姉のプライド




 その日の夕暮れ時、鈴沢家にて――。


「あ、お帰り栞」


 帰宅した栞を迎えたのは、ツインテールのメイド服を着た女性だった。

 彼女の名は柊木ルシル。

 鈴沢家に仕える使用人である彼女は、掃除をしながら笑顔で栞に声をかけたのだが……。


「む、むむむむ……!」


 ……栞は、露骨に不機嫌であった。


「今日の夜ご飯は水炊きだからー。早くお風呂済ませちゃって」


「むむむむ……!」


「じゃあアタシは掃除してるからー」


「何かあったのか聞いてよルシル!!」


 不満を爆発させる栞に、ルシルは溜め息を漏らした。


「……はぁー、めんどくさい。はいはい、何かあったの?」


「宗ちゃんが……宗ちゃんが、地球防衛部に入っちゃったの!」


「え? 例の地球防衛部に? 宗介が?」


「そうなの! だからどうしようって思ってて……!」


 仕方ないなと思いつつも、ルシルは掃除の手を止めて栞に告げた。


「どうしようも何も……宗介が自分で決めて入ったんでしょ? だったら放っておきなさいよ。子どもじゃないんだからさ」


「そういうわけにはいきません! 私は宗ちゃんのお姉ちゃんなの!」


「理由になってないわよ、理由に。真面目な話、栞もそろそろ宗介離れした方がいいよ? 宗介だって高校生なんだし、これから友達付き合いだとか、もしかしたら彼女が出来たりなんてことも……」


彼女――そのフレーズを聞いた栞は、瞬間湯沸かし器よろしく、顔を真っ赤にする。


「か、かかかか、彼女ぉ!? 許しません! お姉ちゃん、そんな不埒なものなんて許しませんよ!!」


「もはや姉じゃなくて、姑じゃないの……」


「とにかく! 宗ちゃんに彼女なんてまだ早いの! 宗ちゃんは……その……! まだ子供だから、私が面倒見るの!」


 必死に取り繕う栞。

 その姿を、ルシルは残念そうに見ていた。


(この様子を見る限り……栞がに気付くのは、まだ当分先になりそうね……)


「とにかく! この話はこれで終わり!」


「……地球防衛部の話はいいの?」


「それは今から!」


(栞って勉強もできて運動神経もいいし、顔だって可愛いのに……なんか妙なところでポンコツなのよね……。神様ってよく考えてるわ。完璧な人間を生み出さないための絶妙なバランスよね)


 神が作りたもうシステムに心底感心するルシルである。


「ねえ、ルシル……どうしたらいいと思う?」


「だから放っておきなよ。それとも何? これからもずっと付きっきりで面倒でも見るつもり?」


「つ、付きっきり!? それってつまり……け、けけけけ結婚!?」


 栞の頭から湯気が飛び出した。


「そんな……私達まだ学生身分だし……それで結婚なんて……。で、でも……宗ちゃんがいいって言うなら……考えないことも……」


「彼女は不埒なのに結婚はいいの?」


 が、ルシルは思う。


(……なんだ。意識するところはちゃっかりしてんじゃないの。ってことは、まだ栞自身が深く気付いていないだけっぽいわね。拗らせてはいるけど……そのうち何とかなるでしょ) 


 ルシルは少しだけ安堵する。

 そんな彼女の前で、栞は決意した。


「……ルシル、私、決めた」


「はいはい。わかったから早くお風呂入ってよね」


「何を決めたのか聞いてよ!!」


「栞って付き合ったら面倒な感じになるわね。絶対」


 ……やはり先は長そうだと感じる、ルシルであった。




 ◆




 翌日の放課後――。

 前線基地という名の資料室兼部室には、地球防衛部の面々が揃っていた。


「はいは~い! それじゃあ今日の活動を始めます!」


「張り切っていますね、ひなた」


「だって今日からが正真正銘本当の正式な部活動なんだよ!? 昨日は途中で終わっちゃったから、地球防衛部の記念すべき初日なんだよ!? これから色んなことが始まるって思うとワクワクしちゃって!!」


