第4話 嫌われ美少年と犬、ちょっと近づく
『そういう訳にはいかないよ。俺、がんばるから。君が飼ってくれ!』
リアムには「がうがう」としか聞こえないと思うが、必死に伝える。
「……はあ」
リアムは大きなため息をつくと、再び歩き始めた。
俺もまた黙ってあとをついて行くが、今度は何も言われない。
完全に無視をされているが、鋼の心でついて行く。
絶対にリアムに飼って貰うぞ!
建物の外に出ると、近くに立派な城が見えた。
ヴェルサイユ宮殿のような華やかで美しい城だ。
離れたところに整えられた美しい庭も見えたが、この辺りは緑一色でシンプルだ。
城の敷地内のようだが、リアムは城から離れて行く。
リアムも王子様なのに、城に住んでいないのだろか……。
城の敷地は広く、手入れされた木々が並ぶエリアを抜けていく。
『だんだん寂しくなっていくなあ』
さらに木々が増え、野鳥の鳴き声が響く自然を感じる場所に来てリアムの足は止まった。
目の前には落ち着いた雰囲気の洋館がある。
俺は好きな感じだけど、王子様が住むには地味過ぎる。
『城の敷地内なのに、普通の洋館って感じだけど……。もしかして、リアムはここに住んでいるのか? …………あっ』
洋館の中に入って行くリアムに続こうとしたのだが、扉を閉められてしまった。
『閉め出されたか。悲しい……大人なのに泣く……。でも、仕方ない。開けてくれるのを待つか』
ただ待つのも暇だし、ここに来る途中で見かけたリンゴでも収穫してくるか。
リアムの華奢の体を見ていると、まともに食べていないことは明らし、少しでも栄養を取らせよう。
※
てくてくと来た道を戻る。
城から遠ざけられている現実は悲しいが、自然に囲まれて静かに暮らせるのはいいと思う。
ビルに囲まれて社畜をしていた頃より百倍いい。
でも、それは俺がそう感じているだけで、リアムはただただ寂しいだろう。
一緒にいて、少しでも楽しくしてあげることができればいいのだが……。
そんなことを考えていると、さっき見かけたリンゴの木の前に戻って来た。
『どう見てもリンゴだけど……俺が知っているリンゴと一緒だよな? 毒、とかじゃないよな?』
『たべられるよ!』
『! ……え? リス?』
返事の元を辿ると、そこには可愛いリスがどんぐりを食べながら立っていた。
どんぐりの木も近くにあるのか? ここの季節ってどうなっているんだ?
そんなことが気になりつつもリスに聞いてみた。
『今の声は君だよな? 君は俺の言葉が分かるのか?』
『かみさまのこえなら、みんなわかるよ?』
『みんな? リスだけじゃなくて他の動物もか?』
『そうだよ! かみさま、りんごほしいの? ぼく、とってこようか?』
『え? いいのか? 頼む!』
リスに頼むと仲間を呼んで、みんなでリンゴを持ってきてくれた。
俺の前にリンゴの山ができた。
すごい……これはいい!
『……ということは、他のことも頼めるのでは?』
悪知恵が働いた俺は、リスや他の動物達に頼みごとをして、自分は悠々とリアムの館に戻った。
使えるものはリスでも使う。
これが汚い大人の生き方である。
戻ったらリアムが待っていてくれないかな、と思ったが、普通に扉は閉ざされたままだった。
『まあ、気長に待つか』
※
館の前で伏せ、のんびり待っていると寝てしまった。
寝る前は明るかったが、今はすっかり日が落ちている。
この場所に戻ってから五、六時間は経っているだろう。
熟睡したな……。
『おうさまー。持ってきたよ』
『お? おおっ』
あのリスの呼ばれてそちらを見ると、美味しそうな木の実や果実が山積みになっていた。
主にリンゴだが、マンゴーや無花果、桃、パイナップルっぽいものまである。
食べられそうだけど、本当に季節感はどうなっているのだろう。
『ありがとう! すごく助かった。手伝ってくれた動物達にも礼を言っておいてくれ。あと、また頼んでもいい?』
『おやすいごようなの』
リスは可愛く尻尾を振ると去って行った。
すごく可愛い……リアル童話の世界最高……。
「……お前、まだいたのか」
『!』
声が聞こえて振り返ると、そこにはリアムが立っていた。
『出て来てくれたのか! ありがとう!』
「その山積みの果実はなんだ?」
『よくぞ気がついた! お前にやるから食べてくれ!』
リンゴをひとつくわえて差し出す。
あ、しっぽが勝手に揺れる。
「…………」
リアムが顔を顰めたまま、ジーッと俺を見る。
俺は目をキラキラうるうるさせて見つめ返す。
お願い、俺を飼って!
その願いを込めてしばらく見つめていたら――。
「……はあ。おいで。寒いだろう?」
『!』
呆れたようにため息をついたリアムが、扉を開けて俺を迎え入れてくれた。
やった! やった!
まったく寒くはないのだが、「だったら出て行け」と言われたら嫌なので黙っておこう。
尻尾をブンブン振りながらついていく。
「……あの果物、貰っていいのか?」
『わん!』
あ、嬉しすぎて心の中でも犬の鳴き声になってしまった。
とにかく、貰ってくれ! と尻尾をぶんぶん振る。
「……ありがとう」
リアムが控えめな笑顔を見せてくれた。
嬉しくて思わずわん! と鳴いた。
『いいって! 俺、待ってただけだし』
「ここで待っていて。あの果物をなんとかしないと」
リアムはそう言うと、山盛りのくだものを移動させに行った。
大きな布にくるんで運んでいる。
俺も手伝おう。
玄関脇に手かごがあったのでそれに入れ、咥えて運んだ。
「賢いんだな」
俺の様子を見てリアムが感心している。
褒められて嬉しい。
何往復化して運び終えたところで、リアムが俺の頭に手を置いた。
え、嬉しい。
「こっちに来い。まずはその泥を落とそう」
『あ、そうだった!』
俺は自分が泥だらけだったことを忘れていた。
こんな汚いまま、人様の家に上がって、しかも果物を運ぶだめにうろうろして申し訳ない。
リアムが連れて来てくれたのは、石鹸が一つ置かれているだけの殺風景な風呂場だった。
痛んでいるリアムの銀髪は、手入れをするととても綺麗になるだろう。
異世界漫画の要領で、劇的効果のあるシャンプーやリンスを開発できないだろうか。
そんなことを考えている内にリアムは大きめの桶に水を溜め、その中に俺を入れた。
『うわあ……汚ねえ……』
すぐに濁っていく水を見て、俺は思わずつぶやいた。
リアムは唯一の石鹸を使って、モクモクと俺を洗う。
俺のために使ってもよかったのか?
いい子だな……やっぱり幸せにしてあげたいな……。
新しい石鹸も山ほど買ってあげたい。
「よし。綺麗になった。お前……かっこいいね」
汚れが落ち、綺麗になった俺を見てリアムが感嘆の声を漏らした。
『そうなんだよ! 俺、綺麗になるとかっこいいだろ!?』
泉の水に姿を映して見たときは泥んこだったが、それでもかっこよかった。
綺麗にして貰った今、白銀の毛並みが輝いている。
虎柄の模様もかっこいいし尻尾も最高だ。
「あ、おい……濡れたじゃないか!」
『ご、ごめん……』
褒められたことが嬉しくて飛びついてしまい、リアムをびしょ濡れにさせてしまった。
精神が犬モードになっているのか、嬉しくなるとじゃれてしまう。
しゅんとしていると、リアムが苦笑いしながら布で拭いてくれた。
仕方ない犬だな、と呆れているようだが、もう俺に対して怒りはないようだ。
よかった……。憎まれるのは仕方ないと腹を括ってはいたが、本音はものすごく悲しかった。
リアムに嫌われ続けるのはつらすぎる。
犬として生きていく希望をなくす。
「じゃあ、あっちで乾かすか。ついて来て」
『おう!』
リアムは談話室のようなところに、俺を連れて行ってくれた。
暖炉がある広い部屋で、中央にはテーブルがある。
古いソファがコの字に置かれていて、十人くらいは座れそうだが、この洋館には俺とリアムしかいない。
つまり、俺がいなかった今までは、リアムはひとりぼっちだったってことだ。
察していたことだが、改めてリアムの寂しい現状を思い知った。
食事を終えたばかりなのか、空になった小さめのお皿があるが………少なくないか?
育ちざかりの少年が満足する量だとは思えない。
心配になっていたところに、リアムが話しかけてきた。
「ここにおいで。お前、神界に帰らないということは、やっぱり犬か魔物なんだな?」
『だから神獣だって……』
炎が揺れる暖炉の前に呼ばれたので、言われた通りにする。
伏せると、更に布でゴシゴシと拭かれたのだが、手つきが優しくて気持ちいい。
「お前は犬か魔物なのに、僕の召喚に応えて来たのか?」
『うんうん』
「!」
頷いて見せると、リアムが目を見開いた。
「お前、僕が言っていることが分かるのか?」
『え? うん。今まで伝わってなかったのか?』
果物を渡したりしていたので、ある程度意思疎通できることは分かってくれていると思っていた。
「ただの犬じゃないってことは……魔物なのかな」
『だから! 神獣だっつーの!』
「……何か一生懸命言っているな? でも、さすがに分からないよ」
俺が必死に言い返す様子が面白かったようで、リアムがくすりと笑った。
そして、布を置くと、ゆっくりと俺の背中を撫で始めた。
撫でられるのって気持ちがいい。
「一人じゃない夜は久しぶりだな」
『デザートもあるぞ』
テーブルの上に置いていたリンゴに目を向けると、リアムに意味が伝わったようで、また笑った。
「……お前といるのも、悪くないかも」
『! そうだろ? よろしく頼むぞ、ご主人様』
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