第5話 嫌われ美少年とのくらし

 リアムに召喚された日から一夜明けた。

 ここの夜は寒い。

 使える暖炉が談話室にしかないため、リアムはいつもソファで寝ているようだが、今日は暖炉の前に毛布を敷いて、俺と一緒に寝た。


「おはよう。犬」

『……おい、待て待て。リアムよ、犬って呼ぶのはあんまりじゃないか? 俺は神代だ。まあ、伝えられないから、何か適当に名前をつけてくれよ』


 ……と言っても伝わるわけはなく、リアムは俺に「犬」と呼び続ける。


「犬、よく眠れたか?」


 悲しい、もっと俺に愛着を持ってくれ!


「今日はあまり寒くなかったから、僕はぐっすり眠れた。……お前のおかげだな」

『おう! 俺が添い寝したから、温かさマシマシだっただろ? ……ん?』


 暖炉から離れて身支度を整えているリアムを見ていると、人の気配が近づいて来た。

 窓の外を見ると、二人のメイドが何かを持って来ていた。


「うん? ああ。あの人達は、僕の一日分の食事を持って来てくれているんだ」

『え? まとめて一日分持ってくるのか? それじゃあ、温かい食事にはありつけないじゃないか! 俺、抗議してくる!』

「あ、待って! どこに行くんだ!」


 引き留めるリアムに構わず、俺はメイドの元へ駆けて行った。


「あら……? きゃあっ!!」

「魔物!?」


 勢いよく駆けて来た俺を見て、メイド達は怯えている。

 大丈夫、襲い掛かったりしないぞ。


『おい、君達! リアムの食事環境をもっと良くしてくれ! 冷えた飯なんて最悪だ。量も足りないぞ!』

「な、何?」

「分かんない。いったいなんなの……」

「犬!」


 追いついて来たリアムが、後ろから俺を抱き上げた。

 走って行かないように捕まえられた?


「リアム様、それは……」


 様をつけて呼んでいるが、メイド二人もリアムを軽視しているのが分かる。

 こんな人達がリアムの世話を担当しているなんて許せない。


「この子は……ただの犬です」


 ただの犬、と紹介される成人男性の俺って……。

 せめて僕の愛犬です、って紹介してくれたら救われるのですが……。


「犬、ですか? 魔物に見えますが……」

「本当にただの犬です! あの、この子にも何かごはんを貰えませんか?」


 リアム! 俺のごはんを頼んでくれるなんて……!

 そう感動していたのだが――。


「ご用意できません」


 リアムの優しさでほっこりした気持ちが吹っ飛んでしまう、冷たい声だった。

 一応用意できるか、上の者に確認くらいしろよ!

 メイド達はリアムを構うこともせず、食事を置くと去って行った。


『おのれ、メイド……。……いでよ、リス子!!!!』

『はい、おうさま!』


 リス子と命名した昨日から世話になっているリスを呼ぶと、どこにいたのか知らないがすぐに現れた。

 優秀で素晴らしい!


『ネズミ達に、あのメイド達の食事を奪って食べるように頼んでおいてくれ』

『わかった!』


 食べ物の恨みは、食べ物で晴らす!


「わあ、リスだ……。お前が呼んだのか?」


 突然現れたリス子に、リアムが目を輝かせている。


『そうだ。俺の部下だぞ』

『ぼく、おうさまのしもべなのー』

『言い方に語弊がある』

「お前達、会話しているのか? 可愛いな……」

『リアムに可愛いって言われた……!』

「……リスが」

『おい! 俺も可愛いに入れろ!』




 ※




 メイド達が持ってきたリアムの朝食は、パンだけだった。

 だから! 少な過ぎるんだって!

