第十二話 対策法

 二人は車を走らせ〇〇郡に近づくにつれて、気持ちが次第に重くなっていった。外の風景は静かで、美しい田園風景が広がっている。しかし、その静けさが逆に不気味さを感じさせた。


「……なんだか、あの口裂け女に会うたびに、俺の口でなくて心が裂けそうな気分になるわ」

 と虹雨がぼそりと言った。


 由貴はハンドルを握りしめながら、思わずため息をついた。さっきからため息を付きすぎている。やはりあまり気が乗らない案件なのであろう。いや……虹雨に対しての不満のようである。

「正直虹雨のお喋り口は縫い付けたい……」

「何言った?」

「なんでもない」

「由貴、なんで幽霊って、あんなに未練がましいんやろな……。成仏できるなら、さっさと天国行った方がええやろに」

「まぁそれ子供の時から永遠に考えてる……考えても考えても思いつかない、想像もできない」

「……全員にはそれぞれの理由なんて理解できないだろうな。自分の気持ちが全員に理解されないようにな」

「……ん、まぁ」


 虹雨は窓の外を見ながら、かすかに笑みを浮かべた。

「俺たちがその未練を断ち切る役目なんやから、頑張らんといかんな」

「そうやな……」

 と由貴が同意しながら、再びハンドルに目を落とした。






 〇〇郡に到着した二人。


 車を停め、二人は静かな〇〇郡の街に足を踏み入れた。あたりは暗く、どこからともなく冷たい風が吹き抜ける。


「……なんや、空気がピリピリしてるな」

 と虹雨が言った。


「そうやな。けど、これもいつものことやろ」

 と由貴がカメラを構えながら答えた。


 二人は口裂け女の噂が立っている場所に向かって歩き出した。夕方になるとただでさえ人が少ないのに更に少なく、通学路なのにもかかわらず今日は誰もいない。街の静けさが逆に恐怖を煽るようだった。


「今日学校あるよな?」

「あぁ、平日だし。てか本当にここに人がいて依頼してきたのか? 誰も通りゃせん」

「口裂け女が怖くて通らないのか???」

 すると、突然、背後から冷たい風が吹き抜け、二人は身を震わせた。


「……来たな」

 と虹雨が低く言った。


「準備はええか?」

 その問いかけに由貴は頷く。


 二人は背中合わせに立ち、カメラを構えながら辺りを警戒する。すると、闇の中から、ゆっくりと一人の女性が現れた。彼女の顔は影に覆われており、口が大きく裂けている。何度見ても慣れない醜い顔である。


「私……きれい?」

 と、その声が闇の中に響いた。そして四方八方から次々と口裂け女が出てきては同じように聞いてくる。

「冷静に、冷静に。ここで普通、と言うのもいいのだが……」


 虹雨は


「……」


 と黙り込んだ。口裂け女たちはその反応に驚いた様子だった。由貴も何もしないのか? という表情だったが虹雨は首を横に降った。


 いつもは喋って説教して成仏させるはずなのにだんまり。無表情。お教も読まなければお祓いもしない。


「……びっくりしないの?」


 その言葉とともに、口裂け女の姿はゆっくりと一つずつ一つずつ消えていった。


 虹雨と由貴はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて由貴が口を開いた。


「……あっさりやったなぁ」

「シンプルに驚かない、そんなのやってみた。美人って言えばつけあがる、普通やブサイクって言えば怒る、じゃあ黙ってたらって」

「ふへぇ……虹雨にしちゃめずらしい」

「なんだって?」

「いや、べつに。でも口裂け女に化けた奴らは承認欲求の塊だったのか」

「たぶんな。驚けば驚くほど快楽を覚えていたやつらは無視やノーリアクションであっという間に消えた」

「そいやマスターからもらったポマードは一回も使わなかったね」

「使いたくないやろ、あんなシュールストレミングやドリアンみたいなもん」

「……あれらよりはましかと。まぁ視聴者の人たちにはさ口裂け女には無視って伝えるのもありか……ん?」


 すると由貴はスマホでメールボックスを開いたら依頼メールが半分以上何もしていないのに消えた。

「なんやこれ……」

「もしかしてメールも口裂け女に化けた奴らの仕業?」

「ハイテクやなぁ、幽霊も」

「まぁ自ら俺等に依頼して消されるって変なオチだけどな」

「やな」

 二人は笑った。が……。


「じゃあ最初から依頼受けててもタダ働きだったって事?」

「……くそぉおおおおおおおお!!!!」

「あぁ、ビデオもいつの間にか電池切れとったわ」

 と由貴の持っていたビデオカメラはうんともすんとも言わない。実のところ心霊撮影の際に幽霊の姿が映っていないのはもちろんだが何も映ってない、残ってない、データや機材を壊されることは今に始まったことではなかった。

 今回はどうやらバッテリーをゼロにされただけのようだったが。


「口裂け女ぁあぁあぁぁぁぁぁ!!!」

 虹雨の叫びは〇〇郡に響き渡りカラスたちが大量に飛び去っていった。


 しかしその日の夜、テレビ番組でお化け特集があり、また口裂け女が取り上げられた。


 テレビで見たものはまた驚き、口裂け女たちは懲りずに街を徘徊し驚かせ快楽を得るのだ。


 永遠に終わらない、口裂け女の増殖……。


 もし今度口裂け女、あるいはそれらしき口裂け女に出会った際は無視をするという方法を取るのもいいかもしれない。

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