第7話 一目置かれ始めた美少年と……犬?

 俺がリアムの犬になり、100日ほど経った。

 館の裏に作った畑の野菜のおかげで、リアムの栄養状態は改善した。

 肌艶もよくなり、身体もしっかりしてきて背も伸び盛りだ。


 俺も異世界漫画に倣い、ドリアードの協力を得て植物性シャンプーを作ったところ、リアムのキューティクルも回復して艶々な銀髪になった。

 更にドリアードが綺麗にカットし、服も植物繊維で作った。

 ドリアードのトータルコーディネートにより、リアムは『月の麗人』はたまた『森の妖精』か? という美少年に仕上がった。


『リアムは本っ当に綺麗になったなあ』


 飼われている俺も鼻高々だ。

 生長途中の美少年の色気というのは魔性で、今までリアムを冷遇していた人達まで魅了しつつある。


 馬鹿みたいに質の良い野菜が採れる畑があり、動物達に守れているこの不思議なリアムの屋敷も噂になっている。

 俺も『汚い犬』から『不思議な魔物』と認識が変わり、リアムが周囲から一目置かれるようになってきた。


 一方、城のメイド達は、このリアムの館……いや、主に俺に怯えている。

 メイド達がリアムを冷遇する度、俺がリス子に指示して嫌がらせを続けていたからだ。

 食べている食事をねずみに奪われたり、寝ているところにうさぎが入って来てベッドの上で跳ねたり、窓を開けていると鳥が大群で入ってきたり――。


 そんな状況が続いたり、俺が意味ありげに姿を現していった結果、俺には動物を操る能力があると察したようだ。

 恐れられるのは不本意だが、それでリアムが健やかに過ごせるならいい。


 とにかく、リアムが「母さんと暮らしていたときと同じくらい楽しい」と言ってくれるくらい、俺達は穏やかな暮しを送っていた。

 だが、それが気に入らない人達がいたようで――。


 ある日突然、リアムの洋館に歓迎できない来客があった。

 無駄に派手な金髪、肩に聖獣を乗せた男、アベルだ。


「光栄に思うがいい。今年の狩猟大会にお前を招待してやる。その不気味な魔物と一緒に来い。……欠席なんて無礼は許さんぞ」


 そう言うと、招待状を投げ落として去って行った。

 いらないな……関わりたくないし……。


『拾いたくないけど……放っておくわけにはいかないか』


 床に落ちているそれを口でくわえて拾い、リアムに渡す。


「はあ……拾わせてごめん。ありがとう。……狩猟大会か」


 狩猟大会は、豊作を祈って毎年行われているが、招待されるのは王族や上流貴族。

 リアムは今まで出たことはないそうだ。


「何を企んでいるんだか……。どうせまた、僕に恥をかかせるつもりだろうけど……。馬鹿にされたって死ぬわけじゃないし、どうでもいいよ。出席はしなければいけないようだし、適当にやり過ごせばいいか」


 そう言うと、招待状を片付けてしまう。

 興味なさそうに部屋に戻っていくリアムの背中を見て、俺はもやもやしてしまう。


『……俺は嫌だ。もうリアムを笑い者にはさせない』



 俺とリアムは、毎晩暖炉の前で一緒に寝る。

 だが今日は、リアムが寝たのを確認すると、こっそりと外に出た。

 俺が騒いでもリアムを起きない様に屋敷から離れる。


『……俺は神獣なんだろ? 俺の力ってなんだ? 行き当たりばったりの力じゃリアムを守れない』


 俺は自分の力を把握するため、色々と試してみようと思う。

 森の中でちょうどいい開けた場所があったので、そこで足を止めた。

 綺麗な月が頭上にあり、視界もほどよく明るい。


 よく見ると、動物たちが俺が来たことに気づいたようで、距離を置いてこちらを見ていた。

 森の月夜に動物に囲まれるなんてファンシーだ。

 

