第84話 炎と永遠 5
突然、乱暴に扉を開ける音がした。
「おお、ファーレンハイトか。この女を殺せ。いや捕えろ。そして城下引き回しの上、公開処刑にしてやる。たっぷり辱めを与えて殺してやるぞ」
乱暴に床に叩きつけられたフィーアはむせ返る。
それを見ていた、ファーレンハイトと呼ばれた将校は冷たい視線をゲオルグに向けたまま動かない。
「何をしているのだ、早く捕えろっ!」
「フィーアっ!」
エルンストだった。フィーアに駆け寄ると、その細い体を抱き起こした。
「エルンスト!?何故お前がここにいる」
エルンストはゲオルグを完全に視界から外した。
「間にあって良かった。お前に人殺しはさせられん。それは騎士の役目だ。お前の仇は俺が取ってやる。皇帝殺しの罪は俺が引き受けよう。お前は充分に苦しんだ。もう苦しむことはない」
フィーアを床に静かに横たえると、持っていた剣を鞘から引き抜きゲオルグと対峙した。
「気が狂ったのかエルンストっ。余はお前を重用してきたではないかっ!」
恩を売っているつもりか。エルンストは舌打ちした。
「陛下はその優秀な人材の命をことごとく奪ってまいりましたね。側室の甘言ごときで」
ゆっくりとゲオルグとの距離を詰める。
「か、考えなおせエルンストっ!大臣の地位が欲しくはないかっ。それとも宰相かっ。望む地位を与えよう」
「民の不満、貴族の不満。シュタインベルグ国王、王妃の無念。フィーアの苦しみ。もう遅すぎます陛下」
「これは余に対する反逆だぞっ。お前は帝位を奪う簒奪者として一生その汚名を被らねばならんのだぞっ」
エルンストは微笑んだ。
「陛下。私は愛する者のために、喜んで簒奪者になりましょう」
そして躊躇することなくゲオルグの胸に剣を突き立てた。
フィーアの為。民の為。この身が亡ぼうとも。
――即死だった。
声を発することなくゲオルグはその場に倒れ込んだ。
エルンストを見守っていた者すべてが、時を失ったように動かなかった。
「はぁ、はぁ」肩で息をするエルンストにフィーアが弱々しい声をかけてきた。
「何故ですか、エルンスト様」
「言ったはずだ。俺の人生はたった一人の未来の為にあると」
エルンストはフィーアに口づけた。
そして、ファーレンハイトはそっとその場を後にした。
それと入れ替わるよに、バタバタと大勢の人間が走る音が廊下から聞こえる。
「近衛兵が来たか」
視線を絡める二人は覚悟を決めていた。
エルンストは死罪を。そしてフィーアは後を追うことを。
「俺はもう充分だ。どうせべーゼンドルフ家は俺の代で終わると決めていた。お前はゾフィーの元で生きられるように伯父上に計らってもらう」
フィーアは静かに首を振った。
「エルンスト様がそのおつもりなら、私はヴァルハラの門の前までお供いたします」
「駄目だ。お前は生きろ」
「ご自分ばかりずるいです」
涙の中に微笑みがあった。
近衛兵を引き連れて駆け付けた、オイゲン中佐は目の前の光景に言葉を失っていた。
「こ、これは・・・」
オイゲンに続く兵士たちも同様だった。
床に倒れるゲオルグの胸には百合の家紋が刻まれた剣が刺さっている。
「閣下、まさか・・・」
「そのまさかだ」
しばらくの沈黙の後、
「エルンスト・フォン・べーゼンドルフを拘禁しろ」
低く静かな声でオイゲンは部下に命令した。
エルンストはゆっくりと立ち上がる。
長いとは言えない人生だったが、そう悪くも無かった。
最後に愛する人と出会えたのだ。むしろ上出来だ。
エルンストは瞳を閉じた。
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