 昨日、リス子達に取ってきて貰った果実があるからいいが、こんな硬くて小さいパンだけの朝食が続くことはよくない。


 だから、この屋敷の裏に畑を作れないかとリスに相談してみた。

 すると、リス子は「まかせて! すけっとをよんでくる」と言って飛び出て行ったのだが……。


『リス子さんよ……まさか熊をつれてくるとは!』


 屋敷の裏で気配がする! と思い駆けつけると、熊が鋭い爪で畑を耕していたのだ。


『ぼく、いちばんじょうずにはたけつくるこ、つれてきた!』


 リス子が「えへん!」と誇らしげに立っている。

 確かに素晴らしいスピードとクオリティで畑が完成していくが、怖え……。


「騒々しいけど、何が…………熊!?」


 畑を作っている熊を見て、リアムが腰を抜かしている。

 そうだよな、びっくりするよな。

 俺も神獣じゃなく、人間の立場で見たら死ぬほどびっくりすると思う。


『大丈夫、襲って来たりしないからな。この熊は協力してくれるいい熊だ』

『!』


 俺の言葉が聞こえたのか、熊は畑を耕す作業をピタリと止め、俺の方を向いて伏せた。


『王よ。お力になれて光栄です。……ちなみに、おれだけじゃなく、モグラ達も協力しています』

『ありがとう! え? モグラも?』

『はい! 王様~! おいらたちもがんばるよ』


 俺と熊の会話が聞こえていたようで、土からモグラが三匹顔を出した。

 ついモグラ叩きのゲームを思い出して叩きたくなってしまったが、そんな俺の横でリアムが目を見開いていた。


「熊が平伏してる……モグラが出てきた……どうなっているんだ?」

『すごいよな? 俺のお願いを聞いてくれているんだぞ? じゃあ、お前達、よろしく頼む』

『承知しました』

『あいあいさー』

『畑はすぐにできそうだな。あとは種とか苗とかだな。なんとかすぐに野菜を収穫できるようにならないかな。さすがにそれは無理か……』


 俺がそう呟いた瞬間、見守っていたリス子の目がきらりと光った。


『おうさま、そこもぬかりがないの! このかたをおよびしているの!』

『この方?』


 首を傾げていると、妙な気配を近くに感じた。

 次の瞬間、近くに緑色を帯びた光で現れた。


『なんだ!?』

『初めまして。神なる獣の王にご挨拶申し上げます』


 光の中から透き通るような綺麗な女性の声が聞こえた。

 少しすると光は消え、そこには緑の髪の美しい女性が立っていた。

 幽霊のように半透明だが、裸に蔦が巻き付いているだけの中々刺激な姿だ……。


「魔物!? いや……精霊!?」


 緑の女性の姿は、リアムにも見えているようだ。

 リアムが今日一番の驚いた顔をしている。


『リス子、この方は?』

『もりのせいれい、ドリアードさまなの! やさい、なんでもつくれるの!』

『この子の言う通り、植物に関することならあなた様の願いを叶えることができます。なんなりとお申し付けください』


 野菜を作ってくれる精霊を連れて来てくれるなんて、リス子有能過ぎるだろ!


『みんなありがとう! じゃあ、欲しい野菜は……。リアム、リクエストある?』

「…………」


 相談したいが会話ができないし、リアムはこの光景に唖然としているばかりだ。

 俺が適当に頼もう。


『調理ができないから、生で食べれるような野菜を適当に作ってくれないか?』

『承知しました』


 ドリアードが頷くと、畑が光始め、みるみる野菜が育ち始めた。

 茶色一色だった畑に、あっという間に瑞々しい野菜の色が増えていく。


「ど、どうなっているんだ……?」


 目を見開いて驚いているリアムの横にドヤ顔でいる俺だが、俺もとても驚いている。

 森の精霊様、すごいな。


『ドリアード、ありがとう! 本当に助かるよ』

『神なる獣の王のお役に立てて何よりです』

『何かお礼できたらいいのだが……』

『おうさま! げんきをすこしあげたらよろこぶの』

『元気をあげる? 別にいいけど、どうすればいいんだ?』


 ゲームのようなイメージでいうと、HPとかMPをドレインするってことだろうか?


『健康に支障がでないレベルなら、勝手にやってくれていいけど……』


 俺がそう言うと、今まで優雅な振る舞いをしていたドリアードが急に狼狽え始めた。


『…………え? よ、よよよいのでしょうか! 神なる獣の王のお力を分けて頂くなど! そんな光栄を賜って!』

『え? いいけど……』


 そんなにソワソワされると、俺、引いちゃう……。


『で、では……失礼しますわっ!!』


 ドリアードがドレインをしているのか、確かに少し力を奪われている感じがした。

 でも、ちょっと貧血なのか? と思う程度の感覚で何ともない。


『はわぁ……いただきました……すごい……ありがとうございます……わたくし、一生王についていきます……』


 ドリアードは恍惚とした表情で礼をいうとスッと消えていった。

 

『急に成人規制しなければいけないような顔と雰囲気なったのは何なのか……』


 はっ! そういえばここにはリアムという未成年がいた!


「……お前、あの精霊様に変なことをしたのか?」


 ドリアードの妖しい様子を見ていたリアムは、変質者を見るような目で俺を見ていた。


『変なこと!? まさか俺がセクハラしたと思っているのか!? 俺は何もしてないぞ!? 誤解だ!』

『おうさまのちからは、せいれいにとってはとんでもないごちそうなの。あたえられると、いっしょうみをささげてしまうほどとりこになるの』

『みを捧げる!? リス子! そういうことは先に言え!』

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