第十四話 勝負?
杏子に宥められながらも、翔子はぶつぶつと文句を言いながら喫茶店を出て行った。
「二回目以降、あるかな?」
席を片付けながら、由貴が虹雨に尋ねる。
「たぶん、また取り憑くやろうな……って、亜美さんの義母さんだったんかいな」
虹雨は思わずつぶやいた。
「……住所的には、この喫茶店から二人とも遠いから、鉢合わせることはないけど、亜美さん元気かなぁ」
由貴は心配そうに呟いた。虹雨は、また情が移ると厄介だ、と思ったその瞬間……。
「よっす」
突然の声に振り向くと、スーツ姿の男が立っていた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」
由貴は普通に席に案内したが、男は
「なんだ、スルーかよ!」
とツッコミを入れる。
「これはこれは、宮野刑事。そちらも警察ごっこ、お疲れ様です」
虹雨が軽く言い返すと、宮野刑事は鼻で笑った。
「ふんっ、一緒にしないでくれよ」
このスーツ姿の男、宮野刑事は美帆子の相談所と繋がりのある警察関係者で、虹雨と由貴も心霊依頼が事件に発展した際に、よく担当として顔を合わせる顔なじみだった。
「先日は蓬高校にいたなぁ」
「除霊供養の依頼でしたからね……こないだは理科準備室の人体骨格模型が校長の奥様の骨だったって話で……あれだけでも警察の方々が動いて、お疲れ様ですー」
虹雨は立ち上がって敬礼する。彼よりも背が高い宮野刑事は、茶化す虹雨を見下ろして睨みつける。しかし、虹雨も負けていない。
一気に捲し立てる。
「でも、単に事故死した奥さんの人骨を、元理科教師だった校長が人骨模型としてそばに置いていたって話……元は校長が若い教師に手を出して不倫関係になって、痴話喧嘩で奥さんを二人で殺したことを事故死と警察は騙されて……っていうか、ずさんな捜査をしたことがバレてお忙しいんじゃないですか?」
「ぬぐっ……!」
たじろぐ宮野。周りの客たちがジロジロ見ている。
「お前、声がでかいっ……」
「あと……」
虹雨が視線を変える。そこには渚がいた。
「いらっしゃいませ、宮野さん。席、こちらに」
「あ、ああ……ありがとう渚さん」
「またお決まりの時にお呼びください」
渚に案内された席に宮野が座るが、虹雨も向かい合わせに座る。
「なんでお前も座るんだ?」
「やっぱり、あなたは渚さんに興味があるんですね」
「!!!」
図星のようだ。
「べっぴんさんですよね。でも、まだ恋に奥手な彼女には、あなたみたいに女を泣かせるような男は合いませんよ」
「なぬっ!」
またもや図星のようだ。虹雨は宮野の後ろを指差す。
「背中にたくさん、過去の女性の泣き顔が……」
そう言われて、宮野は振り向き、悍ましい顔をする。
「……渚さん見たさに、足繁く通ってるんですね、俺らがいない時にも」
宮野の顔は真っ赤だ。
「いや、その、声のトーンを落として話そう」
宮野は声を小さくした。彼自身も相当声が大きかった。
「自覚してるんですね。どうする、ホットにする? アイスにする?」
「まだいい……渚さんが来る前に聞きたいことがある」
「なんですか?」
「渚さんと付き合うには、どうしたらいいと思う?」
虹雨は笑った。宮野は
「笑うところか?」
と尋ねる。
「渚さんは親御さんに大切に育てられた一人娘です。父であるマスターは、過去にあんたと同じ職業だった」
宮野は振り返ってカウンターの中でコーヒーを淹れているマスターを見た。とても温厚でおおらかだ。
「同じ刑事だったのか。なんかやりづらいなぁ」
虹雨はふと横を見る。見えない人には見えないが、虹雨たち霊能力者には見える。
『ちょっと無しだなー』
首から上がない女性の幽霊が、そう言っている。
『うちの娘に……こんなチャラい男は駄目ね』
渚の本当の母はとうに事故で亡くなっている。届いた小包の爆弾で頭が吹き飛んだ。犯人は見つかっていない。
今の渚にとっての戸籍上の母は美帆子で、宮野とも周知の中だ。
だがこの首のない女の幽霊、渚の母……美月は宮野を好まないようだ。
『気の弱い渚には、主人のように穏やかで優しい人がいいんですっ! さっさと追い払ってちょうだい』
「クククッ」
他の人には見えないのにヒステリックな美月につい虹雨は笑ってしまった。
「どうしたん……」
「いや、なんでもないです」
宮野はジッと虹雨を見ている。
「なんだよ、ジッと見て」
「……もしかしてだけど、渚さんは虹雨、お前のことが好きかもしれない」
『あらあらあらぁ……』
後ろで美月も笑う。虹雨は特に何もリアクションをとらないが、
「それはどういう理由で?」
と尋ねる。
「……目線がいつもお前の方を見ている」
「そんなアホな」
「なんでお前なんかを。僕は刑事として職を全うしている。剣道の腕前もある。渚さんを守れるのはこの私だ!」
『そうね、警察官……公務員は良いわよねぇ』
美月は心が揺らいでいるが、虹雨が指を鳴らすと彼女は静かに消えた。
「……お前はどう思ってる? 渚さんのことを!」
「宮野さん、それ聞いてどうする?」
いきなりの宮野の質問に虹雨は困惑する。
「もし好きだと思っているなら、正式にライバルとして正々堂々と闘いたい」
「はぁー?! なんて面倒な!!!」
「わたしは勝ち負けをつけないと気が済まない!」
二人のやり取りを見守る周りの客たちも、二人の険悪な関係に気付き始めていた。
「さぁ、教えろ……!」
宮野が虹雨に詰め寄ったその時だった。
「虹雨さん、予約のお客様が……」
渚が女子高校生3人を連れてくる。彼女たちはアンティークな喫茶店の内装に目を輝かせながら、興味深げに周囲を見回している。
虹雨はにっこり表情を変えて立ち上がった。
「来てくれてありがとなー。衝立の向こうの席にどうぞ」
「わー、動画のまんま! めっちゃイケメンだしー」
「本物の方がええやろ?」
「うんうん! 不気味な雰囲気さらに醸し出してるぅー!」
「褒め言葉や、嬉しいー」
褒め言葉かどうかはさておき、ニコニコする虹雨に明るい女子高生御一行の来店で一気に喫茶店の中が賑やかになる。虹雨は女子高校生たちと楽しげに話しながら席を移動しつつ、宮野に向かって言った。
「……言っとくが、俺はゲイでアセクシャルなんで」
「ゲ、ゲイ?! アセク? ん?」
宮野が困惑する中、虹雨はそのまま高校生たちと奥の席へと向かっていく。だが、宮野は虹雨の背中を見つめながら、
「なんだか、腑に落ちないな……」
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