「ふふふ、張り切り過ぎて熱を出さないようにね。……ところで宗介くん、どうかしましたか? どこか疲れているようにみえますけど……」


 横に座る宗介は、一人どんよりとしていた。


「いや、今日から色々始まっちゃうんだなぁって……」


 すると絶好調のひなたが宗介の背中をバシバシ叩く。


「大丈~夫! 宗くんは安心して全部私に任せてて!」


(だから不安なんだけど……)


 と、宗介は気付く。


「ん? そういえば、先輩達、さっきから僕の名前を……」


「名前? 名前がどうかしたの? 宗くん」


疑問符を浮かべるひなたに対し、梓はいち早く察した。


「……ああ、呼び方のことですね。今日ひなたと話をして、名前で呼ぼうって決めてたんですよ」


「これから3人で頑張っていくんだから、そっちの方がいいよね!」


「もちろん宗介くんが嫌なら変えますけど……」


「嫌なはずもなく!」


「良かった……。宗介くんも、私達のことも名前で呼んでくださいね」


「そうさせてもらいます! 梓先輩! ひなた先輩!」


「宗くん! 部活中の私は、先輩じゃなくて隊長だからね!」


「その設定、まだ生きてるんですか……?」


「でもでもぉ! 部活以外で会ったら先輩だからね! きっちり使い分けをヨロシク!」


「めんどくさいんで勝手に統一しておきます、ひなた先輩」


 めんどくさいらしい。


 ……と、その時。


 ……ドドドドドド!!

ガララララッ!!


 昨日のように、地響きのような音と共に地球防衛部の扉は開かれた。

 そして飛び込んできたのは……言うまでもなかった。


「失礼します!!」


「し、栞姉!?」


「栞さん……で良かったかしら? 昨日はどうもご迷惑をおかけしました」


「いえいえ、ご丁寧に……じゃなくて!」


 そして栞は、ひなたに接近する。


「桐島さん! あなたが地球防衛部の部長でしたよね!?」


「部長じゃなくて隊長だから違うかも!」


「話がややこしくなるんでひなた先輩は黙ってた方がいいですよ」


「今日はあなたに、お話があります!」


「んん? なになに?」


 栞は大きく息を吸い込んだ。

 そして……。


「……私も、地球防衛部に入部します!!」


「えッ!? ほ、本当!?」


 表情を輝かせるひなたの横で、宗介はおそるおそる確認する。


「栞姉……マジ?」


「マジ寄りのマジだよ! 宗ちゃん!」


 梓は手を小さく叩いて祝福する。


「それは喜ばしいことですね。……ですが、どうして急に?」


 その問いに、栞は「それはもちろん……」と続ける。


「地球を愛する心に、目覚めたからです!」


(あ、これ絶対嘘のやつだ)


 宗介は確信を持った。


「や、やったあああ! 梓! これで4人だよ4人!」


「ええそうですね。これからもっと賑やかになりますね」


(……このまま宗ちゃんを放置してたら、変人として見られちゃうし。そうならないためにも、私が宗ちゃんの近くで守らなきゃ! 宗ちゃんの、お姉ちゃんとして!)


 決意を新たにする栞に、宗介は小声で確認する。


「……栞姉、本当にいいの?」


「うん。もう決めたことだから……」


「どうなっても、僕は知らないからね……」


 と言いながら、宗介はどこか嬉しそうにしていた。


「でも、栞姉と同じ部活かぁ……。学校で一緒に活動するのって、考えたらあまりなかったよね」


「そ、そうね……」


「栞、先輩……? ふふ、ちょっと新鮮かも……」


「…………」


(……いい。なんか、すっごくいいかも……!)


 こうして、鈴沢栞は少しずつ狂い始めるのだった……。







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