第3話 彼

 ある夜、仕事から家に帰ると玄関に誰かが立っていた。子どもみたいだったが、うちは一戸建てで近くに街灯がないから、暗くてよく見えず、不気味だった。


「どうしたの?」

「僕、怜だけど覚えてる?」

 あ、あの子だ!俺は嬉しくて抱きつきたいくらいだった。

「う、うん。もちろん!あれからどうしたか気になってたんだよ。警察の人にも聞いたけど、個人情報だから教えられないって言われてさ。よく、来てくれたね。うち、汚いから、一緒にファミレス行く?」

「いい」

「じゃあ、うちで何か飲まない?お茶くらいしかないけど」

 俺は普段からお菓子なんて買わないから、家に何もないことを後悔していた。知ってたら好きそうなものを色々買っておいたのに。


 俺は洗濯物が山積みになっている洗面所に彼を案内して、手だけ洗ってもらった。

「ごめんね。汚くて」

 彼は何も言わなかった。

「びっくりするよね。わはは。彼女でもいたら片付けるんだけどな」

 床は陰毛やら綿ごみが落ちていて汚かった。俺はおろおろしながら彼を二階のリビングに案内した。リビングもゴミだらけだ。家を買って何年も経つけど、人が来たことは一度もないくらいだった。


「ソファー座って」

 ソファーはこだわりの本革で二十万した物だったが、土日昼寝するから、毛布を置いていた。

 ソファーには部屋着でしか座ったことがないから、直に座らないでほしい。でも、せっかく来てくれたんだから、せこいことを言うのはやめよう。

「お茶持ってくるね。暖かいのでいいかな?」

「うん」

 人がいると俺はテンションが上がってしまった。冷蔵庫を開けると賞味期限が一日過ぎたプリンがあった。これを出してもわからないだろう。

 俺はお盆に乗せてテーブルに運んだ。

「ありがとう」

「君の家って王子じゃなかったっけ?」

「うん」

「迷わなかった?」

「うん」

「ここがどうしてわかったの?」

「警察の人から聞いた」

「あ、そうなんだ。きっと俺がしつこかったから、君に俺の連絡先を教えたんだろうな」

「そうかもね」

「あれから、どうしてたの?」

「すっごい怒られた」

「やっぱり」

「殴られて気を失って病院に行ったんだ」

「え!大丈夫か?」

「大丈夫じゃない」

 少年は笑った。

「君、児童相談所に行ったらどう?うちにいてもいいけど。それだと、俺が捕まっちゃうな。スマホの位置情報とかで」

「大丈夫。もう、スマホ持ってないんだよ。解約された」 

「そうか、よくここに来れたね」

 彼が俺を頼ってくれたことが嬉しくて泣いた。

「もう一回会いたかった」

「よかった。俺、君を死なせなくなくて」

 少年は寂しそうに笑った。

「もう、手遅れだよ」

「え?」

「僕、もう死んでるんだ」

「えっ!どうして?」

「家に帰ったら虐待が待ってるから、生きているのが怖くて。病院を退院する前の日に屋上から飛び降りたんだよ」

「俺のところにいろよ。俺、捕まってもいいから!」

「いいの?」

「うん」


 それから、俺の家にずっとその子が居着いている。何もせずにゴロゴロしているけど、ご飯も食べず、トイレにも、風呂にも行かない。臭いもなくて、ただいるだけだ。俺の話し相手になってくれる。残念なのは食事だ。

「一緒に食べない?」

 俺は毎回尋ねる。

「食欲なくて」

 怜は食事の時は目の前に座って、俺が何か食うのを見つめている。

「美味しそうに食べるね」

「そうかなぁ」

「一緒にご飯食べたかったな」

 彼は寂しく笑う。


******


 俺は彼の分も生きると決めた。生まれてこの方、ずっと孤独で独身のままだ。これからも変わらない自信がある。


 でも、今は家に何かがいる。

 それだけで俺は幸せだ。

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ホラー小説家 連喜 @toushikibu

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