第41話 異世界競馬、再び #3
あの躍動感、レースに向かう時の真剣な表情。それとは対照的な甘えてくる仕草。
すべてをひっくるめて、俺は好きなんだと思うよ。
あの美しい肢体が走り出す姿を見ると、いやなことなんて吹っ飛んでしまう。もう少しやってやろうかという気にさせてくるから不思議だよ。
人がドロドロが集まっているのが競馬。だけど、それを突き抜ける美しさと気高さがある。
そんな思いを確認させてくれるのがダービーさ。
若駒の頂上決戦。それに賭ける関係者と、何よりも自ら走るウマの姿を見る度に、自分に活を入れてきた。
俺はチコを見る。
お前はどうなんだ。何のために、乗るんだ?
「あたし、どうしていいのかわからないよ」
チコはうつむいた。声は小さいままだ。
「ダービーには乗ってみたい。せっかくの晴れ舞台なんだから、行ってみたい。でも、タンデートに行けば、トーク、ううん、陛下と顔をあわせることになる。ダービー観戦は国王の義務で、レース直前には騎手や調教師と会って話をするから。絶対に逃げられない」
「……」
「何を言っていいのかわからない。小さい頃からずっと一緒にいて、この人となら将来もいっしょにやっていけると思って、心構えもしていたのに。いきなり王様になって王都に行くとか言われて、訳わからなくなって。忘れなきゃと思って、この六年やっていたけれど、全然駄目で。夢にまで、彼の笑顔が出てきて、バカみたい」
チコはようやく顔をあげた。その視線は天井に向く。
「あのね、あたし、トークと約束したんだよ。あたしは、ネマトンプに牧場を作る。そこで競走馬の生産をするから、あなたは馬主になって走らせてよって。そうしたら駄目だって言われて。僕もいっしょに牧場をやる。いっしょにウマを作って、いっしょに走らせようって。それが僕の夢だって。そう言ってくれたのに、十日も経たないうちに、全部が変わって……」
ひでえ話だ。あまりにもタイミングが悪すぎる。チコの気持ちがぐっと持っていかれたところで、すべてがひっくり返されて、互いの心を整理する間もなく別れを迎えてしまった。
国の都合ってやつなのかね。本当に馬鹿馬鹿しい。
だけどな、チコ、苦しんでいるのはお前だけじゃねえ。
あの時、下を向いていたから知らねえだろうが、王様も苦しげな表情をしていた。思いの丈がこみあげていて、爆発しそうだったんだぜ。
理性なんかぶっ飛ばして、好き放題できたら楽だったろうにな。
あいつが重い荷物を背負っていることだけは、気づいてやってくれねえか。
俺が顔を近づけると、チコは小さく笑って鼻をなでた。
「ほら、やめなさい。まったく、いつも胸をねらってくるんだから」
あれ、バレた? なんか、ついね。その気になっちゃうのよ。
「ミーナが言っていたよ。あんたがエロいから気をつけなって。余計なことをするから、誤解されるんだよ」
ミーナは俺の頭をなでた。
「でも、話を聞いてくれて、ありがとう。おかげで、すっきりしたよ」
……とても、そうは見えないぜ。そんな渋い表情じゃな。
「もう今日は暴れないでね。それじゃあ」
チコは厩舎を出て行った。灯りがなくなり、周囲は闇につつまれる。
俺は馬房で横たわったが、不思議とねむくはならなかった。つらつらと考え事をしつつ、風の音色に聞き入っていた。
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