お姉ちゃん、立つ
飛燕の如く
翌日の早朝――。
予告通り、栞は宗介の家を訪れ、嫌がる彼を強引に連れ出して学校へと出発した。
複雑な宗介の男心など知る由もない栞は、ただただ楽しそうに宗介に話しかける。それを見た宗介は拒否することもできず、流れのままに登校するのだった。
(栞姉、ホントに一緒に登校するんだから……)
教科書を引き出しに入れながら、宗介は、昨晩のことを思い出していた。
(……昨日の栞姉の話、地球防衛部に入ったら変な目で見られるって本当かなぁ)
「…………」
(本当だろうなぁ……)
クソでかいため息を吐く宗介である。
(いや、でも大丈夫! 学校では放課後以外に絡まなくて、誰にも見られないように部室に行けばいいだけだし!)
懸命に自分を奮い立たせる宗介は、無理やり笑顔を作り上げる。
(うん! いきなり周囲に即バレするなんてことは決してありえな――!)
ガララララ――ッ!!
その時、教室のドアは開かれた。
「新隊員くーーん! いるーー!?」
桐島ひなたが現れた。
(うぉをぃッッ!!)
宗介は光の速さでバッグを手に取り、必死に顔を隠す。
(な、なんで先輩が教室に……!?)
突然現れたひなたに、教室内はざわついた。
「誰? めっちゃカワイイな……」
「バッカお前! 視線合わすな!」
「あの人が、例の……」
(例のって! 例のとか言われてるよあの人!)
皆の視線を集める中で、ひなたは、教室の中をキョロキョロと見渡していた。
「あれ? ここじゃないのかなぁ……」
(そのまま諦めてください! 他人のフリで切り抜ければ、まだいける――!)
「山田くーん! 山田宗介くーん! いないのー?」
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!)
名前を呼ばれ、魂を絶叫させる宗介。
「山田? 山田宗介って?」
「山田宗介って、確かこのクラスに……」
「先ぱーーーーいッ!!」
自分に視線が向けられ始めた瞬間、宗介はシュバッと立ち上がり、慌ててひなたの元へと向かう。
「あっ! 山田くん見ぃーっけ!」
「ちょっと一緒に来てください!!」
「え!? ちょ、ちょっと新隊員君……!」
そのままひなたの手を握った宗介は、教室を飛び出した。
ところ変わって、人気のない校舎の陰――。
「……それで先輩、どうしたんですか急に」
「ちょっと用事があったから来ちゃった」
ケロッと笑いながら、ひなたは言う。
「来ちゃったって……」
「……それで、ええと……」
ひなたは視線を下に向ける。
宗介が釣られて見ると、未だ彼は、ひなたの手をしっかりと握りしめていた。
「あっ! すみません!」
顔を赤くし、慌てて手を離す宗介。
「ううん、大丈夫だよ」
「……それで先輩、用事ってのは?」
「うん! 今日も放課後に活動するから、ちゃんと来てよね!」
「…………」
「…………」
「……え? それだけ?」
「そうだよ!」
(それだけのために、あんな辱めを……)
宗介は膝から崩れ落ちた。
「どうしかたの?」
ひなたは首を傾げていた。
「な、なんでもありません……」
「でも、山田くんのクラス聞いてなかったから大変だったよ。見つけるまで時間かかっちゃったし」
「あ、そっすか。それは申し訳――」
そこまで言ったところで、宗介は気付いた。
「……ん? 時間かかったって……まさか、他のクラスも同じように探したりしたんじゃ……」
「そうだよー!」
「僕の名前を呼んで!?」
「うん!」
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!)
宗介は再びその場にひれ伏せた。
「どうしたの?」
「……な、なんでも……」
「そっか!」
「……何番目ですか?」
「うん?」
「1年のクラスで……僕のクラスには何番目に来たんですか!?」
「一番最後!」
「よりにもよって!!」
「ついてなかったなぁ」
「ええそうですね! まったくもってついてねぇですよ!」
「まぁ見つかったから結果おーらいだね! じゃあまた放課後!」
そしてひなたは、嵐のように去っていった。
「さ、最悪だぁぁぁぁ!!」
残された宗介は、その場で頭を抱え込んだ。
「考えうる限り最悪の事態だ! まさかこんなに早く学年中に知れ渡るとは……!」
桐島ひなたは1年の間にすら噂になっているほどの有名人であることは証明されている。
そして、そんな彼女が自分の名前を連呼しながら1年の教室を全て回ったという事実……。
「……落ち着け。落ち着くんだ山田宗介」
宗介は、むくりと立ち上がる。
「幸いなことにまだ初登校2日目だ。僕の名前を聞いてピンの来る奴なんてほとんどいないはず……。まだ、取り戻せるはずだ……!」
必死に逃げ道を示す宗介であったが……そんな彼の願望も虚しく、事態は、彼の想像以上に早く進んでいた。
「……ねえねえ、聞いた? 地球防衛部のこと」
「聞いた聞いた! 新入生で入部した子がいるらしいね!」
「これで正式な部活動になるんだって!」
「確か山田とかいう奴だよ。部長の桐島とめちゃくちゃ仲良いらしいな」
「羨ましいっちゃ羨ましいけど……俺には無理だな……」
「大方、その山田って奴も相当変わってるんだろうけどな」
噂は噂を呼び、話は飛燕の如く校内を巡る。
それは新入生に留まることなく、2年生、3年生の間でもまことしやかに囁かれていた。
そしてついには、とある人物の耳にまで。
「ねえねえ、栞。あの話聞いた?」
弁当の箸を止めるのは、鈴沢栞であった。
「あの話? 何かあったの?」
「例の地球防衛部、正式な部活動になるんだって!」
「え? じゃあ誰か入部したってこと?」
「うん、聞いた話によると新入生らしいよ」
「新入生……誰なんだろ……」
「ええと……名前聞いたんだけど……誰だったかなぁ……」
(その新入生、巻き込まれたのかなぁ……かわいそうに……)
そして栞は、密かに安堵する。
(……昨日のうちに宗ちゃんに話してて、本当に良かったぁ)
「……思い出した! 山田くん! 山田宗介くんって子! 桐島さんが大声で何度も名前呼んでたらしいから間違いないよ!」
「…………ふぇ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます