決意の瞬間は
「さっそくですが、宗ちゃんは今この時をもって、地球防衛部を辞めさせていただきます」
栞は本当にさっそくそんなことを言い出した。
無論ひなたは大いに慌てる。
「え、えええ~!? なんで!? どうして!? 理由を述べよ!」
「あれ? なんか既視感が……」
「確かに一度は入部したかもしれないけど、宗ちゃんは世間に疎くて断れない性格だし、何かあると冷静に考えたりするのも苦手で、そのくせ負けず嫌いなところがあるからそれを素直に認めようとしなくて……」
(なんか僕、ボロッカスに言われてね?)
ボロッカスである。
「でもでも! いつもご飯を美味しそうに食べたり、食器の後かたずけをしてくれたりもするとっても優しい男の子なんだよ!」
「栞姉は何の話をしてるの?」
「……鈴沢栞さん、でしたか?」
梓は、徐に口を開いた。
彼女を見るなり、栞は臨戦態勢へと入る。
「……そうですが……」
「私は、地球防衛部の姫野梓です。話を聞く限り、鈴沢さんは山田くんのことを大切に思っているんですね」
「当然です。姉ですから」
「姉じゃないけどね」
「宗ちゃんのことに関しては、まずは姉である私に話を通してください!」
「姉じゃないけどね」
そんな栞に、あくまでも梓は丁寧な口調で続ける。
「ご心配をかけてしまったのなら謝ります。ただ一つだけご理解してもらいたいのは、私達としても、入部や退部について強制するつもりはありません。あくまでも、山田くんの意思を尊重するつもりなんですよ」
「そうそう! 地球を愛する心が大切ってことだよね!」
「ひなた。ちょっと黙ってて」
ひなたの援護になっていない射撃を一刀両断する梓であった。
「……姫野先輩、でいいですよね? じゃあ入部はあくまでも宗ちゃんの意思であって、部は関係ないとでも?」
「そんなことを言うつもりはありません。ただ、山田くんの気持ちを確かめてみては……という話です。もちろんここでは山田くんも話しにくいでしょうから、今日はもう帰宅ということで、ご自宅に帰ってからでも……いかがですか?」
「……そうさせてもらいます」
栞は警戒しながらも、梓の言葉に従うことにした。
(……あれ? これ僕のことなのに、僕、蚊帳の外じゃね?)
なぜか自分に決定権がないことに宗介が戸惑っていると、梓は、顔を彼に向けた。
「……というわけで山田くん。今日はもう帰宅してください」
なんだか釈然としないものの、この場で残るわけにもいかない宗介は、小さく「はい……」と口にする。
「えええ~!? 山田くん帰っちゃうの!?」
「ダメですよ、ひなた。部活動はご家族の許可をもらってからというのが条件ですから。ちゃんとした部活にするためにも、山田くんは今日は帰します。いい?」
「……はぁーい」
ひなたも渋々これに了承する。
「……とりあえず、お先に失礼します」
「みなさん、さようなら」
そして宗介と栞は部室の外へと出る。
その瞬間、栞は胸を撫でおろした。
「良かったぁ……。話が通じなかったらどうしようって思ってた……」
「栞姉、さすがに部室に突撃するのはやり過ぎなんじゃないの?」
「そんなことありません! そもそも、あれだけ関わっちゃダメだって言ったのに! たった一日ですっかり噂になってるの、知ってるでしょ?」
「いやまあ、そうなんだけどさ……」
煮え切らない返事をする宗介に、栞は、おそるおそる確認する。
「……ねえ宗ちゃん。もしかして、戻りたいの?」
「戻りたい……うーん、どうだろう。ただ入部して一日で退部ってのも、なんかカッコがつかないなぁって……」
「……宗ちゃんが意外に真面目ってのは知ってるけど、今度ばかりはお姉ちゃんの言う通りにしてて。そんだけ評判は良くないんだから」
(確かに長く在籍すればするほど、僕もそういう目で見られるだろうしなぁ……)
宗介は思い出していた。
自分に向けられる好奇に満ちた視線を。小馬鹿にする声を。妄想と決めつけで一方的に語られる、実在しない山田宗介という虚像の話を。
……それは決して、全てを看過しきれるものではなかった。
(……これを機に離脱するのも、ありっちゃありだよね)
宗介が退部について前向きに考え始めた……その時だった。
部室の扉の前にいた宗介の耳に、ふと、小さく声が聞こえた。
「山田くん、もう来ないのかな……。せっかく正式な部活になったのに……」
「仕方ないでしょう? 部活をするとなると、山田くんだけの話じゃなくなってくるわけですし」
(先輩達の声……?)
さっきまで聞いていたはずの声は、どこか途方もなく遠くにあるように感じていた。
「ほら、ひなた。そうやって落ち込んでいないで、今日の活動を決めて」
「活動って言われても……」
と、ひなたは思いつく。
「……あ、そうだ! せっかく山田くんも帰ったし、試着してみない!? 届いたばっかりの、
「!!!!」
宗介は瞬時に全神経を耳に集中させる。
「え、えええ? 今から?」
「もちろん今から! 梓、着てみてよ!」
「もう……仕方ないわね。ええと……これ、どうやって……」
シュルシュルと、布が擦れる音が微かに聞こえていた。
「こう? ……あら? ……うぅーん……なかなか入らないわね……」
「もうちょっとだから! ……そうそう! そこに入れて! もうちょっとだよ梓!」
「…………」
もはや宗介の魂はそこにあらず……壁の向こうの、上空を漂う。
「あっ! 梓凄い! ピッタリじゃん!」
「うぅん……はぁ……。ちょっと、苦しいわね……」
「でもでも、すっごく似合ってるよ! 相変わらずスタイル抜群だね、梓! 体のラインがこんなにくっきりと!」
「!!!???」
その時、宗介の中で濁っていた光景が透き通るような透明へと変わる。
突然動かなくなった彼に、栞は不思議そうに声をかけた。
「何してるの宗ちゃん? そろそろ帰ろ?」
「…………」
「……宗ちゃん?」
「……栞姉、先に帰ってて。僕、部室に戻るよ」
「え、えええ!?」
宗介の突然の心変わりに、栞は驚愕の声をもらす。
「あれだけ言ったし、宗ちゃんだってわかったはずだよね!? これからも変な目で見られるんだよ!?」
「そのくらいわかっているさ。……全て、覚悟の上だよ」
宗介の迷いのない瞳。それは、栞が度々見てきたものだった。
こうなった宗介は絶対に己を曲げない……栞には、それがわかっていた。
「どうして……どうしてそこまでして、地球防衛部なんかに戻るの!?」
「どうして? ……そんなの、理由は一つしかないよ」
宗介は、曇りのない口調で宣言する。
「地球の平和を、守りたいからさ」
清々しいまでの満面の笑みで、さも当然のように真っ赤な嘘を吐き出す宗介であった。
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