第85話 炎と永遠 6

「お待ちなさい」ゾフィーだった。

 

 背後には彼女を支持する貴族たちが続いている。


「皇妃陛下」


 オイゲン以下衛兵たちはひざまずき、頭を下げる。


「皇帝ゲオルグ三世は乱心のため、亡くなりました」


 静かに、しかし威厳をもってゾフィーが宣言した。


「皆の者、聞くがよい。皇帝亡き今、妻であるわたくしがこの国を統べる権限があります。たった今、皇帝の全権が私に移譲さされました」


 紛れもなく女帝の顔になっていた。

 そしてゾフィーの対応は早かった。


「ファーレンハイト中将、ゲルフェルト侯爵を国家反逆罪で拘禁してください」

「はっ、直ちに」


 ファーレンハイトは敬礼すると数人の部下を連れて出て行く。


「オイゲン中佐、あなたは側室グレーテの身柄をお願いします」

「心得ました」


 皇帝派と反皇帝派が混在する宮廷。

 事態の読みを誤れば、ゾフィー自身の身が危うくなることを、若き皇妃は認識していた。


 閃光のごとき速さでゲルフェルトに近い貴族たちを、ことごとく拘禁してしまった。


「兄さま、フィーア!」

 

 ゾフィーは二人に歩み寄る。そして、フィーアの手を取る。


「愚かなゲオルグはその死をもって自らの罪を償いました。どうか哀れな男を許してください」


 静かに頭を下げた。


 ゾフィーはゲオルグを愛していたのだとフィーアは悟った。


「皇妃様・・・」

「フィーア、あなたの名誉を回復し、エルンスト・フォン・べーゼンドルフとの婚姻を許可します」


 そう告げたのだった。

 涙で言葉を詰まらせるフィーアをゾフィーはそっと抱き寄せた。


「あの時のことを許して下さい」

「あの時・・・ですか?」

「ええ。皇妃と言う立場上、法を曲げることは出来なかったのです。あなたが平民だからと、貴族との婚姻は出来ないと言ったことです」

「もう、忘れていました」


 フィーアは笑顔を作る。


「婚姻など所詮形式だと、エルンスト様は身をもって教えてくださいました」

「そうでしたか」


 ゾフィーはフィーアの手を取る。


「あなたが我が一族に加わることを、誇りに思います」


 二人を見つめるエルンストも人知れず涙を拭っていたのだった。



*

 一連の事件が落ち着いたころ、エルンストとフィーアはゾフィーの元を訪れていた。


 ゾフィーの父、ユンゲルス宰相も同席している。


「生まれて来る子の後見人になって欲しいのだ、エルンスト」

「もちろんです、伯父上。天地神明にかけてお世継ぎをお守りいたします」

 

 胸に手をあててエルンストは頭を下げた。


「皇帝となるか、女帝となるか」


 ゾフィーは少し大きくなったお腹を優しくさする。

 そんなゾフィーを温かく見守る三人だったが、


「どうだエルンスト。お世継ぎが生まれるまでの間、帝位を預かる気はないか」


 ユンゲルスが提案してきた。


「よして下さい。それこそ簒奪者と言われますよ」

 

 冗談めかして肩をすくめた。


「それに私は地位や名誉など望んでおりません。今のままで充分です」


 エルンストはフィーアの瞳を見つめた。


「まあ、仲睦まじくて焼けてしまうわ」


 ゾフィーはぷうっと頬を膨らませる。

 国母の目の前ではばかることなく見つめあう二人は、紛れもなく大陸一美しい夫婦になるだろう。


「コホン」ユンゲルスの咳払いで、二人は視線を外し女官からはクスクスと笑いが起こる。


「フィーア、是非私とこれから生まれる子供を助けて欲しいの。あなたの知力と勇気は千の兵隊にも勝るわ」

「もったいないお言葉でございます。微力ながらお手伝いさせていただきます」

 

 ゾフィーは満足気に頷いたのだった。

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