第76話 暴かれた過去~そして~ 3

 シュタインベルグ。カールリンゲン北方に国境を接する小国。

 王族の名はシュタインベルグ。

 

 フィーアは間違いなく王族ではないか。エルンストは心拍数が上昇するのを感じていた。

 目を伏せていたフィーアがゲオルグを見据えた。


「余はそなたに二回ほど会っているな。一度目はシュタインベルグの王宮で。二度目は城下において。あの時はメイド服を着て酔っ払いを相手に立ちまわっていた。よもやとは思ったが、やはりそなたであったな」


 フィーアは答えない。


「これで三回目。そなたと再会できるとは、夢にも思わなかったぞ」


 ゲオルグは意味深な笑顔をフィーアに向けると、顎から手を離した。

 そして一同に向き直る。


「しかし、どうしてシュタインベルグのお姫様が、こんなところで侍女をしているのか不思議でならぬ。風の噂ではフィーア姫は奴隷商人に売られたと聞いていたのだが」


 ゲオルグの発した言葉は、ファーレンハイトを打ちのめすのに充分だった。

 不安と疑問が入り混じった視線をエルンストに向けている。


「エルンスト説明せいっ。何故奴隷がここで侍女をしている。侍女は下級貴族の娘と決められているのだがなぁ」


 コンラートは目を覆った。そのせいで平衡感覚を失いヨロヨロと床に膝をついた。


「ああ、恐れていたことが」

「コンラートさんっ」


 フィーアが駆け寄る。


「奴隷と知りつつ屋敷に置いたのは、私の責任。私はどうしたらいいのだ」


 うなだれたコンラート。

 フィーアはただ謝ることしか出来ないでいた。

 けれど首を振りながら、コンラートはフィーアを優しく抱き寄せた。


 そんな二人を見つめていたエルンストだったが、


「恐れながら陛下、訳あって奴隷商人から私が買いました」


 静かに口を開いた。


「それだけでは、分からぬわ」

「フィーアの立ち振る舞いを目にし、侍女にしても良かろうと思った次第です」

「では、フィーア。お前は何故自分の過去を話さなかったのだ」


 ゲオルグはフィーアに視線を移す。


「お話したところで、なんの意味もなしません。いくら前の身分が高かったとしても、今は奴隷です」


 きっぱりとした受け答えは、以前ゾフィーの幽閉先で見せたものと同じくらい堂々としていた。


「それもそうだな。宮廷闘争に敗れ奴隷になる貴族も多い」


 どうやらゲオルグは納得したようだった。


「だが、奴隷を侍女に化けさせたことは問題だぞ、エルンスト」


 ゲオルグは幼児性の残る男だった。

 すべてが自分の思い通りにならないと感情を爆発させる。皇帝の立場がそれを助長していたのだったが、皇妃ゾフィーはそれをうまく抑えてゲオルグを懐柔していた。

 ゲオルグの善政にはゾフィーの存在があった。

 それがゾフィーを幽閉し、側室グレーテに寵愛の矛先を変えたとたん、再び幼児性が表れ、最近の悪政へとつながっている。


「さて、エルンストの処分をどうするか。余はお前の実力を高く評価していたのだ。むやみに殺すのは惜しい」

「陛下っ!」

 

 ファーレンハイトだった。

 ゲオルグはそれを無視した。


「加えて奴隷のお姫様はどうしたものか。余に恥をかかせたのだからな。奴隷の生活は楽しかったか?」


 意地悪くゲオルグは笑う。その表情は鬼畜そのものに見えた。


「あの時、余の求婚を受けていれば、今頃は宮殿で優雅に暮らしていたものを」


 フィーアは黙っている。


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