第四話 交差する人間関係
かすみ、そして藤澤だけでなく由貴までもがシンクロするほどの驚きの事実である。
「由貴、お前までびっくりしなくていい」
「いや、筋肉に乗り移るって……聞いたことない」
「まぁ確かにな。非常に稀なケースだ」
かすみがハッと思いついたようだ。
「まさかですが、アニメで目玉に乗り移ったとかいう……」
虹雨は首を横に振って笑った。
「目玉の親父も確かにそうだったが。ファンタジー、架空の話だ……でもリアルに過去、似たような事例を聞いたことがあった」
由貴は聞いたことがないと首を傾げるが、虹雨はカメラを回し続ける。
さっきまでばてていた虹雨だが、次第に饒舌さを取り戻し、カメラ写りも気にしながら身振り手振りで語り始める。
「霊が特定の部位、特に筋肉に乗り移ることは非常に稀な現象だ。ただ、過去には愛する人の身体に依存して、その人の体の一部にしか乗り移れない霊もいたという話は聞いたことがある」
「乗り移るのが筋肉だなんて……藤澤くんらしいわ」
とかすみは笑った。
「えっ……?」
「筋トレ好きだし」
たしかに藤澤は筋肉質で、登山に必要な筋力も持っていた。虹雨はそれを知っていたが、ここまで特異な形で現れるとは思っていなかった。
「筋肉に乗り移るなんて、なかなかのものだなぁ」
と由貴も興味津々でカメラを回しながら話した。
「しかもただの筋肉ではない。愛する人の筋肉に乗り移るというのはすごいことだ。かすみさんを愛するあまり、自分の好きな筋肉に、亜美さんの筋肉に乗り移ったのだろう」
「でも……ありえない、こんなのありえない! 移植したわけでもないのに。それに乗り移るなら私の体全体に乗り移ればいいのに」
かすみは体を動かしながら狼狽えるが、横で藤澤も同じように狼狽えている姿に、虹雨も由貴も面白さを感じる。
「確かにね。でも、即死した藤澤さんが意識不明になったかすみさんの筋肉にすぐに乗り移って体を動かし、安全な場所に……まぁ、確率的には奇跡的なものだろう。救いたい一心で筋肉に乗り移るなら、体全体に乗り移ってもよかったのにねぇ」
するとかすみは笑った。
「藤澤くんったら……本当にあの人は早とちりで突拍子もない人なんです。筋肉に乗り移るなんて」
次第に涙が溢れた。由貴はあることに気づく。
「もし藤澤さんをかすみさんから除霊したら……」
その時、遠くから声が聞こえた。
「かすみー! お待たせぇー」
同じように登山の格好をした、これまた体格の良い男。藤澤よりも大きいかもしれない。
「桐生さん!」
桐生はかすみの横に立った。
「すごい体格ですね」
「はい、山岳救助隊の方ですから」
桐生は頼んでもいないのにマッチョポーズをする。
「はい……あの落石事故の時に駆けつけたんです。かすみさんはすごい血だらけだったのに、大きな岩を持ち上げて出てきたんですよ。ありえない」
「たしかにありえない……」
「慰霊碑も、私たち山岳救助隊やボランティアの方々で建てました」
なるほど、と虹雨は納得する。
「結婚式前に藤澤くんに報告したくて……あ……」
かすみは虹雨に耳打ちする。横にいる藤澤も。
「藤澤くんが筋肉に乗り移っていることは内緒にしておいてください」
「了解しました。……除霊はせず、残しておきましょう」
「ありがとうございます。一生彼と共に……生きます」
桐生は不思議そうな顔をしていた。
「ん? 僕と?」
「そ、そうよ。桐生くんと、共に生きるって」
「当たり前だろ」
「ね、ふふふ」
虹雨と由貴はその2人の会話を見ていてヒヤリとした。確かにこの時点で藤澤を除霊したら、かすみは死ぬことになる。
筋肉に霊が乗り移ることで、かすみの生命力が保たれているからだ。
仲睦まじく笑うかすみと桐生。しかし桐生は虹雨を見ている。
「……今日はありがとうございました」
「いえ、僕らも山登りを滅多にしませんから、こんな綺麗な景色を見ることができてすごく嬉しいです。由貴、かすみさんと別のところで撮影しててくれ」
由貴は頷いてかすみを違う場所に連れて行く。
慰霊碑の前で桐生と虹雨は2人きり。虹雨は全てを話した。
「……やはりダメでしたか」
「ですね。残念ながら」
「はぁ……」
桐生はうずくまる。今回のご依頼は彼からのものであった。
事故に遭ったかすみを第一発見した桐生。実は彼は藤澤と親交があり、同じジムに通っていたのだ。かすみもジムに入会していたが、スケジュール上会うことはなかったが、チラッと見た程度。
そしてあの落石事故で偶然かすみを助けることになったのだ。
「藤澤くんらしい、確かにそうだけども。僕が早くここに辿り着いてたら……僕に乗り移ればよかったのになぁ」
桐生はがっかりしていた。
「……乗り移られる方もたまったもんじゃないですよ」
虹雨は笑いながら言った。桐生は首を横に振った。
「藤澤くんが僕の肉体に……ああ、僕の本望でした」
「えっ」
「だって、僕……藤澤くんが好きだったんです」
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