだ?


「最も厄介な魔物の討伐が残っています! 狩猟大会には、近隣一帯の安全を確保する意味もあります! この魔物を倒さない限り、大会は終われません!」

「そんな魔物がどこに?」と困惑する参加者達の声が聞こえる。

 ああ……もう、察したよ……。


「討伐すべき魔物はそこにいます! 神界から現れた魔物です!」

『ほらー! やっぱりそうじゃないかー!』


 アベルが大人しいと思ったら、これを画策していたのか!

 参加者達に俺を始末させるつもりだ。


『俺は魔物じゃない! 俺は神じゅ―――危なっ!』


 矢が飛んできて、慌てて避けた。

 おいおい……本気で俺を討伐しようとしているな!?


「神界の魔物が最高得点の獲物です!」


 アベルがそう声を張ると、参加者達からは興奮した声が上がった。


「お前を倒したら俺が優勝だ!」

「いや、わしだ!」

『ちょ……やめろ!』

「やめてよ! レオは僕の神獣だ!」


 リアムが必死に叫ぶが、その声は参加者の騒音でかき消されてしまう。


「……ふふ」


 観客席にいる王妃様がニヤついているのが分かる。

 クソッ、ぶっとばしたい!

 そう苛立っていると、もっとぶっ飛ばしたい奴が斬りかかってきた。


『アベル! お前……!』

「この手で始末してやる! 私は聖獣には頼らない。お前には魔物には聖獣を狂わせる能力があるみたいだからな!」

『クソッ!』


 人を傷つけることには抵抗があるから、人からの攻撃が一番困る。

 色んな訓練をしてきたのに、人を殺めたくないから迂闊に攻撃できない!


『ここはひとまず逃げるか……! リアム――』

「レオ!! あぶないっ!!」

『!?』


 俺の前に飛び出て来たリアムが、目の前で倒れて行った――。


『……リアム?』


 ……今……何が起こった?


「おい! 子供に矢が刺さったぞ!」

『!!!!』


 信じられない光景に、心臓の音がうるさくなった。

 倒れているリアムから、赤い血が流れている……。


「こ、子供が急に飛び出てくるから……!」

「だからって! お前……子供を殺しちまったぞ!」


 ――殺した?


『そ、そんな……嘘、だろ……』


 リアムが……死んだ?


 俺のリアムが……?


「……ッチ、愚図め! みなさん! 悲しい事故が起きてしまいました! でも、予定通りに我々は魔物の始末をしま――」

『……うるさい』

「ん? …………ひっ! な、なんだお前……!」


 アベルが俺に斬りかかって来たが、俺を見て怯えている。


『なんてこと……これはまずいわ! 神獣! 落ち着きなさい! 力を抑えなさい!』


 どこかで鳥の声が聞こえた気がした。

 ……でも、そんなことはどうでもいい。

 だって、リアムが死んだ。

 赤い血を流して倒れているリアムしか俺の目には入らない。


『……絶対に許さない』


 沸々と沸き上がる怒りが全身をめぐる。

 俺の体が、勝手に人の姿になっていく――。


「お前達……リアムを殺したな……?」


 俺の姿を見て、周囲がざわめく。

 恐怖の色が一帯に広がっていく……。


「魔物が人型に……? でも、あの全身に纏った禍々しい気配はなんなの!?」

「うるせえな……黙れよ……俺の質問にだけ答えろ!! 誰がリアムを殺した!!!!」


 俺の怒声と共に、周囲に雷鳴が走った。

 空も急激に黒くなっていく――。


「ひいいいいっ!! おい、矢を放ったのは誰だ!!」

「わ、私はっ悪くない! あの子が飛び出すから……!」

「そもそも、俺達が魔物を狙ったのは、アベル王子様の言う通りにしただけで――!」


 参加者達が一斉にアベル見る。


「な、なんだ! わ、私は魔物を倒せと言っただけだ!」


 アベル――。

 そうだ……こいつだ……こいつがすべての元凶だ!!!!


