第42話 至高のレースへ #1
それからの一ヶ月は、慌ただしく過ぎ去った。
結局、男爵様の意向で、ダービー出走が決まって、俺たちは準備に取りかかった。
今度の目的地は、王都タンデートだ。ここから百キロ南で、フィオーノブ賞が行われたクリドランの町より、さらに遠い。ほぼ王国の中心にあって、幹線道路によって結ばれている。
え、どうして、こんなことを知っているかって?
なんか、ひっきりなしに人が来ては、俺に話をしていくからだよ。ミーナやらヨークやらワラフやら男爵やら近所のおばさんとかがな。暇を見つけちゃ顔を出しに来て、勝手に話をしていく。
おかげで、俺はこの国の事情に詳しくなっちまったよ。もしかしたら、大臣ぐらいできるんじゃねえの。
ダービーが開催されるのはタンデートの南に競馬場。春のダービーシーズンと秋の王国杯の時にしか使われないらしい。
芝コースで、話をまとめると、多分、クリドランの競馬場よりもでかい。起伏はなさそうだが、それも行ってみなければわからない。とにかく入念な調査が必要だ。
チコが俺に話をしに来た次の日から、調教も再開された。それまでも何かやっていたらしいが、俺がいなかったからよくわからねえ。朝夕それぞれ一回、坂道コースに連れて行かれて、ひたすら坂を上り下りした。
王国ダービーの距離は、2400ネガブ。俺たちの世界の日本ダービーとほぼ同じだ。
スピードと持久力の両方が必要であり、坂路での調教は意味のあることだった。
これに加えて、コースを使っての調教も行われた。週に一度だけだが、ネマトンプの競馬場を使って、実戦さながらの訓練を行う。
何でも、ダービーに出走するから、特別に許可が出たんだと。
それだけ、すごいことなわけで、さすがに俺も熱が入ったよ。
男爵も特別な許可と言われて有頂天になっていたが、仲の悪い例の公爵も同じように調教をしていると聞いて、顔をゆがめていたよ。
ギリギリまで調教をして、十日前にタンデートに移動した。
いやあ、さすがに王都はでかかったね。
クリドランとは、人口も建物の数もまるで違った。俺は例によって馬運車で運ばれて、町に直接、入ることはできなかったが、それでも城壁の外に並ぶ露天商を見ただけでもすごいところに来たと思ったよ。
到着した日、ワラフは知り合いに会うとか言って、軍関係の施設に行ったから、チコとミーヤは町に出て、買物をしたみたいだ。ミーヤはネックレスと帽子を買い、髪留めをチコにプレゼントしていた。チコも何か買っていたが、何かはよくわからなかった。正直、心から楽しんでいるって雰囲気ではなかった。
翌々日、俺たちはタンデート競馬場の厩舎に入って、施設を見て回った。
こっちもでかい。いや、すごい。
横に長いスタンドは五階建て。一階、二階は庶民が入る場所で、木製の横長の椅子が並べられている。目一杯いけば、一万は何とかなるんじゃないか。
で、三階から上は貴族のスペース。窓ガラスがはめ込まれていて、雨風にさらされることなく競馬を観戦できる。内装もすごそうだが、さすがに外からじゃはっきりしないな。後から男爵様の話でも聴くしかない。
ミーナによれば、貴族用のスペースにもランクがあって、最上階の五階には王様とその親族、国を支える有力貴族と特別な許可を得た官僚だけが入ることができるそうな。別世界ってやつかね。
まあ、うちの世界でも馬主席は相当にすごかったし、イギリスの王族なんかはロイヤル・アスコットでの特別開催ではすごい席で観戦しているぜ。
やっぱり競馬は社交界でもあるのよ。選ばれし者はいる。
で、下っ端の俺たちは大地に這いつくばって、懸命にがんばるしかない。くそったれと思っても、世界は変わらないからよ。
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