『お前達、危ないから近づくなよ』

『分かったのー』


 この声はリス子か。

 夜中にまでやってくるなんて忠臣だなあ。


『さて、やりますか』


 鳥に火球を放たれたときのことを思い出しながら考える。


『魔法を使う感覚が分からないな。鳥がいれば色々質問できるんだけどな……。鳥、来てくれないかなあ』

『呼んだかしら?』

『!!』


 気配がないのに、突然声が聞こえて驚いた。

 視界に影が見えたので空を見ると、月をバックにして鳥が羽ばたいていた。

 ゆうがだなあ、おい。


『鳥? どうしてここに?』


 声を掛けると、鳥は目の前に降りてきた。


『あなたが呼んだからじゃない。聖獣は神獣には逆らえないもの』

『そうなのか? じゃあ、お前が俺に火球を放ったとき、やめろ! って命令したらやめたのか?』

『そうね。契約者といえど、人間ごときが神獣を超えることはないもの』


 ふふん、と当たり前のことのように話す鳥を恨めしく見る。


『だったらそうだと教えてくれたらよかったのに……』

『聞かれていないもの』

『お前なあ……』


 役立つ過去のデータがあるのに、「要望を頂いておりませんので」と言い放った取引先の担当者の顔が浮かんでイラっとした。

 でも、いいことを聞いた。


『なあ、鳥。今、この世界にいる神獣ってどれくらい?』

『神獣はあなただけよ。聖獣は王家の血を引く者が契約しているから、十はいるけど……』

『そうなのか!』


 ……ということは、聖獣を使って何か仕掛けられても、俺が命令すれば止めることができる。

 これを知ったのは大きな収穫だ。


『あとはやっぱり、俺自身の強化だな。なあ、魔法ってどうやって使うんだ?』

『はあ?』


 俺の質問に、鳥は心底呆れている。


『あなたは神獣――獣の王であり、神よ。獣や聖獣ができることで、あなたができないことはない』

『じゃあ、鳥がやっていた炎もだせるか?』

『当然よ。炎を自分の意思の通りに扱える――それが当たり前だと思って実行するの。あなたの意思の力で、【当たり前の事象】として起こすの。何度もやって見るといいわ。やればやるほど、感覚を掴めるでしょう』

『分かった。ありがとう!』


 ……なんて頷いたが、まだ実はよく分かっていない。

 とにかく、「俺は炎を出せる! それが当たり前!」って思ってやって見ろ、ってことだな。

 バリアの時は、できるかな? って思ったからだめだったのかもしれない。


『攻撃とか危険なことより、とりあえずバリアを成功させたいな。バリアができて当然! でやり直してみるか』


 目を閉じてイメージする。

 ずっと虫の鳴き声が聞こえてたいたが、集中するとそれらは消えた。

 イメージでバリアが…………できる!

 絶対できる!

 で き る!


『できたじゃない』

『え? おおおおっ!!』


 鳥に言われて目を開けると、確かに俺を守る透明な膜ができていた。

 バリアの魔法に成功した!

 次は強度の確認だ。


『鳥! ここに軽く火球を当ててくれ!』

『まったく、鳥使いの荒い神獣様ね』


 文句を言いながらも、鳥は要望通りに火球を放ってくれた。

 すると、火球を防げたが……俺のバリアも消えた。


『あれ?』

『脆弱なバリアだこと』

『ま、まあ……今、ゼロから一歩踏み出せたんだ。この一歩はでかい。あとは走り出すだけだ!』


 これから狩猟大会まで、毎晩特訓すればかなり成長できるだろう。

 リアムの力になれそうな気がしてきて、嬉しくなってきた。


『まあ、がんばりなさいな。完璧な存在である神獣がなんて、意味が分からないけれど』

『鳥、来てくれてありがとうな。助かった』

『……ふふ。いきなり呼ぶのはこれっきりにして頂戴』


 迷惑だと言っているようなセリフだが、鳥はまったく怒っていない。

 むしろ応援してくれているようだ。

 アベルなんかの聖獣だけど、鳥は良い鳥だよな……。


『あ、鳥! 人化! 人の姿になることってできるか?』


 聞き忘れていたことを思い出し、飛び去って行く鳥に聞いた。

 人の姿になったらリアムと話ができるし、色々世話もしてあげられる。


『……そんなこと、やろうと思う聖獣はいないわよ』

『え? どうしてだ?』

『下等な人間の姿になりたいなんて、思うわけがないでしょう?』


 そういえば時折気になっていたが、鳥はどうも人間を見下している節がある。

 聖獣はみんなそうなのだろうか。


『じゃあ、できないのか?』

『やってみればいいじゃない。すべてはあなた次第よ』


 鳥はそう言い残し、今度こそ飛び去って行った。


『そうだな……やってみるか』


 何事もチャレンジだ。

 さっきバリアを張ったときのように、目を閉じてイメージする。

 前の俺……神代佑真になる! 神代佑真になる!


『…………あ』


 妙な感覚に襲われた……体の中がぐにぐにする……。

 とてつもなく気持ち悪いが、しばらく耐えていると落ち着いてきた。


「……もしかして、人の姿になった? あ、声が……話せる!」


 自分の体を見ると、久しぶりに二つの足で立っていた。

 少しバランスを取るのが難しくてぐらぐらする。

 それに、体を覆っていた毛がなくなり、見慣れた肌の色が見えて――。


「戻った! けど……全裸じゃないか!!」


 これじゃただの露出狂……変態だ。

 全裸で動き回るわけにはいかないので、結局俺は犬に戻り、リアムの館に帰ったのだった。

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