「お前のせいで!!!!」

「ひっ! ぐいぅっ……ぐっ……!」


 アベルの首を掴み、空へと掲げる。

 ゴミが苦しそうにしているが、そんなこと構わない。


「お前の母親は、リアムの母を殺した! そして! お前はリアムを殺した!」


 俺の糾弾に、周囲がざわつく。


「そんな噂があったけど、まさか本当に?」。

「ち、ぢがう! ご、殺して、ないっ!」

「嘘をつくな!! お前らのようなゴミ親子は!! 生きる価値がない!!」


 この場で俺がゴミの始末をしてやる。

 首を絞める手に力が入る。


「聖、獣っ……わた、しを……助けろ!!」

『……鳥、邪魔したらお前も始末する』

『…………』


 俺の言葉を黙って聞いていた鳥だったが、静かに姿を変えた。

 あんなに馬鹿にしていた人化を行ったようだ。


「お、お前っも、ひ、人型に……なれたのか! とに、かく、助けろ!」

「人間の姿をするなんて虫唾が走るけれど、こうしなければ話せないから……仕方なくよ。わたくしは契約者を助けることができない。だって、ただの聖獣であるわたくしが、王である神獣に勝てるわけがないじゃない」


 鳥の言葉を聞き、アベルが目を見開く。


「神獣、だと? この魔物が?」

「手を、手をお離しください! ご容赦を……! 神獣様!」


 観客席から、一人の男が駆け寄って来た。

 王妃の隣にいた、一番高貴な服を纏っている者――。


「……お前はリアムの父、王だな」

「は、はいっ……」

「リアムの母が殺された上、リアムはひとりぼっちでつらい日々を送っていたというのに……お前は今まで何をしていた!!!!」


 怒りに任せ、アベルを王に投げつけた。


「うぐっ!」

「……っく!」


 衝突した二人は痛みでうめき声をあげたが、王はすぐに体勢を整え、俺の前で土下座をした。


「も、申し訳ありません! わ、私は……王妃の背後にいる貴族達の機嫌を損なうわけにはいかず、レオニーとリアムを十分に救うことができませんでした!!」

「謝るのは俺じゃないだろ!!!!」

「はい!!!! レオニー……リアム……許してくれ……すまない……!!」

「……許されるわけがないだろ。レオニーさんとリアムは戻って来ないんだよ!!」

「すみません! すみません……」


 ……一応、このクズに後悔はあるらしい。

 だからと言って、リアムとリアムの母が救われることはない。

 でも、俺の怒りを鎮めるチャンスはくれてやろう。


「王。王妃とアベルの首をこの場で切り落とせ! そうすれば怒りを沈めてやる。……できないなら、俺はこの国を滅ぼす」

「そ、そんな……」

「早くしろ!!!!」


 硬直する王の隣では、アベルが怯えて泣きだした。

 観客席にいる王妃の顔も恐怖で歪んでいる。


「お許しくださいお許しくださいお許しください」

「神獣様……ごめんなさい……もう何もしません!」


 アベルと王が、震えながら許しを請う。


「何もしません、だ? 遅いんだよ……もうリアムはいないんだ。お前だけは、絶対に許さない!!!!」


 俺は怒鳴りながら、周囲を黒い業火で覆った。

 それと同時に、参加者達からは悲鳴があがる。

 うるさい……お前達だって加害者だ!


「ここにいるお前達は貴族だ! みんな、リアムに起きたことを知っているはずだ! それなのに誰一人、リアム親子に手を差し伸べなかった! 母を殺され、絶望に圧し潰されそうな子供を冷遇し、更なる絶望が待っているのに目を逸らして来たんだ! お前達も同罪だ!!」


 俺の絶叫と共に、業火が勢いを増した。


「王! このままでは国が……! わたしめが代わりに王妃と王子の首を……!」

「い、嫌よ! 死にたくないわ!」

「私もです! 首を切り落とすなんてあんまりだ!」


 王族の連中が騒いでいるが、お前達はみんないなくなるから安心しろ。

 リアムがいない世界なんて、全部壊せばいい。


 俺の体が勝手に変わっていく。

 とてもとても大きな黒い獣に――。




「……もう手遅れね。正気を失った神獣は厄神になり、その身が亡ぶまで破壊を続けるでしょう。……残念ね。あなたは変わっているけど、とても良い神獣だったのに……」

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